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エルサレムで雪・・・一瞬 2019.1.17

 2019-01-17
16日、イスラエル北部から中央高地エルサレムにかけて、霧と強風を伴う冬の嵐が到来。夜になり、エルサレムでもわずかだが、一瞬、積雪が観測された。まもなく雨や雹になったが、朝起きて銀世界になっているかどうかが、楽しみでもある。

エルサレムでは16日、雪の予報から、大騒ぎで積雪除去の準備が行われ、学校は3時までに下校。ヤドバシェム(ホロコースト博物館)も予定より早く3時に閉館して職員を帰宅させていた。危険に備え・・というより、期待でいっぱいのエルサレムであった。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5448071,00.html

*阪神淡路大震災から24年

この記事をまとめている今、日本人時間の5:46を迎えた。1995年の本日、阪神淡路大震災で6434人が犠牲となってから早24年になる。時間の経過は本当に早いと実感させられるが、この震災で家族や大事な人を失った人々は、この日をどう迎えられているのだろうか・・・。

この震災以降、日本でも世界でも地震や津波、異常気象がだんだん過激になってきている。2019年、何が起こるのか、いくら知恵がついても、我々人類には予想もできないことである。
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イスラエルの将軍交代:新イスラエル軍参謀総長就任 2019.1.17

 2019-01-17
14日、15日、テルアビブの軍本部で、イスラエル軍参謀総長の交代式が行われた。

まず14日、2015年2月から4年間、イスラエル軍参謀総長を務めたガビ・エイセンコット氏(58)が任期満了により退任。15日、これまでエイセンコット氏と共に副参謀総長を務めてきたアビ・コハビ氏(54)が、第22代イスラエル軍参謀総長に就任した。

就任式には、リブリン大統領、ネタニヤフ首相も出席し、前参謀総長、新参謀総長にそれぞれ祝福を述べた。イスラエル軍参謀総長の交代は、国としては一大行事なのである。

この後、エイセンコット前参謀総長と、コハビ新参謀総長はそろって、歴代指導者と戦死者の墓地であるヘルツェルの丘を訪問。続いて嘆きの壁に赴いた。

コハビ参謀総長は、これまでに命をささげてきた全ての兵士たちとこれまでの参謀総長に続き、全力をかけて祖国を守ると嘆きの壁の、前で誓いを述べた。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5447091,00.html

<アビ・コハビ新参謀総長はベジタリアン>

コハビ参謀総長は現在54歳。学歴は、ヘブライ大学で哲学に続いて、ハーバード大学(US)で公的管理、ジョン・ホプキンス大学(US)で国際関係と、2つのマスターの学位をもっている。

1982年に従軍。パラシュート部隊に志願した。その後、士官の訓練を受け、2000年の第二次インティファーダから2002年の防衛の盾作戦(ガザ)での戦闘で諜報部の指揮をとった。その後、北部戦線の総指揮官も務めた。2017年5月から、副参謀総長となり、昨年10月、国会で、次期参謀総長の承認を受けていた。

コハビ参謀総長は、西岸地区のテロリスト逮捕のために家屋へ次々と突入の際、兵士たちを射撃手から守るため、5キロのハンマーを使って(穴をあけるながら?)突入する作戦を考案したことで知られる。非常に頭脳明晰な人物。

https://www.timesofisrael.com/aviv-kochavi-set-to-take-over-as-idfs-22nd-chief-of-staff/

妻と3人の娘がいる。軍人にしてはめずらしくベジタリアン。しかも、牛乳も卵も食さない徹底したベジタリアンのベーガンだという。

最も知力体力を要するイスラエル軍参謀総長がベジタリアンでやっていける。。。のであれば、我々凡人に実は肉は不要なのであろうか・・・

https://www.jewishpress.com/news/israel/idf/meet-vegan-philosophy-major-aviv-kochavi-new-idf-chief-of-staff/2019/01/15/

