イスラル人不明者3人へ:ネパール 2015.4.29 

 2015-04-29
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4651785,00.html

25日に発生したネパールの地震。4日たった現在、犠牲者は5100人を超え、負傷者は1万人。犠牲者はまだ増えるとみられる。

連絡がとれなくなっていたイスラエル人250人以上は、次々に連絡がとれ、大使館で保護された後、昨日、229人が政府が提供したエル・アル機で、イスラエルへ帰国した。

イスラエル軍の救援隊がネパール入りした昨日からは、さらに山中にいたイスラエル人ら25人が救出され、現在未だ連絡がとれないのは3人となった。今のところ、イスラエル人の中に、死者や負傷者の報告はない。

連絡のない3人は、オール・アスラフさん(22)。昨年夏のガザとの戦争で負傷した兵士である。また、兵役を終えてすぐ、世界旅行にで出た女性たち2人、ゾハル・シャビットさんとナアマ・ショハットさんも、トレッキングに行っていて、被災したとみられる。

オールさんの母親は、昨日帰国した人々の間に息子がいないか、だれか息子に会わなかったかと、空港に出迎えに来ていた。しかし、アサフさんに関する情報はなかった。

カトマンズでイスラエル大使館で保護されたイスラエル人のうち、70人は、政府提供の飛行機で脱出しない道を選び、今も現地にとどまっている。うち2人はレスキューのためにボランティアで居残っているという。

<代理母赤ちゃんもイスラエルへ>
http://www.jpost.com/Israel-News/Babies-born-to-surrogate-mothers-in-Nepal-face-religious-obstacles-once-they-arrive-here-400502

代理母からの赤ちゃんをイスラエル人と認めるかどうか、まだもめているところだが、昨日帰国した229人のうち、15人が、ネパールで代理母から生まれた新生児だった。3人の未熟児は、空港から病院へ直行している。

問題はこれからである。イスラエルのチーフラビ局では、いくら精子がユダヤ人でも母親が異邦人の場合、ユダヤ人として認めるには改宗手続きを条件にするということになっている。しかし、まだ未成年の赤ちゃんの改宗手続きとなると、実際にはかなり困難だという。

また今回は、すでに生まれた新生児が問題になったが、ネパールは、まだ妊娠中の代理母がいる。大きな災害であるため、その女性たちをイスラエルへ連れてくるのかという問題もある。地震によって、予想もしなかったことが明るみに出たといったところである。
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イスラエル軍救援隊260人:活動開始 2015.4.29

 2015-04-29
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4651785,00.html

カトマンズの出発が遅れていたイスラエル軍の救援隊260人が火曜、到着した。このうち医師が122人。医療機器や衛生材料はおよそ95トン。

東北の津波の際と同様、捜索救助活動を展開するのと平行して、救急室や手術室、小児科も含む本格的な野営の総合病院をカトマンズに開設。医療活動は水曜朝から開始している。(今夜以降、活動状況を報告予定) 1日200人を治療できる。

滞在予定は、2週間で、その後の状況によっては延長する。

このチームは、1983年にイスラエル軍の一部として設置され、隊員たちは、捜査救助・医療活動で訓練を積んだ熟練者たちだという。
イスラエル軍スポークスマンによると、イスラエル軍の中でも最も優秀なエリートたちだと語る。

最近では、2010年にハイチ大地震、2011年の日本・東北大地震と津波、2013年にはフィリピンの台風被害でも活躍した。今回のネパール・ミッションでは、ヨラム・ラレードさんが司令官を務める。 (イスラエル軍情報)

現地からの映像 https://www.youtube.com/watch?v=RjDhQpMs2_M&list=PLObnKQho8o8MgBHWiMg3JRJUpHNk9hdyG&index=3
*現地の様子とヨラム・ラレード司令官も見られます。

なお、日本からも救援隊70人が到着し、活躍中。この後自衛隊の派遣も検討されている。

ネパールでは、被災地で強盗などがはじまっており、数十人が逮捕される状況がはじまっている。余震の危険も懸念される。救援部隊の活躍で捜索が進むとともに、隊員たちの体力や安全のためにもとりなしを。
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ネパール地震:イスラエル人約250人と連絡とれず 2015.4.26

 2015-04-26
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4650411,00.html

25日朝、ネパールで発生した地震。25日午前3時(日本時間)の時点で約1500人の死者と報じられている。

地震発生時にネパールにいたイスラエル人は、トレッキングのバックパッカーなど数百人とみられる。多くはカトマンズのユダヤ教組織ハバッド・ハウスにのがれ、その後、イスラエル大使館で保護されたが、まだ約250人ほどと連絡がとれていない。

