ベエルシェバの戦い・バルフォア宣言から100年 2017.11.2

 2017-11-02
イスラエルでは、今年、建国の大きなきっかけとなったイギリス政府の公式文書「バルフォア宣言」が出されてから今年11月2日、ちょうど100年を迎える。

これに先立ち、イギリスがパレスチナ地方の委任統治をはじめる大きな転機となったベエルシェバの戦いから100年を記念する国家行事が10月31日、ベエルシェバにて執り行われた。

なぜイスラエルがこれを祝うのかといえば、結果的にはこの戦いが、パレスチナ地方のトルコによる支配を終わらせ、イギリスが支配権をとったことで、ユダヤ人の移民が進み、建国への大きな足がかりになっていったからである。

ベエルシェバの戦いは、世界にとって、またイスラエルにとってのターニングポイントになったのである。

ベエルシェバの戦いは、イギリスを中心とする連合軍と、ドイツ、オスマントルコとの戦いであった。ここで連合軍として戦ったのが、アンザックとよばれるオーストラリア・ニュージーランドの将兵である。このため、ベエルシェバには、大きな十字架を掲げたアンザック将兵たちの広大な墓地がある。

31日には、この墓地で、ネタニヤフ首相、オーストラリアのターンブル首相、ニュージーランドのレディ総督が出席する中、国家記念行事が盛大に執り行われた。

http://www.bbc.com/news/world-australia-41826602

式典では、ネタニヤフ首相たちが参列する中、クリスチャンであった兵士たちのために様々な賛美歌が流れ、詩篇23篇が朗読された。一方で、オーストラリアのアボリジニが伝統の楽器を奏でたり、ニュージーランドのマオリ族の祈りがささげられるなど、若干霊的戦いを思わせる場面もあった。

100年前を彷彿とさせるアンザックの騎馬隊が再現され、人々はこの歴史的なできごとと、そこで命を落とした兵士たちに思いをはせていた。

<第一次世界大戦勃発からベエルシェバの戦い>

1914年、オーストリアの皇太子が暗殺されるというサラエボ事件が発生。これを機に、ドイツ、オスマントルコと、連合軍(イギリス、フランス、ロシア)が戦争を始めた。これが人類初の世界大戦である。

この時代、パレスチナは、オスマントルコの支配下にあったが、1882年から始まった、ヨーロッパからのユダヤ人のアリヤ(移住)の波は2度目となり、テルアビブの開拓がはじめられたころだった。エルサレムは、まだ城壁の中だけにしか人がいない時代である。

この当時、オスマントルコが徐々に勢力を失いはじめていたため、イギリスは、アラブ人をあおってオスマントルコに反乱させることを考えた。そうして1915年、イギリスは、メッカの太守でベドウィンのフセイン・イブン・アリーに協力を求め、トルコ崩壊時はアラブの帝国を設立することを約束する。これがマクマホン・フセイン協定である。

その翌年1916年、イギリスは、フランスと中東をどう分割するかについて話しあった。これをサイクス・ピコ協定という。この時期、石油の重要性が注目され始めたころだった。ロシアは、ボルシェビキ(ユダヤ人)が主導する内戦が勃発したことから、世界戦争から身をひかざるをえなくなっていた。

この流れの中、まだ国を持たないユダヤ人シオニストたちが、国家設立に向けて動き出すのである。当時はまだイギリスにつくのか、オスマントルコにつくのかで判断が難しい時代だった。トランペリドールと、ジャボティンスキーは、イギリスに道を選び、イギリス軍の中にユダヤ人部隊を立ち上げるよう奔走する。

ユダヤ人は1915年のガリポリの戦い(イギリス、フランスなど連合軍がトルコのガリポリ半島へ上陸しようとして失敗した作戦)において、ろばによる輸送隊として貢献したことから、正式なユダヤ人部隊がイギリス軍の中に立ち上がった。