<石のひとりごと>

建国70年の節目を迎えたイスラエルに新しい将軍が誕生した。聖書時代で言うなら、さしずめ王になる前のダビデであり、ダビデが王になってからのヨアブ将軍である。

日本では自衛隊総長がだれになろうが、関心を示す国民はほぼ皆無であろう。しかし、イスラエル軍の参謀総長は、国の存亡というだけでなく、即、自分や夫、息子、娘たちの命にもかかわってくる非常に重大な人物である。

就任式の様子は、生放送で報じられ、メディアはいっせいにコハビ氏の人となりを報じた。

イスラエルは常に周囲を敵に囲まれている国である。特に今は、北からも南からもいつ戦争になっても不思議はなく、アメリカがシリアから撤退し始めた今、イランの脅威はこれまでなかったほどに大きい。西岸地区の治安も非常に厳しくなってきている。

INSS(国家治安研究所)は、現時点でのコハビ参謀総長の任務の重さを10項目にあげて指摘する。特に、北での最初の戦争への準備をあげている。

4年間の任期を無事終えたエイセンコット氏と、その妻の晴れ晴れとした表情から、これからのコハビ氏の任務の重さを、緊張を持って実感させられた。

http://www.inss.org.il/publication/ten-leading-challenges-facing-new-chief-staff/?utm_source=activetrail&utm_medium=email&utm_campaign=INSS%20Insight%20No.%201130
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4月総選挙:バラガン(混乱)のイスラエル政界 2019.1.13

 2019-01-13
4月の総選挙が決まってから、打倒ネタニヤフの動きが活発になっている。ここでは特に左派・労働党について紹介する。

イスラエルの建国は、ベン・グリオン率いる左派・労働党が実現した。しかし、その後、労働党によるオスロ合意が、逆にテロを活発化させ、2000年代に第二インティファーダが発生、ガザとの紛争も激化するのを受けて、今は右派、または中道右派が先頭に立つ時代となっている。

これを巻き返すため、労働党(昨年まではシオニスト連盟)が動き出している。

労働党は、2005年、ヘルツォグ党首の時に、ハツナ党(リブニ氏)が共に立つシオニスト連合になった。これにより、30議席を獲得した。しかし、その後、議席数がどんどん減るのを受けて、ヘルツォグ氏が退任し、今のガバイ氏になった。

ガバイ氏とリブニ氏は不仲であったため、党から離脱を試みる者もで始めた。そうした中、1月1日、ガバイ氏は、突然、生放送の記者会見の場で、ハツナ党(リブニ氏)と別れ、一人で党を導くと宣言。党名を再び労働党に戻すと発表した。

リブニ氏には、この時にいたるまでなんの話もなかったらしく、記者会見の場でリブニ氏は、無言で屈辱を受けたようであった。

https://www.timesofisrael.com/zionist-union-chief-gabbay-abruptly-ends-partnership-with-livni/

ガバイ氏は、その後、今最も注目されている元イスラエル軍参謀総長のガンツ氏と、議席数の多い未来がある党のラピード氏に共に戦ってネタニヤフ首相を失脚させようと申し出たが、双方ともこれを断っている。

これにより、労働党は世論調査によると、議席一桁台にまで落ちた。

9日、労働党党大会にてガバイ氏が、打倒ネタニヤフを呼びかけたが、党員たちは、勝手にリブニ氏を追放したガバイ氏二同意しておらず、ブーイングを飛ばしていたという。にもかかわらず、労働党は結局、ガバイ氏を党首に承認している。

https://www.timesofisrael.com/over-boos-and-whistles-gabbay-tells-angry-divided-labor-he-can-beat-netanyahu/

