イスラエルに反抗しないアラブ人たち 2017.8.14

 2017-08-15
1)パレスチナ人シオニスト

西岸地区ラマラで生まれたパレスチナ人、サンドラ・ソロモンさん(39)は、10年前にクリスチャンとなり、今はイスラエルの支持者、シオニストになっている。サンドラさんは、腕に「イエスは救い主」と「イスラエル」という文字を刺青している。

サンドラさんの元の名はフィーダで、おじは、ファタハのメンバーで、ヤセル・アラファトに近くで働いた人物だという。いわば、”ハマスの息子”ならぬ”ファタハの娘”である。

フィーダさんは幼少時を、ヨルダンとサウジアラビアのパレスチナ人社会で過ごした。その中で、いかにイスラエルを憎むように育てられたかを証する。最も重要なこととして教えられたのが、アルアクサモスクを解放し、エルサレムを解放すること。そしてイスラエルの破滅だったという。

第二インティファーダのときは、イスラエルで大きなテロが発生するたびに、キャンディが配られた。

サンドラさんがクリスチャンになったきっかけは、イスラムの女性の扱いが受け入れられなかったことだった。サンドラさんは、強制的に結婚させられ、2児をもうけた後離婚。2児のうち下の息子を連れてカナダへ移住した。以来、トロント在住である。

ソロモンさんは、カナダで、ユダヤ人とその歴史に触れる機会があり、聖書を読み始めた。ユダヤ人がモハンマドやイスラムより前に、イスラエルに地にいたことを知った。

サンドラさんは、クリスチャンになったことをヨルダンにいる家族に告げて以来、家族からは勘当されている。しかし、真実の力”が私を変えたと語る。

サンドラさんは、2国家2民族案が可能だとは考えていない。パレスチナ人が、イスラエルを破滅させるよう、子供達に教えているからである。むしろ、全体をイスラエルが支配し、その中で、マイノリティとして、パレスチナ人が住むことが理想と考えている。

こうした考えをもつパレスチナ人は非常に珍しいといえる。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5001245,00.html

2)イスラエルに落ち着くイラン人記者

イラン人記者ネダ・アミンさん(32)は、2014年、著書がイラン当局に不適切と判断され、イランから追放された。

その後、アミンさんは、トルコで難民申請をし、受け入れを待っていたが、その間に、Times of Israelというイスラエルメディアに記事を書くようになった。これはトルコにとってもイランにとっても問題のある行動である。

トルコは、アミンさんに30日の猶予とともに、国外へ退去するよう言い渡した。行き場がなければ、イランへ送還され、拷問、長期間の拘束、または死刑になる可能背もあった。

これを受けて、イスラエル内務省は、アミンさんに特別な観光ビザを出し、その間に、イスラエルで難民申請をするようすすめた。これに応じ、アミンさんは、9日、イスラエルに到着した。

イランがこのようにイスラエル人を受けれることは絶対にありえないが、イスラエルは、たとえ敵対国の市民であっても、事情を理解すれば、受け入れるのである。これは、特記すべきことではないかと思う。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5001183,00.html

3)神殿の丘で殺害されたトルーズ族警察官の家族

先月、神殿の丘から出てきたパレスチナ人テロリスト3人に、イスラエルの警察官2人が殺害されたが、この2人は、ドルーズだった。ドルーズは、ゴラン高原や、ハイファ近郊に住むアラブ人で、ドルーズ教を守っている人々のことである。

ドルーズはアラブ人だが、イスラム教徒や一部のキリスト教徒のアラブ人と違い、居住地の支配者に忠実であるよう教えている。(ゴラン高原のドルーズは例外)。このため、ドルーズは、ユダヤ人と同様に、イスラエル軍に従軍し、警察、刑務官として働く者も多い。

アラビア語ができるので、イスラエルにとっては貴重な盟友である。今回、犠牲になった警察官の家族の元には、リブリン大統領や、フリードマン米大使、閣僚たちも、続々と遺族を表敬訪問している。

しかし、ドルーズ教は、元はイスラム教から発した宗教で、イスラムからすれば異端。このため、両者の間には昔から確執があった。

その背景の中、今回、神殿の丘で、イスラム教徒にドルーズ2人が殺害されたことから、怒ったドルーズが、犠牲になった警察官の実家のある町のモスクに手榴弾を投げつける事件が発生した。幸い、負傷者はなかったが、今後、両者の間に、争いが始まるのではないかと懸念された。

しかし、殺害された警察官の家族たちが、「復讐は望まない。神は、国や宗教を責めることを禁じておられる。」と呼びかけたため、大きな争いには発展しなかった。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5001351,00.html
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ヨルダンからイスラエル大使館員無事帰還 2017.7.25