息子がトレッキングに行っていたという父親によると、息子とともに少なくとも13人が、完全に破壊された村にいた可能性がある。

また、今回、代理母からの赤ちゃん25人の引き取りのためにゲイ・カップルなどが、ネパールに行っていた。赤ちゃん25人のうち9人が未熟児で生まれており、危険な状況にあるという。

イスラエル外務省は赤ちゃんたちを救出する方向で検討している。しかし、これらの赤ちゃんはネパール人の母親から生まれているため、基本的にネパール人である。イスラエルに連れてくるためには、DNA検査をして、父親(精子提供)が確かにイスラエル人であることを確認してからになるという。

いずれにしても、ネパールの空港はまだ閉鎖されたままであるため、イスラエルからの救出にはまだ迎えない状態。イスラエル軍は、ネパールでの人道支援に向けて、今夜、先遣隊を派遣する。
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ヘブロンのマクペラの洞窟でテロ他 2015.4.26

 2015-04-26
http://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Terrorist-shot-dead-after-stabbing-IDF-soldier-in-Hebron-399151

土曜日夕方、ヘブロンのマクペラの洞窟前で、パレスチナ人(20)が、警備にあたっていた国境警備の警察官の頭や胸を刺すというテロが発生した。テロリストは、別の警察官にその場で射殺されて死亡。被害にあった警察官は、病院に搬送され、中等度の負傷となっている。

一方、東エルサレムでは、金曜夜に、オリーブ山周辺のアトゥル付近の検問所で、パレスチナ人アブ・ラナン(16)が、大きな肉切り包丁を掲げて国境警備隊員を襲ってきたため、射殺された。

翌日土曜は、ユダヤ人入植地マアレイ・アドミムを狙っていたとみられるテロリストの摘発が行われた。赤新月社(パレスチナ自治政府の救急隊)によると、その時にもテロを準備していたとみられるパレスチナ人が射殺された。

すぐに遺体を戻すと暴動になるため、警察は、まだ遺体を家族に返していない。葬儀も参列は20人以下との条件とつけている。これを受けて、アトゥルのモスクでは、土曜午後、アトゥルで、20人ほどが、警察に投石、タイヤを燃やすなどの暴動を起こした。

<門戸をあける!?イスラエル>http://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Palestinian-Restrictions-Eased-with-New-Permissions-399112

金曜、イスラエルは、オスロ合意以来はじめて、パレスチナ自治政府の警察官が、東エルサレムの警備にあたることを許可した。パレスチナ人の制服警官が、東エルサレムの2つのパレスチナ地域で警備にあたっている。

また、イスラエルは、条件つきだが、パレスチナナンバーの車が、エルサレム市内へ入ることへの規制緩和を実施する方針を決めた。その最初として、パレスチナ人医師100人が、西エルサレムの病院での仕事に行く際、パレスチナナンバーの自分の車で行くことができるようになった。

イスラエルでの登録者は黄色ナンバーで、パレスチナ登録は緑である。実際にパレスチナナンバーのままで走った場合、テロリストと間違われたり、事情を把握していない警察官に止められるなどの問題も発生している。

しかしフィラス・エリヤン医師は、「それでも自分の車で移動できるのは助かる。イスラエルに感謝する。」と言っている。

あまり知られていないが、イスラエルは、状況さえ赦すならすぐにでも検問所の閉鎖を解く傾向にある。警備には資金も人的資源もかなり使うからである。テロさえなければ、イスラエルは検問所を適宜排除していくだろう。その点、パレスチナ人にもわかってほしいところである。
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エルサレム中央バスステーションに感謝・掲示板 2015.4.26

 2015-04-26
エルサレムの中央バスステーション前は、路面電車の駅もあり、人の往来がかなり激しい場所。その路面電車の駅に、長い黒板に書き込み式の掲示板が登場した。

「私は・・・・に感謝している。」と書かれており、その・・・・のところに誰でもが記入することができる。見ると、「私の妻に」とか「アパートが見つかったこと」とか、「すばらしい人生に」と、まともな記入ばかりである。しかも書き込む欄はたくさんあるのに、もういっぱいになっている。

