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日常の戦争:ハマスのテロ計画を未然に摘発 2018.11.24

 2018-11-24
イスラエルの国防はイスラエル軍が守る。イスラエル国内は警察と国境警備隊、シンベトと呼ばれる諜報機関が守る。今年6月のエルサレムポストの記事によると、シンベトが未然に防いだテロは、2017年は400件、2018年6月までの時点で、250件にのぼる。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Shin-Bet-chief-reveals-Israel-has-prevented-250-terror-attacks-in-2018-559842

そのシンベトが先週、ハマスが、西岸地区で計画準備していたかなり大きなテロを未然に防いでいたことを明らかにした。

それによると、8月に西岸地区で逮捕したパレスチナ人オウズ・ラジョウブ(25)の自白によるもので、ハマス(カッサム部隊)に雇われたラジョブが、ガザからの指令で新型の爆弾を製造し、仲間を2人雇って、イスラエル国内での爆破テロを計画していたというものである。

ガザとの連絡は、イスラエル領内の病院での治療のために特別許可を得ていた高齢の女性が担当していた。ラジョウブによると、テロは、ショッピングモールやホテル、バスなどで10月には決行する予定だったという。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Shin-Bet-thwarts-Hamas-terror-attacks-inside-Israel-572543

また今週になり、イスラエル兵たちの写真を、ソーシャルメディアなどを介してカッサム部隊などの間で拡散し、情報収集を行っているのが発見された。

この兵士たちは、先週、ガザ内部で活動していた時にハマスと戦闘状態になったイスラエル軍特殊部隊で、この時にM司令官が死亡している。この時にハマスの指導者も死亡しているため、この兵士たちはいわば指名手配といったところである。

大きな戦争になっていなくても、イスラエルでは日々こうしたハマスとの”戦争”は続いているということである。

https://www.timesofisrael.com/hamas-publishes-photos-of-what-it-says-are-idf-forces-who-conducted-gaza-raid/
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イスラエル大使に初のアラブ人クリスチャン 2018.11.24

 2018-11-24
イスラエル外務省は、アゼルバイジャンへのイスラエル大使に、史上初めてとなるアラブ人クリスチャンのジョージ・デーク氏(34)を任命することを決めた。

デイーク氏は、テルアビブ・ヤッフォ生まれの法律家で、2008年からイスラエルの外務省に勤めている。これまでに、ナイジェリアとノルウェーで副大使を務めた。2014年のガザとの紛争の際には、ノルウェーで代理大使を務め、オスローで、シモン・ペレス前大統領の公式訪問を計画・実施している。

弁がたち、親イスラエルのカンファレンスでも講師を務める。オスロでは、イスラエルが、中東にあって、安定した民主国家であることを明言している。

イスラエルが人種差別の国ではないことを明白に証している人物である。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5408979,00.html
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ネタニヤフ首相がオマーン電撃訪問:湾岸アラブ諸国との国交正常化に期待 2018.10.30

 2018-10-30
ガザとの衝突が続いていた26日(金)、ネタニヤフ首相が極秘にオマーンを公式訪問していた。訪問の公式発表は、ネタニヤフ首相が、帰国してから行われた。

https://www.jpost.com/Israel-News/Netanyahu-makes-historic-visit-to-Oman-570388

イスラエルの首相がオマーンを公式訪問するのは、これが初めてではない。1996年にシモン・ペレス当時首相がオマーンを公式訪問し、一時はイスラエルの貿易事務所がオマーンに置かれた。しかし、4年後の第二インティファーダで閉鎖され、以後両国の経済関係は発展していなかった。

今回、特記すべきことは、ネタニヤフ首相のオマーン訪問が、オマーンのスルタン(国王のようなもの)、カブース・ビン・サイード・アル・サイードからの公式の招待によって実現したという点である。

ネタニヤフ首相の訪問の数日前、スルタン・カブースは、パレスチナ自治政府のアッバス議長を公式に招待しており、イスラエルとパレスチナの仲介にも一役買う意気込みがあるとみられる。

オマーンのユーセフ・ビン・アラウィ外相は、同時期に開催されていたバハレーンでの治安サミットにおいて、「イスラエルは中東に存在している。中東の皆はそれを理解している。世界も同様だ。そろそろイスラエルを国として認め、その義務を果たしてもらう時がきたのではないか。」との認識を語った。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Oman-says-time-to-accept-Israel-after-Netanyahu-historic-visit-570480 