世論調査は、ラピード氏とガンツ氏が組めば、リクード(ネタニヤフ首相)に1議席差にせまるとのことだが、今の所、両者が組むという話はない。

ネタニヤフ首相についても、4月の総選挙前に、汚職問題で、司法長官から逮捕の命令が出る可能性も残る。

時期政権については、ネタニヤフ首相続投とはみられるものの、まだ何が起こるかわからない。海外からのサイバー攻撃で選挙に関与される可能性もあるため、イスラエルは対処に乗り出している。

https://www.timesofisrael.com/admitting-flaws-election-committee-devising-plan-to-thwart-foreign-meddling/

イスラエルでは、ばらばらで混乱状態のことを、「バラガン」という。確実なものがなく、なんでも起こりうる状態である。このバラガンゆえに、神のみこころだけがなっていくのかもしれない。
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イスラエル総選挙:2019年4月9日決定 2019.1.1

 2019-01-01
ネタニヤフ政権は、12月24日、前回一致で、国会を解散、総選挙を、任期満了(11月)前の4月9日に行うことを決めた。ネタニヤフ首相が、国防のために、今は政府を解散するべきでないと国民に訴えてから、わずか4週間後である。

ネタニヤフ首相は、4週間前の訴えから一転して総選挙を歓迎したことについて、ヒズボラのトンネル摘発が始まった今なら、総選挙をしてもよくなったと答えている。

解散の理由は、超正統派の従軍義務に関する法案が1月15日を期限に決議が行われるのだが、国会120議席中、与党61議席というぎりぎり多数派の状態では、与党が提出している法案が通らないとみられることが原因である。

この法案は、超正統派が金を払うことで義務を逃れる道があるらしく、これに未来がある党(やエル・ラピード党首)、イスラエル我が家党(リーバーマン党首)が反対している。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5432602,00.html

国会解散、総選挙が決まったことで、政界ではさっそく様々な政党が、しのぎをけずりはじめている。

<ベネット教育相+シャキード法務相が新党結成>

29日、ベネット教育相とシャキード法務相は、ユダヤの家党を出て、新党「新右派」と結成すると発表した。ベネット氏の妻は世俗派で、シャキード氏の夫も世俗派であることから、新党の特徴は、様々な右派が共存するという点だという。

先月末、ベネット氏とシャキード氏は、リーバーマン元国防相が辞任した際、ベネット氏を国防相にするよう、ネタニヤフ首相に要求。通らない場合は、ユダヤの家党は連立を離脱すると主張した。

ところが、ネタニヤフ首相は、今は政府を解散すべきどきではないと訴え、国防相は自らが兼任し、防衛上、今は政府も解散すべき時ではないとベネット氏に、政権残留を要請した。ベネット氏とシャキード氏はこれを理解し、全面的に受け入れ、政権に残留したのであった。

ベネット氏のこの以外なUターンは、ネタニヤフ首相への屈服とみられ、国民の間に、ベネット氏とユダヤの家党への幻滅としてメディアは封じた。

ところがそのわずか4週間後に、ネタニヤフ首相自身が、政府を解散し、総選挙を実施すると発表したわけである。ベネット氏とシャキード氏は、ネタニヤフ首相への怒りを表明したが、この後に至っては、すでに信頼を失った形なので、このままで総選挙に向かえば、議席数は確実に減少すると予測された。

これは、このまま何もしないで、ユダヤの家党の中にとどまっている以上、時期政府で、重要なポジションを期待できないということである。

このため、苦渋の策として、ベネット氏たちは、新党を結成し、新たな右派層を見方につけることで、超正統派と結託するリクード(ネタニヤフ首相政党)に取って代われる新しい右派政党をめざすという賭けに出たわけである。

しかし、現時点での予想では、結局、ネタニヤフ首相のリクードが28議席(現在30)でトップ。2位は、未来がある党(ラピード党首)が議席を伸ばして15議席。ベネット氏らの新党「新右派」は、14議席との予想である。