電車を待つ人々がそれを見て笑顔になっている。最近、世界のどの国の国民が幸せだと感じているかどうかの調査があったが、イスラエルは、今年も世界11位だった。戦争があってもテロがあっても、イスラエルは、住みやすい国であると筆者も思う。

http://www.jpost.com/Israel-News/Israel-ranked-as-11th-happiest-country-in-the-world-399075
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イスラエル空軍:シリア空軍基地を攻撃か 2015.4.26

 2015-04-26
http://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/IAF-struck-missile-bases-in-Syria-Al-Jazeera-report-says-399126

アラブ系メディアのアル・ジャジーラなどが、土曜、イスラエルの空軍機が、シリアとレバノン国境に近いシリアの空軍基地を攻撃したと伝えた。確かに破壊された映像も報じられている、

その情報によると、攻撃された基地には、長距離ミサイルも保管されており、シリアとイランからこれらのミサイルがレバノンのヒズボラへ引き渡されようとしていた可能性がある。これについて、イスラエルからのコメントはない。

イスラエルは、シリア内戦には不干渉の立場を取っている。しかし、シリアからヒズボラへ武器が少しでも供給されるとイスラエルに危険が及ぶため、危険が”まだ国外にある”うちに対処するという方針は変えていない。

こうした攻撃は、毎回ニュースにはなっていないが、実は時々行われているようである。シリアもヒズボラも、イスラエルと一戦交えたいとは思っていないので、今のところ、反撃してきたことはない。
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第67独立記念日・統計データより 2015.4.24

 2015-04-24
23日、イスラエルは今年も無事、独立記念日を祝うことができた。しかし、例年になく気温が低い上に、22日夜からかなりの強風が吹いたため、屋外でのイベントは、冬のオーバーとマフラーに身を包み、口々に寒い、寒いといいながら立っているというありさまだった。

恒例の屋外バーベキューも、いつもより少なかった。太陽が出ている間はそれなりに暖かいのだが、次の瞬間、雲が太陽をかくして、ちょっと雨も降る、その繰り返しだった。公園で家族でピクニックをしている人もいて、子供は走り回っていたが、風があるうえ、寒いのであまり心地よいピクニックではなさそうだった。

しかしそれでも、イスラエル軍の戦闘機が、全国の都市上空でアクロバット飛行を披露し、独立記念日の花になった。また今年も、毎年恒例の国際バイブル・クイズ大会が行われ、中に入れてくれないセキュリティとバトルしながらも、取材に行ってきた。


イスラエルを含む、全世界33カ国のユダヤ人少年少女たち16人がえり抜かれて優勝を競った。最終の決勝は、ネタニヤフ首相が出題。優勝したのはイスラエル人で、ユダヤ教イシバに通うアイエル君(15)。

ネタニヤフ首相から優勝のトロフィーを受け取り、家族や友人たちの祝福に囲まれていた。(写真)

<統計データより> http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/194360#.VTlfhqW9DCt

独立記念日恒例の国は、人数も順調に増え、経済も順調である。イスラエルの中央統計局による基本データは以下の通り。

1)総人口:昨年から16万2000人(2%)増えて、834万5000人。このうち、75%(625万1000人)がユダヤ人。*アラブ人は20%(36万4000人)  
昨年中に生まれた新生児17万6000人。 移民者3万2000人。最大の移民もとは、ウクライナ、フランスがほぼならんでいる。
移民者も来ているのだが、”サブラ”と呼ばれるイスラエル生まれのユダヤ人が75%になった。

建国時の人口は80万6000人、イスラエル生まれのユダヤ人は35%だった。イスラエルは、「ユダヤ人の国」として、着実に定着してきたといえる。

2)世界一無宗教の国!? http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/194432#.VTjsr6W9DCt

ギャロップ(世界でも信頼されている統計会社)の統計によると、イスラエル人の57%が、自分自身を”宗教的でない”と答えた。8%は「無神論者」と言っている。

宗教的でないとはいえ、ユダヤ人のアイデンティティは、ユダヤ教と完全に切り離せないものである。全く何の宗教ももっていないというわけではない。しかし、ユダヤ教を宗教として、日常に本格的に取り入れていないという人が65%だということである。

しかし、これは今にはじまったことではない。イスラエルはもともと、こういう人々によって、建国したのである。

ユダヤ教によると、イスラエルは、メシアが到来して、立ち上げることになっている。実は、メシアが来る前に国が立ち上がっては都合が悪いのである。そのため、ユダヤ人たちは、歴史的にも長い間、自らの手で、イスラエルの国を立ち上げようとは思いもしなかった。