<オマーンでの国際道路・交通議会にカッツ交通相招待:イスラエル閣僚の招待は初>

オマーンは、ネタニヤフ首相に続き、来週開催される国際道路・交通議会に、イスラエルのカッツ運輸交通相を招待した。この会議にイスラエルの交通相が招かれるのは初めてである。

カッツ交通相相は、地中海からイスラエルとヨルダンを通過して、ペルシャ湾に至る鉄道のビジョンを持っている。カッツ交通相はこのビジョンを中東での国際交通会議でプレゼンすることになっている。

この他、29日には、ドバイで開かれる国際メディア・カンファレンスにイスラエルのアユーブ・カラ・コミュニケーション相が参加する。

アブダビでの国際柔道トーナメントには、イスラエルの文化・スポーツ大臣のレゲブ氏が、アブダビ入りし、訪問中にアブダビ最大のモスコを訪問した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5382508,00.html

<ネタニヤフ首相には渡りに船>

ネタニヤフ首相は、湾岸アラブ諸国との関係改善が、パレスチナ人とのなんらかの和平にもつながるか、逆にパレスチナ人との和平が先になって、湾岸アラブ諸国との国交回復につながっていくとの関係を語っている。

オマーンからの公式招待は、ネタニヤフ首相には渡りに船であった。ネタニヤフ首相とともに、オマーンへ同行したのは、モサド長官のヨシ・コーヘン長官他、国家治安アドバイザー、首相府長官、首相府軍事秘書であった。ネタニヤフ首相のリキが感じられる。

オマーン以外にもイスラエルの閣僚を招く湾岸アラブ諸国が出てきたことも、ネタニヤフ首相には朗報である。このような流れになってきたのは、両者が、イランという共通の敵をもつようになってきたからである。

湾岸アラブ諸国の代表はサウジアラビアだが、今、自国民のジャーナリスト、ジャマル・カショギ記者を、領事館にて拷問の上、殺害したというスキャンダルで立場が危うくなっている。これはまたアメリカをもピンチに追い込むスキャンダルであった。

その中での今回のオマーンの動きである。オマーンは、アメリカに経済いおいて大いに依存しているため、この背後にアメリカが動いている可能性もうかがえる。

ところで、アメリカは、イスラエルとパレスチナとの和平案を発表するといいながら、なかなかそのよき時期を見出せず、今もなお発表されていない。湾岸諸国がイスラエルに敵対しないということを確認してから、発表するのではないかとの見方もある。

ただし、アメリカが発表する予定の中東和平案が、イスラエルに好意的かどうかは、まだ不透明である。
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アラブ首長国連邦でハティクバ:イスラエル柔道選手金メダル 2018.10.30

 2018-10-30
オマーンに続いて、湾岸アラブ諸国とイスラエルの関係改善を思わせる出来事がもう一つあった。

29日(日)UAEのアブダビで開かれていた柔道の世界トーナメントで、イスラエル人のサギ・ムキ選手が金メダルを獲得。アラブ諸国で、イスラエル国歌ハティクバが流れた。このトーナメントに同行したレゲブ・文化・スポーツ大臣が、ハティクバを聞きながら舞台上で涙する様子が伝えられている。

イスラエルは2017年にもこのトーナメントで金メダルを受賞したが、アラブ諸国でハティクバを流すことは拒否され、代わりに大会歌が流されたのであった。この件については、後にイスラエルとの交渉が行われ、国歌は流すということで合意されていたもようである。

この大会では、ムキ選手の他にも、3人のイスラエル選手が銅メダルを獲得している。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5382307,00.html

こうしたイスラエル人柔道選手のめざましい活躍があるせいか、イスラエルでは柔道を習う子供達が多い。練習では、インストラクターも小さなこどもたちも、そろって、「いち、に、さん、し」などの日本語による数字や、なんとなく変な日本語が飛び交う中で、練習が行なわれていてほほえましい。

先日、ガザ周囲のキブツを訪問したが、そこにも子供達のための柔道教室があり、道場で、こどもたちが日本語を叫びながら、わいわいと楽しげに訓練に励んでいた。
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ヨルダンとの和平を守れるか:和平条約の延長に影 2018.10.30

 2018-10-30
10月21日、ヨルダンのアブダラ国王は、1994年に締結された和平条約の一部であったヨルダン渓谷の2箇所の土地のイスラエルへの借款契約を延長しないと申し入れてきた。2箇所の土地は、ヨルダン渓谷にそったガリラヤ湖から南方に位置するナハライム、もう1箇所は、死海の南部に位置するゾハルである。