その翌年2017年、イギリスは、北アフリカからパレスチナ地方へとオスマントルコをおいつめたが、ガザをどうしても攻め落とすことができなかった。トルコはドイツとともに、ガザとベエルシェバを結ぶラインを固辞しており、イギリス率いる連合軍はそれより北へは進めない状態が続いた。

ここで登場してくるのがアレンビー将軍である。アレンビー将軍は、連合軍はガザへ攻め込むと見せかけ、ベエルシェバと奇襲。続いてガザも攻め落とし、そのわずか6週間後の12月、ついにエルサレムを陥落させることになったのであった。

このベエルシェバでの戦いを戦ったのは、アンザックとよばれるオーストラリア軍、ニュージーランド軍であった。アンザックは、騎馬隊で、塹壕から銃撃してくるドイツ軍、トルコ軍を前に、正面から突撃し、その頭上を飛び越えてベルシェバに突入。町を奪回したという。

この戦いで戦死したオーストラリア人兵士は173人、ニュージーランド人兵士は31人。ベエルシェバには、この戦いの面影を残す場所が多数残されている他、ここで戦死したトルコ軍兵士を記念する石碑も残されている。

http://www.kkl-jnf.org/tourism-and-recreation/israeli-heritage-sites/anzac-trail/sites/anzac-sites-beersheba/

<バルフォア宣言>

ベエルシェバでの勝利の数日後の11月2日、イギリスのロイド・ジョージ内閣のバルフォア外相が、シオニズム運動を支えていた第2代ロスチャイルド卿に、ユダヤ人のホームランドを設立することに全力を尽くすと書いた書簡が送られた。これがバルフォア宣言である。

この書簡は、先の2つの協定とは違い、イギリス政府の公式書簡であった。このため、戦後、パレスチナ地方でイギリスによる委任統治が始まると、イギリスは、ユダヤ人移民がパレスチナ地方(ヨルダン川より西に入ってくるのを許したのであった。

一方、アラブ側はフセイン・マクマホンの約束が守られないことに立腹する。このため、イギリスは、フランス領シリアから追い出されたフセインの息子ファイサルをイラクの国王にすえ、フセインのもう一人の息子アブドラをヨルダン側東岸んトランスヨルダンに据えた。チャーチル英首相はこれでフセイン・マクマホン書簡の約束は果たせたと考えたのであった。

いずれにしても、このバルフォア宣言は、ユダヤ人の祖国イスラエル再建への大きな一歩になったということである。

このバルフォア宣言が出されてから今年100年になる。ネタニヤフ首相は11月2日にイギリスで行われる記念式典に出席するため、1日、イギリスへ向かった。イスラエル国内での記念式典は11月7日の予定。

BBCは、バルフォア宣言は、イスラエルにとっては祝いかもしれないが、同時にパレスチナ人にとっては、解決不能な中東問題の原因になったと伝えている。

http://www.bbc.com/news/uk-41819451

<イスラエルとクリスチャンシオニストの関係>

イスラエルが建国するまでには、祈りだけでなく、実際的な面においても様々な形でクリスチャンが大きな影響を及ぼしてきた。バルフォア宣言は、通常、アセトンを発見して、第一次世界大戦中でのイギリスの勝利に貢献したユダヤ人化学者ワイツマンの功績とされている。

しかし、それだけでなく、当時の英ロイド政権に多数のクリスチャンシオニストがいたことも注目される事実である。

イスラエル人歴史学者アビ・ベン・ハー氏によると、当時の首相ロイド・ジョージ、その外相で、バルフォア宣言を書いたアーサー・バルフォアもクリスチャン・シオニストであった。

この分野を専門とするシャロム・ゴールドマン博士も、バルフォア宣言の背後には、聖書に基づくプロテスタントたちのクリスチャンシオニズムの考えが大きな影響を及ぼしたと強調する。