ところが1800年代後半から、国がないために、虐殺される状況においやられるようになってきた。この中で、国をたちあげようとするユダヤ教に固執しないユダヤ人が、おこされてきたのである。これがシオニズム運動である。

イスラエルは、その結果、生まれた国、つまり、”宗教を持たない”と主張するユダヤ人が立ちあげた国なのである。

イスラエルは建国67年の今日に至るまで、この”宗教を持たない”類いのユダヤ人に導かれ、進歩し続けて来た。今も、斬新なアイディアと、たぐいまれな根性、踏ん切りのよさでもって、新しい技術開発や企業を立ち上げて、世界ををリードしているのがイスラエルなのである。

*ちなみに、アメリカ人は、35%が、宗教なし、または無神論と答えている。欧米で、無宗教と答えた国のトップは70%のイギリス。かつてピューリタンを生み出したイギリスだが、なんとも時代は変わるものである。

<大統領としてはじめての独立記念日:建国の思い出を語るリブリン大統領> http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4649805,00.html

今年の独立記念日はリブリン大統領にとっても、大統領になってはじめての独立記念日となった。リブリン大統領は、エルサレムで生まれ、9才で建国宣言とその後の戦争をすべて経験している。

建国宣言がなされたとき、今後どうなるのかはだれにもわからなかった。勝てるのか、生き残れるのか、だれにもわからないまま、建国の日を迎えたという。大統領は、建国宣言の日に、エルサレムの通りが喜びの人であふれた時、そこにいた。

その翌日にはアラブ諸国との戦争が始まった。負けるという選択肢はなかった。生き残るのか、消滅するのかのどちらかだった。全国民が武器をとって戦った時代を大統領は知っている。

当時のユダヤ人たちは、生き残るという決意と希望を持ち続けた。その希望の上に、今のイスラエルがあると大統領は語る。イスラエルの国が今もあるということには大きな代価があった。イスラエルの旗が高く掲げられるとき、今でも涙が出るという。

そんな大統領だが、イスラエルをユダヤ人だけのものだと固執する様子はいっさいない。大統領はアラブ系市民との関係改善を望んでいる事を公にすることを率先してやっている。

独立記念日には、毎年、イスラエル軍で活躍した兵士120人が、大統領からメダルを受け取る事になっている。今年は、アラブ人女性士官候補生がその中に含まれていた。この女性士官は、家族には言わないでイスラエル軍に従軍しているという。

また、独立記念式典では、昨年度、国に貢献した12人が灯火することになっているが、そのうちの一人に、チャンネル2でもキャスターを務めるアラブ人女性ジャーナリストのルーシー・アハリスさんが選ばれた。ルーシーさんは、イスラエルからの光栄を喜んで受けるといっている。

しかし、その逆のケースもあった。今年、イスラエルは、ユダヤ人過激派に焼き殺されたモハンマド・アブ・クデールさん(16)を、テロ被害者リストに含めると家族に伝えた。父親は、「イスラエルからのテロ認定は受けない。」と断ったという。まあこちらはちょっと無神経だったかもとも思うが。。。

リブリン大統領は、独立記念日の挨拶で、「イスラエルはすべての人々にとって自由、たんに恐れや脅威からの自由ではなく、進歩し続けるための自由の国であることを希望している。」と語った。

<国連でもイスラエルの建国記念パーティ> http://www.israelnationalnews.com/News/Flash.aspx/324132#.VTlmu6W9BCs

ニューヨークの国連本部では、イスラエルの国連大使が、バンキムン国連事務総長や、各国代表を招いて建国記念のシャクショカ(イスラエルフード)パーティを開いた。国連総長も「タイーム!」といいながら、イスラエルの67回目の独立記念日に祝いを述べた。
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国をあげてのグリーフケア/ 戦没者記念日 2015.4.24

 2015-04-24
独立記念日の直前の22日は、戦没者記念日だった。21日夕刻には、嘆きの壁でリブリン大統領とエイゼンコット・イスラエル軍総司令官が厳粛な式典を行った。テルアビブのラビンスクエアでは著名な歌手を招いてのイベントが行われた。

小さな町でも、各地域別に記念式典が行われ、それぞれの地区の住民で戦死したり、テロの犠牲者になった人々の名前が読み上げられた。エルサレム南部の筆者在住地区では、地域に住んでいる子供たちが、公民館活動のグループ別に献花を行った。ローカルである。