この2箇所は、イスラエルとヨルダンが和平条約を結んだ時点で、ヨルダン側に含まれる地であったが、すでにイスラエル人農家が農地にしていたことから、それ以後、25年間は平和の印としてヨルダンがイスラエルにリースする形で合意がなされた。これらの土地は「平和の小島」と呼ばれた。

来年その25年目がくるにあたり、ヨルダンが約束通り、期限の1年前にイスラエルに土地の返還を求めた形である。実際に返還するのは1年先になるため、イスラエルは交渉することを考えている。しかし、ヨルダンは、交渉には応じないと言っている。

ただし、この2箇所については、イスラエルの農家が農地として使用しているだけで、ヨルダンにとって、戦略的に重要な土地でもない。これらを取り戻したとしてもほとんど意味はないと思われる土地だという。ではなぜ、今土地の返還を要請しているのだろうか。

<苦しいヨルダンの現状:INSS イスラエル国家治安研究所解説より>

ヨルダンが、このようなことを言い出したのは、国内の王室への不信を払拭するためと考えられている。ヨルダンは今、厳しい経済の不振に苦しんでいる。失業率は18%で、大学卒の若者の失業率はさらに悪く25%に登っているという。

ヨルダンは、シリア難民という重荷も背負っている。これまでにシリア難民を110万人以上受け入れているが、国連の難民指定を受けることはできたのは67万人。(ABCNews) 難民支援は、日本を含む国際支援に大きく頼っているところである。

また、国民の70%がパレスチナ人であることから、イスラエルとパレスチナの和平が、長らく暗礁に乗り上げていることや、アメリカがエルサレムをイスラエルの首都と認めるなどの動きを受けて、ここ6週間ほどの間、イスラエルとの和平継続に反対するデモが発生していたという。

このため、今のままでイスラエルとの和平条約を延長することができなかったのである。

しかし、イスラエルとヨルダンは、経済、治安などあらゆる点において平和であることが両国にとっても大きな益であることは理解している。これまでの25年間の間には、何度も危機的状況が発生したが、両国はなんとか乗り切ってきたのであった。

特に1997年、今回話題に上っているナハライムに遠足に来ていた少女たち7人とその教師を、ヨルダン兵が銃殺するという事件が発生したことがあった。この時、当時のフセイ・ヨルダン国王は、自らイスラエルに来て、遺族を訪問し、問題を解決へと導いた。

2000年代に入ると神殿の丘にシャロン首相が訪問を断行したことで、イスラエル国内でのテロの波、アルアクサ・インティファーダが発生。2014年、2017年には神殿の丘での暴動も続いた。ヨルダンのイスラエル大使館内で、イスラエル人警備員がヨルダン人2人を射殺したこともあった。

いずれもかなり危機的であったが、両国にとって、和平を維持することがいかに大事か、お互いがわかっているので、なんとか危機を乗り切ってきたのだった。

こうした過去を鑑み、INSSは、両国がこの1年の間になんらかの打開策を導き出せるのではないかと期待している。しかし、ヨルダンが、この2箇所に関する契約を延長しないと言っていることについては、変更はないと思われるので、問題の地にいる農夫たちへの代替地や補償について、準備を進めることを政府に進言している。

http://www.inss.org.il/publication/challenge-israel-jordan-peace-treaty/?utm_source=activetrail&utm_medium=email&utm_campaign=INSS%20Insight%20No.%201102

*ちょっと余談:日本のヨルダン支援

日本はヨルダンにとって大きな支援国である。日本のODAは、ヨルダン国内の難民キャンプへの様々なインフラ整備などを行っているだけでなく、2014年には、ペトラ博物館の設立に6億円以上の支援を行っていた。

日本外務省ページより:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/data/gaiyou/odaproject/middleeast/jordan/index_01.html

<鉄砲水で流された子供達の救出へイスラエルが協力>

イスラエル、ヨルダンでは、23日(火)、今年始めてとなるまとまった雨が降った。これにより、25日(木)、死海に向けて鉄砲水が発生。これに巻き込まれてイスラエルでは、4歳児が死亡。

ヨルダンでは、死海に来ていた14歳以下の子供たちを乗せたバスが流され、最終的に18人が死亡するという大惨事になった。

イスラエルはヨルダン政府の要請により、669エリート救出部隊を派遣し、子供達の救出にあたった。生還できたのは35人。

https://www.timesofisrael.com/at-least-10-killed-in-jordan-flooding-idf-joins-rescue-effort/