このことから、イギリスのクリスチャンの多くは、この時代のイギリスは、近代のクロス王(バビロン捕囚以来、ペルシャにいたユダヤ人にイスラエルへ帰るよう指示した王)だったと考えている。バルフォア宣言100周年を記念し、イギリスではクリスチャンたちによるイベントも企画されている。

クリスチャンシオニズムはユダヤ人のシオニズムより100年も遡るという。もっとも古い例は、デンマークのホルガー・パウリ(1644-1714)のケース。パウリは、突然、ユダヤ人の王、メシアであると自称し、ユダヤ人をキリスト教に改宗させ、イスラエルの地に連れていく召しを受けたと主張した。

パウリはちらし配りをしていたほか、少人数のユダヤ人を集めて家庭集会などをしていたようだが、最終的には、デンマークの政府からこれを差し止められた。パウリは、いわばクリスチャンシオニストの走りのようなもので、ユダヤ人の歴史には、「宗教ファナティック(極端)」と記録されている。

近年においては、福音派クリスチャンがクリスチャンシオニストとして、イスラエルをサポートしている。これについて、今のイスラエルのユダヤ人たちは、「ユダヤ人がイエスを信じることで再臨があると考えているからだ。」と懐疑的になっている。しかし、それも少しづつ変わってきているようでもある。

バルフォア宣言100周年にあたり、エルサレムポストがクリスチャンシオニストたちに関する記事をだしていたが、それによると、今の福音派クリスチャンは、パウリほどユダヤ人改宗に熱心ではない。中には、純粋にイスラエルの再建をただただよろこんでいる者もいるとも書いている。

そのまま喜んでいいのかどうなのか複雑なところだが・・・

イスラエル政府も、これからの時代、クリスチャンしか見方はいないと判断。先日もクリスチャンメディアサミットを政府みずから開催し、イスラエルへの支持を求めたところである。イスラエルとクリスチャンの関係が今、新たな時代に入りつつある空気を感じ始めている。

http://www.jpost.com/Opinion/Christian-Zionism-and-the-Balfour-Declaration-508034

*イスラエル建国当時にもいた現地アラブ人のクリスチャンシオニスト

筆者の友人にナザレに住むアラブ人クリスチャンの家庭に生まれた女性がいる。彼女の父カルメル・マターさんは、すでに召されたが、生きていれば100歳になる。プロテスタントの牧師で、非常に福音的でどこへ行っても福音をのべつたえるような人だった。

マター牧師は、昔からナザレに住むアラブ人だが、聖書を読んでいて、やがてユダヤ人が帰ってきてイスラエルを再建されると確信していたという。そのため、ほかの祈りは忘れても、イスラエルの再建のための祈りは欠かしたことがなかった。そんなマター牧師を、アラブ人の友人は疎んじていたという。

しかしやがてユダヤ人の軍隊がナザレにもやってくる。マター牧師とその妻は、預言が成就したと大きなよろこびに満たされ、なんの抵抗もなく白旗をあげてユダヤ人たちを迎え入れた。マター牧師の話を受け入れなかったアラブ人の友人は、イスラエルを受け入れることができず、今もヨルダンに行ったままだという。

地元アラブ人は、通常はユダヤ人に土地を奪われ、そこから追い出されたという歴史があるので、通常は、クリスチャンであってもイスラエルに苦い思いを残す場合が多い。しかし、ただ聖書ゆえにイスラエルの再建のために祈り続け、その実現を見て、心から喜んだアラブ人クリスチャンがいたとは驚きだった。

マター牧師のように、白旗をあげたナザレのアラブ人たちは、イスラエル建国後もそのままナザレに住むことができた。

しかし、残念なことに、今に至るまでの間に、経済や治安の悪さからクリスチャンはどんどんナザレから出て行きつつある。かつてはクリスチャンが多数派であったナザレだが、今はムスリムが多数派のイスラムの町になっている。しかし、少数派ながら福音派の教会もあるという。
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クルド自治区の独立とイスラエル 2017.10.8