 2017-07-25
ヨルダンとの外交危機が発生してから28時間。アンマンのイスラエル大使館内でのテロで負傷した大使館警備員が、エイナット・シュレイン在ヨルダンイスラエル大使と大使館職員らとともに、、ヨルダン川を越え、イスラエルへ帰還した。

同時に、イスラエルは、神殿の丘に設置された金属探査ゲートを除去することが発表された。

ゲートの代わりに、通過する人間にはまったく気がつかないような、たとえば人間の体温から武器の有無を判断するようなハイテク技術を導入するという。これに予算1億シェケル(約34億円)を計上したことまで報じられた。

ヨルダンのメディアによると、大使館職員返還の条件として、イスラエルは神殿の丘問題への”速攻”の解決策を直ちに講ずることを挙げたという。これはつまり、金属探査ゲートの除去ということになる。

なお、イスラエル政府は、ヨルダンと交渉があったことは認めていない。

<事件詳細>

調べによると、日曜、大使館内の住宅に、大使館警備員と、ヨルダンの家具屋の息子と、家のオーナーが立ち会う中、ベッドが搬入されていたところ、家具屋の息子と警備員の間で、「時間内に仕事が終わっていない。」ということで口論になり、家具屋息子が警備員を持っていたスクリュードライバーで刺したということである。

これに反撃した警備員の銃撃で、家具屋息子は死亡。そこにいた家のオーナーも流れ弾に当たって死亡したということで、神殿の丘問題とは直接の関係はないようである。

<解決までの流れ>

事件発生から、イスラエルとヨルダンは、事件解決に向けて、ただちに交渉を開始した。イスラエルは、ヨルダンが、単独で、負傷した大使館警備員の尋問を行うことを拒否。しかし、ヨルダンも、警備員をイスラエルへ戻すことは拒否した。

このため、イスラエルは、夕方、シンベト(国内治安組織)のナダブ・アルガマン長官がアンマンへ派遣し、ヨルダン政府関係者が同席する中で、ヨルダン人2人を殺害するに及んだ職員の尋問を行った。

アルガマン長官はイスラエルへ戻って、ネタニヤフ首相と協議。ネタニヤフ首相は、ヨルダンのアブダラ国王と電話協議し、解決へと急速に進んだということである。

http://www.timesofisrael.com/amman-embassy-security-guard-returns-to-israel/
http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/232934
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4993906,00.html

<一石二鳥になりうるか?>

今回の大使館内でのテロ事件は、非常に早い解決となった。同時に金属探査ゲートの除去が決まったというところからして、この事件が、イスラエル、ヨルダンにとって、いわば、”わたりに船”であった可能性がある。

イスラエル政府としては、いったん出した金属探査ゲートをテロがエスカレートするからというだけで、ひっこめた場合、過激派に負けを意味することになり、国民に対しても、入植地で3人も殺害されてからの決断かと問い詰められる可能性もある。ひっこみがつかない状態にあった。

一方、ヨルダンにとっても、神殿の丘問題は、イスラエル以上に大きな問題だった。ヨルダンは国民の70%以上がパレスチナ人なので、ヨルダン王室のイスラエルへの対処が気に入らないとなると、王室が転覆させられる危険もあるからである。

イスラエル政府、ヨルダンは、神殿の丘問題の早期解決という共通の、さしせまった目標があったのである。

そこで、今の神殿の丘暴動のシンボルのようになっている金属探査ゲートの排除をイスラエルに認めさせるということで、大使館警備員を返すというとりひきが成立したとみられる。

中東は、今、シリア、イラクでのISISの問題で非常に危険な状態が続いている。スラエル政府にとってもヨルダン王室にとっても、お互い治安協力関係を維持することは非常に重要であるということである。
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ヨルダンのイスラエル大使館内でテロ:神殿の丘関連か 2017.7.24

 2017-07-24
23日夜、ヨルダンの首都アンマンにあるイスラエル大使館内でイスラエル人警備員がヨルダン人(17)に襲われ、警備員の反撃でヨルダン人2人が死亡するという事件が発生した。

詳細はまだ明らかになっていないが、イスラエル外務省は、エルサレムの神殿の丘問題に関連するテロ事件とみている。しかし、何が原因であれ、結果的にイスラエル人が、ヨルダンのイスラエル大使館で、ヨルダン人を殺害しているため、非常に複雑で深刻な外交問題である。