中道左派で、労働党(アビ・ガバイ氏)と、ハテウナ党(ツイッピー・リブニ氏)が合併した党、シオニスト連盟党(ガバイ党首)は、現在の15議席から9議席に激減するとの予想である。時代は今や右派、ということである。

https://www.timesofisrael.com/bennet-and-shakeds-new-right-poised-to-win-at-least-10-seats-polls-find/

<ベニー・ガンツ元参謀総長が新党”イスラエルの回復力”結成>

総選挙が決定した今、注目が集まっているのが、元イスラエル軍参謀総長ベニー・ガンツ氏(59)である。長く政界入りを予測されてきたガンツ氏がどの党に入るかで、議席数が大きく変わってくるからである。

4月の総選挙の結果は今の所、ネタニヤフ首相が最強という予想になっている。しかし、中道の未来がある党(ヤエル・ラピード党首)か、中道左派のシオニスト連合党(アビ・ガバイ党首)かが、ガンツ氏の取り込みに成功すれば、ネタニヤフ首相を打倒する可能性も出てくるという。

現在3閣僚を兼任するネタニヤフ首相は、強力なライバルになる可能性を秘めるガンツ氏を取り込むため、外務相のポジションを申し出たと伝えられている。しかし、ガンツ氏はこれを拒否した。

未来がある党のラピード氏は、選挙リスト2番目のポジションを、シオニスト連合のガバイ氏は、自ら党首をおりて、かわりに党を導くよう、トップの座を申し出たが、ガンツ氏は、これも拒否した。

最終的に、ガンツ氏は、12月27日、自らが党首となる新党「イスラエルの回復力」の立ち上げを発表した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5434496,00.html

これにより、ガンツ氏の「イスラエルの回復力」党が、現在の予想では2位の未来がある党(ラピード党首)を抜いて2位になる可能性が出てきている。

https://www.timesofisrael.com/ex-idf-chief-gantz-unveils-new-political-party-ahead-of-april-elections/

*ベニー・ガンツ氏

1959年生まれで、1979年からイスラエル軍のパラシュート部隊に所属。レバノン、西岸地区の司令官えお歴任後、2002年からは北部総司令官、2005年からは陸軍総司令官を務める。

2007-2009年はアメリカで、イスラエル軍代表を務める。その後、イスラエル軍の副総司令官となり、2011-2015年、第20代イスラエル軍総参謀長となった。この間、ハマスとの囚人交換でシャリート軍曹を奪回する事件(2011)、ガザとの戦争、防衛の盾作戦(2014)などを経験している。

教育においては、歴史学で学位、政治科学でマスター、アメリカの国家防衛大学で、国家資産運営に関する学びも終えている。妻と4人の子供あり。

https://mfa.gov.il/MFA/AboutIsrael/State/Personalities/Pages/Benny_Ganz.aspx
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国民的作家アモス・オズ死去 2019.1.1

 2019-01-01
12月28日、イスラエルでは国民的作家アモス・オズ氏(79)が、がんで死亡した。

オズ氏は、ロシアとポーランドからイスラエルへ移住した両親のもと、1939年にイスラエルで生まれた。イギリス委任統治下で、建国までの開拓時代の辛酸と舐め、建国後も続いた戦争を経験している。

オズ氏は、ホロコーストと、イスラエルで2つの民族が戦うという現実を生き、それをテーマにした作品を数多く発表。「ア・テイル・オブ・ラブ・アンド・ダークネス」はミリオンセラーとなり、映画化もされた。

左派として知られ、パレスチナ人との対話を擁護する立場を明らかにしていた。

31日の葬儀には、リブリン大統領の他、左派系党首たち、また元イスラエル参謀総長ベニー・ガンツ氏も出席した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5438495,00.html

イスラエルの建国は、労働党のベン・グリオンが立役者だった。建国70年を迎えた今、政権は、右派へと移行している。オズ氏の死去もまた時代の移り変わりを象徴しているのかもしれない
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エルサレムのハヌカ:ベツレヘムのクリスマス 2018.12.05