 2017-10-08
2014年、シリア、イラクでは、ISISが登場し、イラクでは、バグダッドに次ぐイラク第二の都市モスルを含む広大な領域を奪っていった。これに対し、イラク軍とアメリカ、有志軍も加わって ISIS撃滅をすすめたことから、これまでにISISの支配域はかなり小さくなってきた。

この戦いの最前線で戦ったのが、イラク北部の自治区を持つクルド人勢力ペシャメルガである。クルド人たちは、最前線で戦うことで、クルド人勢力の支配域と影響力を拡大し、最終的にはイラクからの独立も目指していたとみられる。

しかし、クルド人は、イラクの他、シリアやイランなど多数の中東諸国に散らばって住んでいる。そのクルド人の国が独立するということは、中東全域に影響を及ぼしかねない事態である。

9月、クルド人たちが、独立への国民投票を行うと発表すると、イラク中央政府は、これを違憲だとして反対した。またクルド人とは歴史的に敵対してきたトルコ、イランがこれに反対する立場を表明した。

こうした中、9月25日、クルド自治区は、イラクから独立するかどうかの歴史的な国民投票に踏み切った。結果、92.7%が賛成票を投じ、クルド人たちは喜びに沸いた。

実際には、クルド自治区は、今も経済的にイラク中央政府に依存しており、海がないことから独立した経済の樹立も難しく、実際の独立は、すぐには実現しそうもない。しかし、独立支持者が90%を超えたという事実をもってイラク中央政府に圧力をかけるとみられる。

国民投票の後、イラク、トルコ、イランは、クルド自治区に対する経済の締め付けを始めたほか、軍事的な動きもあり、突発的な戦闘になる可能性も指摘されている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171005-00000539-san-m_est

<クルド人とイスラエルの友好関係>

クルド人たちの多くはイスラム教徒だが、クルド人とユダヤ人とは友好関係にある。クルド人たちは、小さなイスラエルが中東で独立を実現させたことをモデルとしてみているという。

イラクにまだユダヤ人がいたころ、クルド人たちは、迫害にあっていたユダヤ人が自治区を通ってイラクから出国するのを助けた。一方、イスラエルも、ISISと戦っているクルド人勢力に対し、諜報活動など、さまざな分野で支援を行っていたと伝えられている。

イスラエルは、クルド自治区独立の国民投票を支持する立場を表明した唯一の国である。このため、国民投票の結果が出た際、一部のクルド人は、クルド自治区の旗とともにイスラエルの旗を振っていた。

今後もし実際に、イラク北部のクルド自治区が独立すれば、イスラエルは、シリア、イラク、イランという敵対国の中に足がかりを持つことになり、本国防衛の大きな防波堤を持つことになる。

トルコのエルドアン大統領は、「クルド人の独立で益を受けるにはイスラエルとアメリカだ。」と語った。またイランを公式訪問したエルドアン大統領と、イランのハメネイ最高指導者は、「アメリカが、中東にもうひとつのイスラエルを作ろうとしている。クルド人の独立投票は、地域への裏切りだ。」と非難した。

エルドアン大統領は、イスラエルのモサド(諜報機関)が、クルド人の国民投票を操作したとも非難したが、イスラエルはこれを否定した。なお、アメリカは、この独立投票については、地域を不安定にするとして反対する立場であった。

https://www.timesofisrael.com/us-seeks-new-israel-in-region-khamenei-says-of-iraq-kurd-referendum/

世界は今やどこから火をふくかわからないが、ここにも一つ発火点ができたようである。
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メキシコへのイスラエル軍支援隊帰国 2017.9.30

 2017-10-01
先週、新年を前に、メキシコでの大地震の緊急支援に出かけていたイスラエル軍の支援隊が、28日、帰国した。日本の支援隊も同じ頃帰国している。復興はまだまだこれからであるが、国際緊急支援としては区切りがついたものと思われる。