22日朝には、ホロコースト記念日と同様、11時に2分間のサイレンが鳴った。走行している車を止めて車から降りるのは同じだが、ホロコースト記念日の時より、きちんと停車している車が多かったように感じた。

イスラエルでは、戦没者の犠牲があったからこそ今国があるということを理解していない人は、おそらく一人もいないだろう。実際には、それは過去の問題ではなく、今後も国を存続させるにあたり、自分や家族が犠牲になる可能性もおおいにありうる。要するに人ごとではないということである。

この日、エルサレムでは、ほとんどの店が閉まり、家族に戦死者やテロ被害者がいる人もいない人も、家族連れでヘルツェルの丘にある軍用墓地へむかった。様々なユースのグループも、群れをなして来ている。人の波は、ここでも、若い人々でいっぱい、という感じである。

軍用墓地では、ずらっと並ぶすべての記念碑(墓)にイスラエルの旗と花々が置いてある。家族や、友人たちはその周りに座って、そこで何時間かをすごすのである。遠くでラビが大きな声で祈っている声もする。

ヘルツェルの丘での国家式典は、これまでのすべての戦争で命を落とした兵士たちのための式典と、午後からはテロ被害者のための式典が行われた。ネタニヤフ首相やリブリン大統領とともに、遺族たちが献花を行った。

式典の後、まだ幼い子供たち2人を連れている若いお父さんたち2人に話を聞いた。家族に犠牲者がいるわけではないという。「これは、過去の問題ではなく、今も続いている問題。息子にはきちんと理解してほしいから連れて来た。」と言っていた。

ある正統派と思われる女性が、若いティーンエイジャーの少女たちとともにちらしを配っていたので聞くと、この後すぐ、テロ被害者の話を聞く会を行っているという。女性は教師で、若い人たちに、正しく学んでほしいからこういう活動をしていると言っていた。若い人たちはきちんと理解していると思うと言っていた。

テレビでは、特に昨年のガザとの戦争「ツック・イタン作戦」で、帰らぬ人となった兵士たちの両親や家族たちに、その後どう暮らしているのかといったインタビュー番組が続いた。

兵士たちはみな20才前後の立派な若者たちである。兵士たちがまだ小さい子供だった時、ティーンエイジャーとなり、軍服を着ている写真や友達と笑っているビデオがテレビで流された。どの親たちも目をまっ赤にしながら、今も痛みが休まることなく続いていると言っていた。息子のベッドルームもそのままにしてあるという。

ある父親は、ヘルツェルの丘にある息子の墓地で、「ここに来ると、多くの人が息子を覚えてくれているのがわかる。国が一つになっている姿は、息子の命の代価だと思う。痛みは耐え難く、毎日アスピリンを飲むことに変わりはないが、それでも、ここに来ると力をもらう。」と語った。

恋人をなくした美しい女性たちもテレビに出ていた。「毎日毎日痛みから解放されることはない。しかし、生きて行かなければならない。前を向いて行くしかない。」と語っていた。

こうして、国をあげて遺族の話をきき、墓で共に泣く。いわば国をあげてのグリーフケアだと感じた。

<まったなしの前進>

イスラエルにいると、往生際の良さというか、踏ん切りの良さというか、とにかく切り替えの早さには驚かされる。戦没者記念日が終わったその日の日没から、続いて独立記念日が始まる。

遺族の涙のインタビューを流していたテレビは、その同じ日の夕刻からは、祝賀番組を流している。いわば、丸一日、終戦記念日か原爆記念日の式典を放送していたテレビが、その日の夕刻には、国をあげての紅白歌合戦をやんやとやっている状態と思ってもらったらよい。

もちろん、切り替えのときには、今一度、戦没者への追悼が述べられるのだが、その後すぐに半旗から通常の位置へ旗が戻され、祝賀へと進んで行く。

遺族の中には、このあまりに急激な変化がつらいという人もいるが、国が前進している姿は、息子の犠牲の結果だと考える遺族もいる。繊細な日本人にはついていきかねる点かもしれない。

しかし、イスラエルは敵に囲まれ、悲しみや同じ所に長い間、立ち止まっている余裕はないということを、だれもが了解しているということである。

<石のひとりごと:成熟した民主主義>

イスラエルは、人種差別の国と言われることがあるが、実際は全くその逆で、イスラエルほど民主主義が成熟している国は他にはないのではないかと思う。

ユダヤ人と一言でいっても、ありとあらゆる人種がそろっている。宗教も、無神論者から、ユダヤ教(といっても様々)、イスラム教、キリスト教(こちらも様々)、その他もろもろとありとあらゆるものがそろっている。世界各国からのビジネスや研究者もやってくる。