 2018-12-05
イスラエルでは、12月2日(日)日没から10日(月)まで、ハヌカの祭りを祝っている。毎年のように、通りのあちこちに9枝の大きなメノラーが設置され、毎日一本づつ点灯される。町には、いたるところに華やかなスフガニヨット(揚げパン)が売られている。時に無料配布も行っている。

エルサレム市内では、毎日、旧市街でユダヤ地区がライトアップ。考古学公園のダビデの町、聖書博物館から、六日戦争を記念する弾薬の丘ミュージアム、ヤド・バシェムから国立公園など、それぞれの場所で、様々なファミリー向けフリーのイベントを行っている。

各地の公民館でも3日、フェスティバルが行われた。オープンマーケットのマハネイヤフダでは、ビールで騒ごう!というイベントもあった。

また今年は、3日にディアスポラ(イスラエル外ニスムユダヤ人)6000人が、エルサレムでパレードを行った。ニューヨークのメイシーズのような巨大なバルーンを浮かべてのマーチで、その後は、旧市街すぐ横のスルタン・パークでコンサートが行われた。エルサレムはにぎやかに楽しくやっている。

<ハヌカは神の奇跡と勝利を思う時>

紀元前198年から、エルサレムは支配していた強大なセレウコス朝シリアに支配された。176BCから王座についたアンテイオカス4世は、特に反ユダヤの王で、神殿でブタを犠牲に捧げて汚した上、ユダヤ人の律法をことごとく守らせないようにした。

聖書の価値観を否定し、ヘレニズム、人間の文化を押し付けたという点から、この王は反キリストの型ともいわれる。ハヌカは、そのシリアを、ユダヤ人のマカビー一家(父親と5人の息子)が撃退し、エルサレムとその中心であった神殿を解放した奇跡を記念する。

勝利の後、マカビー一家は、10年近く異邦の偶像礼拝に汚された神殿をきよめ、主の神殿として捧げなおした。これを「宮きよめ」と言う。この時、神殿のメノラーには油が1日分しかなかったのに、8日間消えなかったという伝説が伝わる。

これを記念して、ハヌカには、通常は7本枝のメノラーを9本枝にして、毎日1本づつ、8日間、明かりをともす。勝利は勝ち取ったのではなく、神が与えてくださるものであることを思う。同時に、再献身の時でもある。

<イエス・キリストとハヌカ>

イエス・キリストも、ハヌカの時にエルサレムで神殿を訪れている。新約聖書ヨハネ10:22-23によると、「宮きよめ」の祭りの時に、イエスが宮(神殿)の中のソロモンの回廊を歩いていたと書かれている。

ハヌカは、ユダヤ人の神、律法への思い、信仰、愛国心が高まる時期である。この時期に、しかも神殿の中で、パリサイ派たちは、イエスに向かって「メシアならはっきりそう言え。」と詰め寄っている。ユダヤ民族への熱い思いから、イエスが否定しないことを知っていて、はじめから石打にする気だったのだろう。

イエスは、「神である父と私は一つである。」と答えた。パリサイ派たちは、これを許しがたい冒涜と捉え、イエスを石打にしようとするが、イエスは彼らの手から逃れたと書かれている。

<ホロコースト時代のハヌカ>

ホロコースト時代のユダヤ人たちは、マカビー時代と同様に、ユダヤ文化を完全否定するナチスの圧政の下にいた。

ナチスの圧政は、1933年から1945年の12年も続いた。はじめはユダヤ人ボイコットから始まり、ゲットー、そしてガス室と、事態は徐々に悪化する。それでも、ユダヤ人たちは、自分たちの時代にもマカビーがまた来るだろうかと思いながら、毎年ハヌカを祝っていた。

https://www.yadvashem.org/yv/en/exhibitions/hanukkah/index.asp (ハヌカ写真:戦争前、中、後)