イスラエルの救援隊帰国の様子:http://videoidf.co.il/260917-EN-01.mp4

19日に発生したメキシコ地震の犠牲者は、今や300人以上とも言われる。BBCがメキシコシティでの救助の様子や、今も家族ががれきの下にいる人々の様子を取材している映像があるが、その中で一瞬、日本の国旗と「ありがとう」という文字、その下にイスラエルの国旗と「トダ」というヘブライ語が見えた。

http://www.bbc.com/news/av/world-latin-america-41444009/mexico-quake-my-heart-tells-me-he-will-be-alive

世界では、様々な自然災害が続いているが、インドネシアのバリ島では、火山が噴火する可能性があるとして、1週間前から周辺住民が避難している。29日までにその数、14万人にのぼるという。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170929/k10011162071000.html 
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メキシコ大地震:新年の角笛を被災地に運ぶイスラエル軍救援隊 2017.9.22

 2017-09-22
イスラエルでローシュ・ハシャナが始まった19日、メキシコ・シティを、マグニチュード7.1の巨大地震が発生。21日の時点での死者273人(うち137人はメキシコ市)が確認されている。

がれきの下での生存率が大幅に下がる72時間が迫る中、必死の捜索活動が続けられているが、犠牲者数はまだ増えると懸念されている。同市では、9月7日にもマグニチュード8.1の大地震が発生し、90人が死亡したばかり。

イスラエルのネタニヤフ首相は、地震発生後、直ちに救援隊派遣の準備を指示。翌、20日には、”角笛の音・遠征隊”と名付けられたイスラエル軍の救援部隊(70人)が出発し、地震発生36時間後にはメキシコシティに着いて、活動を開始した。

Yネットによると、今回の活動は、隊員71人のうち、25人がエンジニアや、建設技術を持つ隊員で、メキシコの専門家たちとともに、全壊したビル38件(BBCによると44軒)の位置確認や、調査といった後方支援を中心に行っている。

しかし、まだ地震発生から36時間であったことから、得意の生存者の捜索、救出活動も行っている。イスラエル軍だけでなく、イスラエイド(イスラエル国際救援組織)もメキシコに到着し、捜索・救援活動を行っている。

イスラエルの救援隊が早期に到着し、協力しはじめたことはBBCや日本のメディアも報じた。

*新年の角笛をメキシコの被災地で吹きならずイスラエル軍兵士たちの様子

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5019490,00.html

なお、日本からも、国際緊急救援隊(JDR)72人が派遣され、21日より活動を開始している。アメリカなど各国の救援隊も活動を行っている。

*メキシコの精鋭救援隊”もぐら隊”

メキシコは日本と同様、地震大国である。1985年の大地震では、広範囲にビルや建物が倒壊し、1万人が犠牲となった。これを受けて、1986年、メキシコ政府は、将来の大地震に備えて、正式なボランティア救援隊の登録を始めた。

この救援隊は、”もぐら隊”と呼ばる。今回の地震でも活躍しているもよう。

<バプテスマ中の教会が倒壊>

今回の地震で非常に悲惨なニュースが続いている。メキシコシティから150キロ離れた町プエブラでは、カトリック教会で、2ヶ月の女児のバプテスマを行っている最中に地震が発生し、女児を含む家族親族11人が死亡。救出されたのは、家族では唯一、女児の父親と、儀式を導いていた神父のみだった。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5019490,00.html

<小中高統一学校が倒壊>

がれきからの救出で、特に優先度が高く挙げられているのが、震源地に近いプエビラ・レブサメン・スクール。小学校では、少なくとも子供21人と大人5人の死亡が確認されている。

必死の救援活動が続けられるのを、両親たちが見守っている姿は、他人事ではない気がする。こうした中、地震から32時間後に、12歳の少女、フリーダ・ソフィアさんが救出されたことは世界中が報じた。

http://www.bbc.com/news/world-latin-america-41343244
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イスラエル最大の脅威はイラン:第17回国際テロサミットより 2017.9.12