これほどの多様な社会の中で、それぞれの権利を守るためには、よほど民主主義が成熟していなければできないことである。

イスラエル社会は、様々な人々が、同じ頃に、様々な苦難から逃れてきて、統一言語もない中で、しかも敵に囲まれた状態で、新生活を共にするという、かなりユニークな歴史をたどってきた。この状態で生活を共にするためには、それぞれの違いを認めつつ、互いの平等の権利を認め合わなければならなかった。

イスラエルの初期イシューブ(入植地)では、1902年の時点で、すでに女性の選挙権を認めていたという。イスラエル社会では、女性も男性も等しく働いていたからである。アメリカより20年近くも前のことである。

驚いたことに、イスラエルの民主主義の土台は、民主主義を知らないで育ったロシア系など共産圏から来たシオニストのユダヤ人が、必要に押されて、実践しながら形づくっていったという。机で学んだ民主主義ではなく、実践しながら、様々な失敗やテストを通して、成熟していった民主主義なのである。

イスラエルの強さは、多様性のテストを通り抜けてきたことではないだろうか。多様性を乗り越えて、民主主義が成熟しているからこそ、今、国をあげて軍隊や戦没者に敬意を表しても、極端な国粋主義者は現れないのである。

また、イスラエルでは、子供たちには、悲惨なことも事実なら隠さずにきちんと直面させている。厳しいことに、それらが知識で終わらないよう、そこから自分は何を感じたのかを認識させ、さらにそれを表現させる。

子供たちは知識を自分の中でプロセスにかけ、考えをまとめ、さらに、次にどのようにそれをいかして行くのかまで考えをまとめなければならない。これがイスラエル式の教育である。

イスラエルの子供たちは、実に多様な世界を見、その中で生きる厳しさと、考える能力を身につけて行く。能力は様々としても、少なくとも少々のことでは、おどろかない、つぶれない強い人間ができあがるのである。
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連立交渉期間・延長へ 2015.4.21

 2015-04-21
総選挙から連立交渉を続けているネタニヤフ首相だが、政権立ち上げの指名を受けてから28日たってもまだ政府を立ち上げることができなかった。そのため、月曜、正式にリブリン大統領に、交渉期間延長を申し入れ、受理された。

これにより、基本法に基づいて、最長14日まで期限が伸びることになった。

メディアではどの党がどの大臣のイスを約束されたとか、右派左派含む一致政権になる、いやならないと、様々な憶測がとびかっているが、前回の総選挙の時ほどには大騒ぎはしていない。

政府がないままだが、火曜日没からは戦没者記念日、独立記念日と国民の祝日が続く。明日からの3日間、ネタニヤフ首相とリブリン大統領は、この式典、あの式典と、式典のはしご状態となる。
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21日夕刻から戦没者記念日・独立記念日 2015.4.21

 2015-04-21
イスラエルでは21日日没から、戦没者記念日、独立記念日と続く。両日とも休日となり、学校も企業もほとんどが休みとなる。戦没者記念日には家族で墓へ行き、亡くなった人に思いを馳せる。

その夜から始まる独立記念日は、夜はパーティで大騒ぎ。日中は、家族でバーベキューをするというのがイスラエル人の定番である。

今年、戦没者(テロ被害者も含む)として数えられた人は、23320人。昨年から116人増えた。このうち67人は昨年のガザとの戦争で死亡した人々。これまでの戦争で負傷していた兵士たちで今年死亡した人は35人。。

これとは別に、ユダヤ機関は、先月、フランスで発生したテロの犠牲者たちを思う特別な追悼イベントも行われることになっている。

道を走っている車の多くがイスラエルの旗をひらめかせながら走り始めている。公共の建物や病院などは、イスラエルの国旗をずらっと並べている。21日には戦没者を覚えるということで、ろうそくに見立てた小さな火のようなものも玄関などにかかげている。

テルアビブでは、独立記念日に、ビーチ上空でイスラエル空軍が飛行を披露するのが恒例である。これに備えてテルアビブでは今日、海開きとなった。(気温16-29度で泳ぐにはちょっと寒い)

なお、空軍機はエルサレムや各地の都市上空にも飛来することになっている。
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地中海を渡る難民:1週間で1100人以上死亡か 2015.4.21