1942年、ポーランドで、まだ若い少女であったフェラ・チェプスさんが、日記にハヌカの日のことを書き残している。ゲットーの中で、家々で隠れるようにしてひそかにハヌカが祝われている様子、かすかに聞こえるハヌカの歌声など・・・すぐに消さなければならないろうそくを前に、それでも毎年またハヌカは祝われていたと書いている。

イスラエルという父祖の地、自由の地でのマカビーの活躍を思い、もしかしたら、新しい時代のマカビー、地下組織が私たちを解放してくれるかも!とも書いている。
フェラさんは、パレスチナへの移住の準備をしていた。

ハヌカを日記に記してから3年後の1945年、フェラさんは、グロス・ローゼンに属する強制労働収容所にいた。敗北が近づいていたナチスは、ソ連軍が近づいてくるのを受けて、女性たちを、1-2月の冬の凍てつく中、800キロも歩かせた。これはデス・マーチと呼ばれ、道中で衰弱死させて殺すことを目的としていた。

フェラさんは、デス・マーチで、1945年5月の解放まで生き延びたが、その翌日、力尽きて死亡した。ホロコーストの4年間を書き綴った日記は、デス・マーチの間もフェラさんのリュックに入っていて、今に残されたのであった。

ホロコーストで死んでいったユダヤ人たちが夢見ていた通り、今、ユダヤ人の国があり、そこで盛大にハヌカが祝われている。これまでも、これからも、ユダヤ人たちは、何があろうが、ハヌカを祝いつづけていくだろう。

エルサレムでは、3日、リブリン大統領が、ホロコースト生存者50人とともにハヌカの2日目を祝った。

<石のひとりごと>

ユダヤ人は、自分とその生きている時代を超えて、民族とその将来を見て、それを希望にできる人々である。それはおそらく今も変わっていない。地上ではユダヤ人であったイエスが、十字架での自分の苦しみと死の向こうに見ておられたのも、未来の全人類の救いであった。

私自身に、自分は死んでも、日本民族の将来の勝利を見て満足できる心はあるだろうかと考えさせられる。。。

<ちょっと悲しいベツレヘムのクリスマス>

エルサレムでハヌカの準備が進む中、そこから車で30分ほどのところにあるパレスチナ人の町ベツレヘムでは、クリスマスの準備が行われている。11月29日、ベツレヘム市のクリスマスに関する記者会見に行ってきた。

今年のテーマは、Message of Christmas is being and existence (クリスマスのメッセージは、(パレスチナ人が)ここにいるということ)であった。記者会見は、アラビア語(英語通訳)であり、取材に来ているのは、ほとんど全員アラブ系、パレスチナ系メディアであった。

記者会見には、ベツレヘムのアントン・サルマン市長(キリスト教徒)、パレスチナ自治政府のルラ・マヤ観光相、カーメル・ハメイド知事もコメントを述べた。どの人も、まずは、イスラエルの”占領”とネタニヤフ首相を非難した。

ハメイド知事は、主イエスと言っていたので、クリスチャンのようだが、今年のクリスマスは、特にアメリカ大使館がエルサレムに移動した年なので、特にパレスチナ人の一致、パレスチナ人の存在のイメージを世界に発信しなければならない年だという点を強調した。

http://imemc.org/article/holiday-preparations-well-underway-in-bethlehem/

確かに、ベツレヘムは、周囲を壁で囲まれ、検問所があって、自由にエルサレムへも出入りできないので、「占領」と感じるのであろうが、ベツレヘムは、最も多くのテロリストをイスラエルに送り込んできた町の一つ。イスラエルは、ベツレヘムによって、多くの市民を殺された。壁によって、テロ事件は大幅に減った。何もないのに、イスラエルが意地悪で、壁や検問所を設けているのではない。