ヨルダンは、負傷した警備員を尋問のため引き渡すよう、イスラエルに要求しているが、イスラエルは、ウイーン条約(大使館内はイスラエルの管轄)により、これを拒否。

これに対し、ヨルダンは、すべてのイスラエル人大使館員らがヨルダンを出ることを禁止。現在、大使館職員、大使館警備員は全員、イスラエル大使館内で待機させられている。

<何が起こったのか>

これまでに明らかになったところによると、23日、ヨルダン人のモハンマド・ザカリヤ・アル・ジャワウデ(17)は、大使館内にあるイスラエル人警備員の自宅の家具の模様替えか何かで、この物件の大家とともに中に入ったもようである。

そこで、家具を動かしている時と思われるが、アル・ジャワウデが、警備員を背後からスクリュードライバーで刺した。これに警備員が反撃し、アル・ジャワウデを射殺。その後意識を失って倒れた。この時の流れ弾で、ヨルダン人大家も負傷。搬送先の病院で大家も死亡した。

<神殿の丘問題と他人事でないヨルダン>*神殿の丘問題詳細については、以下の記事、また前回記事を参照

現在、イスラエル政府、ヨルダン政府は、事件を鎮めるため、水面下で、協議が行われているが、ヨルダンの70%はパレスチナ人で、イスラエルへの反発を抑えきれていないのが、ヨルダンの最近の現状で、見通しは決して明るくない。

これに先立つ23日も、ヨルダンのアンマンでは、神殿の丘にイスラエルが設置し、実質入り口を管理していることについて、「アル・アクサを救出せよ。」と叫ぶ数千人のデモが発生している。

神殿の丘は、現在、ヨルダンのワクフ(イスラム財団)が管理するものであるため、イスラエルが、金属探知器を置いて、その出入り口を管理している状態について、エルサレムのイスラム教徒以上に、イスラエルに対して怒り狂っているのである。

今回、イスラエル人警備員に射殺された、アル・ジャワウデの家族は、「息子は殉教者だ」といい、ヨルダン政府は、イスラエルと断行することを要求している。

これは非常に難しい状況である。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4993529,00.html

アンマンのイスラエル大使館周辺とヨルダンでのデモの様子:http://www.jpost.com/Middle-East/Israeli-security-guard-stabbed-in-attack-at-Israels-Jordan-embassy-500536
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ユダヤ人大量移送の罪を認めるフランス:ネタニヤフ首相パリ訪問 2017.7.17

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写真出展:Reuters: Stephane Mahe

神殿の丘でのごたごたがある中だが、ネタニヤフ首相は予定どおり金曜、フランス、ハンガリーを訪問する5日間の外遊に旅だった。

パリでは、マクロン新大統領と初の直接会談し、ホロコーストの時代に、パリからユダヤ人13000人がナチスの死の収容所へ連行されてから、75年を記念する式典に参加した。珍しく、BBCもトップでこれを報じた。

それによると、1942年7月16-17日、パリの警察が、子供4000人を含むユダヤ人13000人を逮捕し、エッフェル塔近くのサイクリング場に集めた。その後、そのほとんどを列車に乗せてアウシュビッツへと送り込んだのであった。13000人のうち、戦後まで生き残ったのは100人以下だった。

このサイクリング場ではこの出来事を記念する式典が毎年行われているが、イスラエルの首相が出席するには、今回が始めてだという。マクロン大統領は、式典において、「ユダヤ人を逮捕したのはフランスの警察であり、ナチスは一人もいなかった。」と国家としての罪を認めた。

http://www.bbc.com/news/world-europe-40622845

この他、実務レベルの会談で、マクロン大統領は、神殿の丘でのテロを非難したが、ネタニヤフ首相には、2国家解決にむけて、パレスチナと対話するよう要請したという。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989977,00.html

ネタニヤフ首相は、次にハンガリーを訪問し、水曜にイスラエルへ戻る予定。

http://www.timesofisrael.com/pm-to-depart-for-4-day-trip-to-france-and-hungary/ 
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マクペラの洞窟をパレスチナの世界遺産に指定:ユネスコ 2017.7.8

 2017-07-08
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ヘブロン・マクペラの洞窟 2017.7.6

ユネスコの世界遺産委員会(21カ国の代表)が、ポーランドのクラカウで、7月2日から12日まで、世界遺産の検証や指定を行っている。

この中で、エルサレム旧市街と城壁の「危機にある世界遺産」としての現状、続いて、パレスチナ自治政府の申請に基づき、ヘブロンのマクペラの洞窟をパレスチナの世界遺産に指定するかどうかの審議が行われた。