雨の時期になると、エルサレムの山々から、地球で最も低い死海に向かって、鉄砲水が発生し、死海方面への通行が遮断されることが時々発生する。この4月には、鉄砲水で、イスラエル軍従軍前のティーンエイジャーたち10人が死亡している。

いずれの場合も、政府の注意喚起を無視して、死海方面へ向かっていたことが指摘されている。

https://www.timesofisrael.com/principal-instructor-arrested-after-10-students-killed-by-flash-floods-on-trip/

ヨルダンに関しては、和平条約の一部をキャンセルという話題で持ちきりだったが、そのわずか4日後には、この大惨事の話題に変わり、イスラエル軍が救出に協力していたことがニュースで取り上げられるようになった。
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独メルケル首相イスラエル訪問:ホロコーストは人類未曾有の”犯罪” 2018.10.7

 2018-10-07
3日、ドイツのメルケル首相がイスラエルと2日間訪問。ネタニヤフ首相と会談し、イラン問題、パレスチナ問題と特にイスラエルが計画中のベドウィン村強制撤去など、意見が対立する問題について話しあった。

同時に、ビジネスマンらも同行させ、テクノロジーでの協力など、ホロコーストを乗り越えての両国の関係強化を図る訪問でもあった。戦後、ドイツは、イスラエルにとっては最大の友好国である。

その前に、メルケル首相は、ヤド・バシェム、ホロコースト記念館を訪問し、記憶のホールで献花を行った。メルケル首相がヤド・バシェムを訪問するのは3回目になる。

最後の記帳では、以下のメッセージが書き込まれ、注目された。

「80年前の11月。ドイツのユダヤ人は、クリスタルナハトで未曾有の憎しみと暴力を経験した。その後に来るホロコーストは文明市場比べものにならないような犯罪であった。ドイツには、この犯罪を永遠に覚え、反ユダヤ主義と戦い、移民排斥他あらゆる憎しみと戦う責任をおっている。」

*クリスタルナハト

1938年11月9日にドイツで発生したユダヤ人に対する暴動。シナゴグやユダヤ人焦点が襲われ、ガラスが破壊されて破片が月明かりに輝いていたことからこの名がつけられた。ホロコーストが始まっていく分岐点とされる。

<石のひとりごと>

ドイツは、すさまじい犯罪とその結果、負わなければならなかった戦後の国の完全な崩壊から、みごとに立ち上がった。経済的にも祝福され、今やヨーロッパのリーダーである。

イスラエルのユダヤ人に限るが、ドイツはおおむね悔い改めたというのが、イスラエルでは一般的な見方のようで、ドイツへの感情的な憎しみは感じられない。多くのイスラエル人はドイツに旅行し、ビジネスでの関係も非常に深い。

この背景にあるのは、ドイツが、国として戦争中の犯罪を明確に認め、ユダヤ人とその国イスラエルに膨大な補償を、延々と今も続けていること。またその責任は終わることなく、「永遠」に続くと言い切る姿であろう。

これが言えたからこそ、過去の罪から解放され、犠牲者と加害者の間に新しい関係が構築できたのである。その関係は、加害者側が、被害者の下になり、謝り続ける姿ではない。対等に立って意見の違いも論じ会える信頼関係の回復を意味する。

そういう意味ではナチスドイツの罪が、誰の目にも明らかであったことは、ドイツにとっては、不幸中の幸いであったかもしれない。

ドイツの姿からは福音の原則を考えさせられる。神の前に自分の罪を認め、その責任は永遠に続くと認めることがまず前提となり、神との関係が回復が始まる。

問題は、罪を認めた後、その補償をどうやって支払うのかということ。その額は計り知れなく、自分で支払うことは不可能である。福音(ゴスペル)とは、キリストが、十字架でその補償、罰の支払いを私たちの代わりに負ってくださったということである。

これを信じ、受け取る時、神との関係が回復する。これは具体的にいえば、死んで神の前に出た時の心配がなくなるということを意味しており、聖書ではこれを「救い」と言っている。

これはまた神の前に、犯罪者として小さくなって歩むことではなく、神との愛に基づく信頼関係に戻ることを意味する。

福音は死んでからの話だけではない。過去の罪から解放されるとき、残りの人生、本来の使命を果たし、祝福の道を歩むことになる。多少言い過ぎかもだが、この原則は、イスラエルとドイツの関係を見る時にも少し理解できるように思う。
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