 2015-04-21
http://www.bbc.com/news/world-europe-32383126

イスラエルでは、地中海に面するテルアビブのビーチで、海開きと平和にやっているが、その同じ地中海の、少し先では悲惨な状況となっている。

前回、リビアからイタリアへ向かった難民400人が、地中海で死亡したとお伝えしたが、今日、新たに難民700人以上が死亡した可能性が高まった。わずか1週間の間に、1100人もの難民が地中海で死亡したことになる。国連によると、一度に700人も死亡するのは史上最悪の事態。

難民たちは、粗末な船に定員をはるかに超えて乗船しているため、少しでも傾くと船は簡単に転覆してしまう。同じ状況で死亡した難民は、昨年1年で3500人、今年1月から4月までの死者は1600人である。

しかし、問題は死者だけではない。BBCによると、4月10-17日のわずか1週間の間に、船から無事救出され、イタリアがやむなく収容したた難民の数は13500人だという。

難民は、これまでは、とりあえずイタリアのシシリー島に収容されていたが、もう入りきれなくなっている。20日、EUは、これをイタリアだけの問題ではなく、EU全体の緊急事態と認識し、対処すると発表した。

具体的には、遭難した難民を一人でも救出を試みるとともに、10ポイント緊急対策を発動し、救出された難民の登録などのプロセスにおおわらわである。

難民船はまだ続くと予想され、BBCでは、いったいどうしたらいいのか、解決がない、といったコメントが相次いでいる。バチカンの法王フランシスも、「世界は難民救出にもっと努力してほしい。」と要請。第二次世界大戦以来の難民問題の到来で、世界は騒然となってきている。

<難民はどこから来るのか>

今回の難民は、北アフリカのリビアから、一番近いヨーロッパであるイタリアにやってきている。難民の国籍は、ボコ・ハラムなどの脅威にさらされているアフリカ諸国はじめ、シリアや、アフガニスタンなど中東からの難民も含まれている。

難民たちは、命がけの渡航のために、斡旋業者に一人平均1000ドル(12万円)を支払っているという。

イギリスのガーディアン紙によると、EUは、今週木曜にブリュッセルで会議を開き、沿岸警備を強化するとともに、”抜本的解決”(リビアの密航斡旋業者攻撃など)への対策を講じる予定。

http://www.theguardian.com/world/2015/apr/20/eu-launch-military-operations-libya-migrant-smugglers-mediterranean

<ISISが勢力伸ばすリビア>

難民の出発地となっているリビアは、2014年に中央政府が転覆し、無政府状態に陥った。その混乱に乗じてISISが勢力を伸ばしている国である。

昨年10月、リビアで、エジプト人コプト教徒21人が斬首され、エジプトが報復の空爆を行った。

また、19日、ISISが、再びリビアで、エチオピア人キリスト教徒35人を斬首した映像を流した。クリスチャンたちが、イスラムに改宗しなかったからである。エチオピアは、国民に3日間の喪に服すことを呼びかけた。その間にどう対処するかを検討する予定。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32373166

死ぬ可能性が高いにも関わらず、難民船に小さな子供をつれてなお、わずかなチャンスにかけて難民船に乗る。それほど、中東やアフリカの状況は悪くなっているということである。

ということは、EUがいくら密航の斡旋業者を攻撃しても、問題の解決にはならない。世界は本当に人間の手ではどうしようもないほどの混乱へ向かっているようである。
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解放後70年:ホロコースト記念日 2015.4.17

 2015-04-17
連合軍がナチスドイツを撃退し、強制収容所の囚人たちが解放されてから70年となった。

15日夜から16日にかけて、エルサレムのヤド・バシェム(ホロコースト記念館)をはじめ、イスラエル各地で記念式典や行事が行われた。今年は、例年になく、雨が多く寒い春になっているが、この日も霧のような雨が時々降って来るような湿った夜だった。

15日の式典では、例年の通り、リブリン大統領、ネタニヤフ首相に続いて6人の生存者が記念の灯火を行い、チーフラビらの祈り、イスラエル軍カンターのしらべにのせた祈りが行われた。天候もあるが、高齢の生存者たちは、探してもみあたらないぐらいで、だいたいが生存者2代目から3代目の若い人たちが参加していた。

今年は、アメリカから1年の学びで来ている若いユダヤ人のティーンエイジャーたちが群れをなして来ていて、きゃぴきゃぴやっており、時代の流れを感じさせられた。それでも話を聞くと、祖母や祖父などがホロコースト経験者なので、感無量だったと言っていた。