 2017-09-13
イスラエル中部ヘルツェリアでは、9:11を記念して、毎年、国際対テロサミットが行われる。今年も第17回目となるカンファレンスが、9月11日より、4日間の予定で行われている。テロの現場から、どう対処するのか、専門家や政治家たちがそれぞれの意見を述べている。

<イスラエル最大の脅威はイラン>

第17回対テロカンファレンスにて、リーバーマン防衛相は、すべてのイスラム過激派の背後には、イラン政権があると指摘。イスラエルにとって最大の脅威はイランであると強調した。

「イランの支援なしに、ヒズビラ、ハマス、イスラム聖戦が今のような力を保てるはずがない。テロ組織支援に加え、イランは、核兵器開発、非核兵器を充足して革命軍をさらに強大化させ、サイバー攻撃をもってイスラエルの破滅をねらっている。」と指摘した。

右派ユダヤの家党のナフタリ・ベネット党首は、対テロサミットにて、「9:11事件のとき、ちょうどニューヨークにいて、ビルの炎上と逃げてくる人々の波を目撃した。あの時、人間の残虐性に限界はないと思った。もしビン・ラディンがあの時核兵器を持っていたらそれを使っていただろう。

イスラエルは、いかなる妥協もしない。イランは、ゴラン高原、またシリアから完全に撤退するべきだ。」と語った。

*イラン・シリアの動き

シリアでは、ISISが徐々に支配域を徐々に失いつつあり、その空いたところに、イランが入り込みつつあると伝えられている。特に、シリアとヨルダン国境付近、ゴラン高原の近くを、ロシアとアメリカが停戦域にしたことで、その空白へイランが入ってきているという情報があり、イスラエルは神経をとがらせている。

9月7日、シリアのハマ(ダマスカスから約200キロ北)にある科学研究所が空爆、破壊された。シリア政府の科学研究所で、化学兵器を開発しているとみられる。爆発の様子からミサイル施設もあったとみられている。

シリアのメクダド外相は、空爆はイスラエルの空軍機によるものだったと発表。「イスラエルは、(ISISと戦う)シリアを攻撃し、 ISISを支援するテロ国家だ。」と非難し、イスラエルはひどいツケを受けることになると脅迫した。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/235331

こうしたシリア軍施設への空爆は、過去に何度も発生しているが、今回も含め、イスラエルは、ノーコメントである。

しかし今回は、11日、リーバーマン国防相が、「シリアは、イスラエルを試すようなことはしないほうがよい。イスラエルが脅迫を軽く受けることはないからだ。」と脅迫しかえした。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5015343,00.html

*イランと北朝鮮問題:イスラエルへの影響

北朝鮮が、6回に及ぶ弾道ミサイル発射実験を行った後、9月3日、ICBM(大陸弾頭弾)に装着可能な水爆実験に成功したと発表。アメリカだけでなく、韓国、日本にとって大きな脅威となっている。

この問題はイスラエルにも無関係ではない。イランと北朝鮮が軍事、特に核開発において緊密な相互支援関係にあるからである。

INSS(イスラエル治安研究所)所長で、元イスラエル軍諜報部長官のアモス・ヤディン氏は、今、国際社会が北朝鮮に徹底した対処を行わない場合、次はイランが、2015年にイランと世界諸国が合意した核開発保留の期限切れ(2030年)とともに、一気に核保有国になると警告する。

これはイスラエルへの脅威になるだけでなく、中東での核競争の引き金となる。イランが核保有国になるとなるとサウジアラビアが核を保有しないわけにはいかないからである。サウジが核保有になれば、周辺諸国も競って核を保有しようとするだろう。

先週、北朝鮮の核実験を受けて、国連安保理は、北朝鮮への対処について協議を開始した。アメリカ、日本、韓国などが、最強の経済制裁を求めたのに対し、中国、ロシアがこれに同意せず、最終的には12日、最強とは言えない「制限」とも言える、新たな制裁が課される形で合意したと発表された。