2016年、当時のベラ・バブーン前ベツレヘム市長は、記者会見を英語で行い、クリスマスのテーマは、少なくとも希望と平和だと言っていた。それが今年は、記者会見は、すべてアラビア語で、ベツレヘムはアラブであるという自己主張をはかるとともに、テーマもさらに政治的になっていた。

しかし、クリスマスのメッセージは、「きょう、ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。こお方こそ主キリストです。」である。

言い換えれば、ユダヤ人の救い主が、ダビデの町(ユダヤ人の町)ベツレヘムでうまれたということである。クリスマスを認めるということは、ベツレヘムはユダヤ人の町であったということもまた然りなのではないか。

ベツレヘムが、クリスマスの本来のメッセージ、福音*からどんどん遠ざかっているようで、なんとも悲しいというか、やりきれない記者会見であった。

ベツレヘムでは、12月1日に大きなクリスマスツリーの点火が行われた。2日には、クリスマスマーケット、聖歌隊コンサート・・と様々なイベントが続く。24日には、今年もアッバス議長も出席して生誕教会隣のカトリック教会でミサが行われる。

しかし、パレスチナ自治政府のルラ・マアヤ観光相によると、ベツレヘムの観光はここ数年でかなり回復しており、観光客は、数時間、教会などを見て回るだけで、宿泊はイスラエル側というのが通常であったが、最近は、ベツレヘムに宿泊する観光客が増えて、満員御礼だという。

https://www.timesofisrael.com/thousands-gather-in-bethlehem-for-christmas-tree-lighting/

*福音(ゴスペル)

福音(ゴスペル)とは、一般的にキリスト教と考えられているが、実はユダヤ教の土台の上に成り立っているのであり、ユダヤ教を無視しては語れないということはあまり知られていない。

ユダヤ教の中心事項は、聖書によれば、世界の民族の中で、神と契約を結んだユダヤ人が、その際に与えられた律法を守って、神との関係を維持・発展することにより、世界もまたこの神につながり、本来の姿を回復していくという考えである。(オラン・ティクーン)

この教えの頂点にあるのが、大贖罪日(ヨム・キプール)。一年に一回、この日に、イスラエルの国と個人、それぞれが、自分には罪がある(律法を完全に守れていない)とみとめ、悔い改めをする。そうしてその罰を受ける身代わりとして、おのおのエルサレムの神殿で、毎年、犠牲の動物をささげることになっていた。これが旧約聖書である。

この後に来るキリスト(救い主)とよばれるイエスは、この教えを基盤に、エルサレムにおいて、自らがその犠牲となって、罪の罰を受け、十字架上で死なれたということである。しかし、イエスは、動物ではなく、神の子である。死んでから3日目によみがえった。

これにより、毎年ささげものになる動物と違って、一回で永遠に、人類すべての罪の身代わりの役割を果たすという新しい契約がもたらされたことになった。興味深いことに、イエスの十字架の後、約40年後には、神殿がローマ帝国によって破壊され、今にいたるまで、もはや動物を罪の身代わりにすることはできなくなっている。

イエスの十字架と復活が世にもたらされて以降、ユダヤ人でも異邦人でも、イエスの十字架が罪の贖いになったと信じて受け取る者は、神との関係を完全に回復することができる。罪の結果として死ぬこともなく、永遠のいのちを受けると聖書は説いている。これを「救い」と言う。

早い話が、罪の赦しと永遠の命の代価をイエスが払ってくれたので、私たちはただ受け取れば良いということである。個人の良い行いや働き、成果によるものではなく、ただ受け取ることだけであることから、良い知らせ、「福音(ゴスペル)」と呼ばれるのである。

ところが、これがなかなか、あまりにも話が良すぎて、人間基準のヘレニズム思考には理解不能で、受け入れがたいのである。福音が、ヘレニズムを超えるという意味では、ハヌカとクリスマスが同じ頃に来るというのも、ある意味興味深いかもしれない。。。
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