結果、4日、エルサレムの旧市街は、「イスラエルの”占領”によって危機的状況にある。イスラエルは、不条理な圧迫をやめるべきである。」という報告が、賛成10、反対3で可決された。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4984802,00.html

http://www.jpost.com/Israel-News/UNESCO-votes-Israel-occupying-power-in-Jerusalem-498755

これは今年5月の神殿の丘に関する採択に引き続き、イスラエルとエルサレムとの歴史的関係をも無視するものである。しかし、理事国21カ国のうち、賛成したのが半数以下の10カ国であったのは初めてのことで、悪い中にもよい兆しはあったとの見方もあった。

続いて、7日、ヘブロンのマクペラの洞窟に関する採択では、賛成12、反対3で、パレスチナの世界遺産として登録することで可決した。

パレスチナの世界遺産として登録されるのは、洞窟そのものと、その上にヘロデ大王が建てたとされる建造物である。投票は公開されなかったため、どの国が賛成、反対したかは不明。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-40530396

今回可決された内容は、エルサレムの神殿の丘と同様、マクペラの洞窟とユダヤ人の歴史的関連を無視する形となっており、理屈からすれば、ユダヤ人がヘブロンに住む正当な理由はないということになる。

*マクペラの洞窟

マクペラの洞窟は、アブラハムとサラ、イサクとリベカ、ヤコブとレアが葬られていると言われる洞窟で、聖書によると、アブラハムがその土地を購入したと記録されている。ユダヤ人にとっては父祖の墓として非常に重要な場所である。

この洞窟の上には、1世紀前後にヘロデ大王が建てた建造物が今も残されている。

ヘロデ大王の後、エルサレム、ヘブロンを含むユダヤ人の国、ユダ王国は、エルサレムと同様、ローマ帝国によって滅ぼされ、その後638年からは、十字軍とイギリス時代を除いて、1700年近く、イスラム教国が治めた。この間、マクペラの洞窟は、モスクとして使用された。

ユダヤ人がヘブロンへのアクセスを回復したのは、1967年になってからである。しかし、その後もヘブロンでは双方ともテロを行って殺しあったため、今は、「現状維持」という枠組みで、両者がこの建物を半分づつに分け合い、使用法を譲り合ってなんとか、双方が使えるように回している状況である。

しかし、今回、パレスチナ自治政府は、「マクペラの洞窟はイスラムのモスクである。」として、パレスチナの世界遺産であるという報告書をまとめた。エルサレムの神殿の丘の時と同様、ヘブロンとユダヤ人の歴史的は無視された形での報告書になっている。

実際のところ、今のヘブロンは、パレスチナ自治政府が管理するパレスチナ人20万人の町である。その中に、ヘブロンはユダヤと主張する右派入植者たちとその家族約300人が、ヘブロン全市のわずか3%の地域(マクペラの洞窟ユダヤ側を含む)に、大勢のイスラエル軍兵士に守られながら、生活しているという状態である。

入植地周辺は、土産物屋が多数あるが、治安維持のため、現在は1800店舗が閉鎖している。イスラエル軍に閉鎖を要請された店が多いが、自ら出て行った店主も少なくないという。

パレスチナ側としては、このややこしいユダヤ人たちに、早く出て行ってもらいたいのである。このように政治的意図で、マクペラの洞窟をパレスチナの世界遺産に指定するよう、ユネスコに申請し、ユネスコもこれを受け入れたわけである。

この申請に対する採択については、アメリカとイスラエルが、採択そのものを行わないよう訴えていた。

また、会議がポーランドで開催されていることから、ホロコースト生存者12人が、ポーランドの外相に対し、ポーランド政府に、ヘブロンに関する採択を行わないよう、ユネスコに働きかけてほしいと嘆願書を提出していた。

しかし、それも受け入れられなかったということになる。

https://www.haaretz.com/israel-news/1.800138

<イスラエル政府の反応>

この結果に対し、イスラエル政府からはネタニヤフ首相はじめ、閣僚たちがいっせいに非難する声明を出した。

ネタニヤフ首相は、ただちに、ユネスコへの拠出金から100万ドルを差し押さえ、その分を、ヘブロンとキリアット・アルバ(ヘブロンに隣接するユダヤ人入植地)に、ユダヤ人の遺産に関する博物館を建てるのに使うと発表した。

イスラエルがユネスコへの年間拠出金を差し押さえるのは、今年1月に600万ドル、3月に200万ドル、さらに100万ドルと、今回の100万ドルと4回目になる。結果的にイスラエルからユネスコへの拠出金は、170万ドルとなった。

これだけ少ないと、イスラエルがユネスコで投票する権利を失う可能性もあるとハアレツ紙は伝えている。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4986097,00.html
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