言い換えればアメリカが折れたということである。ここから見てもわかるように、北朝鮮はすでに核保有国になってしまったため、武力行使するには危険すぎる状態になったのである。

ならば、戦争がないということか・・・?というわけにもいかない。キム・ジョンウンが、予測不能な独裁である以上、いつなんどき核兵器を使ってしまうかわからないという危険が、これからはつきまとうということである。

イランとの関係において、イスラエルが、これと同じ状況になることを受け入れることはできない。イランがすでにイスラエルを破壊し一掃すると公言しているからである。

イスラエルの防衛は、まだ国外にあるうちに、武器に関しては、まだ完成する前に、根こそぎその脅威を取り除くということが基本である。そのため、諜報活動を非常に緊密に行っており、全く予想外の時に、脅威となりうるものを完全に破壊する。

常に先手を打つことが最大の防衛であるということを、イスラエルは体験してきたのである。

この考え方で、イスラエルは、1981年、イラクの原子力施設を奇襲。完全に破壊した。これにより、イスラエルは、東側の脅威を大きく排除したといわれている。こうしてみると、北朝鮮に水爆まで作らせてしまった国際社会はすでに後手に回っていると言えるだろう。北朝鮮はすでに核保有国になってしまった。

しかし、こうした攻撃は、相手がまだイスラエルを攻撃する前にやることであるので、下手をすれば、国際法違反ということになり、国際的には窮地に立つというリスクも伴っている。イスラエル以外の通常の国がこれを実施することは困難だろう。

しかし、イスラエルは、たとえリスクを伴っても、国民を守るためには、常に先手を打つことが必要だと、これまでに痛いほど体験して学んだのである。

これから15年、20年先、ヤディン氏が警告したようにイランもまた核保有国になるのか、それまでにイスラエルがイランを攻撃して対処してしまうのか。イスラエルは、危険が明らかになれば、躊躇しないだろう。これから先、イスラエルがどう出るのか、注目されるところである。

*北朝鮮危機への対処:イスラエルの視点

イスラエルは、隣国からのミサイル攻撃には慣れている。北朝鮮の度重なる挑発的なミサイル実験について、イスラエルの視点ではどう見ているのだろうか。INSSのアモス・ヤディン氏は、北朝鮮の挑発を止めるためには、ミサイルの発射地を、だまって(奇襲)、事前に攻撃することが必要だと語る。

その際には、北朝鮮が現存するミサイルを一つも残さず、一気に全部壊滅させなければならないと警告する。一つでも残せば、それを使って韓国や日本、アメリカにまで核兵器を撃ち込んでくるからである。

しかし、今のアメリカが北朝鮮のすべてのミサイル発射地を把握しているとは考えられず、もしアメリカと北朝鮮が、本当に戦争になれば、最も被害を被るのは、韓国や日本だとヤディン氏は警告する。

しかし、この問題は、イスラエルとヒズボラの問題にも当てはまる。レバノン南部のヒズボラは、すでに15万発ものミサイルをイスラエルに向けて配備している。

ヒズボラとの戦争になれば、ヒズボラが危険なミサイルをイスラエルに撃ち込んでくる前に、できるだけ早く、南レバノンを一気に、一掃してしまわなければならない。その際、そこにレバノン市民がいるなどと考慮している暇はないだろう。

同様に、もし、今アメリカと北朝鮮が戦闘に入った場合、アメリカと韓国は、一気に北朝鮮を一掃してしまうような大攻撃を行わなければならないだろう。この際、日本はどうしているだろうか。

日本も核保有国になるのか、少なくとも、アメリカの核兵器を受け入れるようにするべきなのか。石破元防衛相が問題提起しているように、核の問題を、論議をしていかなければならない時代に来ているようである。

http://www.jpost.com/Israel-News/Ex-IDF-Intelligence-Chief-Trump-should-strike-preemptively-in-NKorea-504086
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