雨は式典が、終わって、皆が帰りついたころから本格的に降り始めた。深夜すぎから、激しい雷がなりはじめ雨と、夜中3時ぐらいからは、白くつもるほどの雹が降った。朝まで、がらがら、ピカー、どかーん、ぱらぱら、ばらばらーと大暴れだった。どかーんと雷が落ちるときには家がゆれたような気がした。

いうまでもなく、異常気象だが、これが夜中であったことは主のあわれみだと実感した。翌朝からは雨は小降りになり、午前10時のサイレン(いったん手をとめて黙祷する)の時にはやんでいた。献花式などは、屋内で行われた。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32330381(サイレンで立ち止まるエルサレム市内の様子)

<ホロコースト生存者の今> http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4646867,00.html

統計によると、現在イスラエルに生存しているホロコースト生存者は18万9000人。80才後半から90才以上と高齢(平均年齢83.3才)なので、年間平均14200人(月平均490人/ 2014)が死亡している。

FBHV(Foundation for the Benefit of Holocaust Victims)によると、生存者の30%にあたる4万5000人が貧困線以下の生活レベルである。

昨年のデータになるが、生存者の収入は、66%が3000シェケル(9万円)以下となっている。日本の国民年金より多いが、イスラエルでは、家賃も生活費も日本より高い上、介護にかかる料金も払うとなると、生活ができる額ではない。

その状況で、生存者の30%が、支援する家族もおらず、天涯孤独だという。

ユダヤ機関(つまり国ではなく、海外からの献金によるということ)による支援団体「Amigor」は、そうした天涯孤独の生存者たちのホームを全国で57カ所運営している。入居者は6000人。

このホームでは、生活費の80%が、団体によってカバーされる。昨年、施設を2軒増やしたが、ニーズにはまだまだ届いていない。関係者は、「これから5年間が彼らを支援するピークであり、最後のチャンス。」と語っている。5年をすぎると、多くの生存者がもはやこの世にいなくなるということである。

<次世代に伝える>

今年は、ヤド・バシェムが進めている教育活動に焦点をあてて取材してみた。ヤド・バシェムでは、子供たちにホロコーストをどう伝えるかという研究や、教材作り、教師たちの指導を行っている。

イスラエルでは、ホロコーストの学びは高校生で義務づけられている。しかし、記念日にはサイレンがなるなど国全体が動くため、小さな子供たちにもそれが何か教えなければならない。早くは6才からの指導ツールがあるという。

ディレクターのアブネル・シャレブ氏は、「ここでの教育のゴールは、知識だけではない。ホロコーストを学び、そこからもっと寛容な人間になる、民主主義の神髄を身につけるなど人間形成を目標にしている。」と語る。

イスラエル人の子供たちは、自己表現力が豊かなので、教室で学んだり、生存者の話を聞いた後は、自分の中にあるものを音楽やアートで表現させ、知識だけで終わらないようにしているという。

この学びを通して、誰が悪いのかといったうらみを次世代に引き次ぐ様子はかけらもない。そこがパレスチナ社会と大きく違うところである。

<現代っ子とホロコースト>

イスラエルには様々なユース・グループがある。シオニズム運動の流れで、国を建て上げる次世代を育てることを目的としてユダヤ機関が運営している。一見、ボーイスカウトの感じだと思ってもらえば良い(ボーイ/ガールスカウトが今も日本にあるのかどうかは不明だが)。

イスラエルには、こうしたユース・グループは、一つではなく、いろいろ多数ある。その流れの中で、メシアニック・ジューの集まりでも独自のユースグループ活動をかなり頻繁に行っている。注)こちらは当然、ユダヤ機関主催ではない。

16日には、ユースムーブメントのティーンエイジャーたちが、ホロコーストを学んで来たしあげとしての式典が行われていた。参加していたのは、14才ぐらいから18才くらいの子供たち。イスラエル生まれのイスラエル育ちでほとんどヘブル語しか知らない、100%イスラエルの現代っ子、スマホ世代たちだ。

こちらもかなりきゃぴきゃぴやっていて、そうとうやかましかった。話を聞くと、「式典に出られて光栄です。」ときちんと答えられたのは1人だけ。質問の仕方の悪さは棚に上げるとして、返答は、「どうかな」とか、ちゃんと答えられない子がほとんどだった。

ヤド・バシェムから出るバスにのると、男の子たち2人がばりばり文句いいながら乗り込んで来た。「あの教育相。腹立つ~ここでいうことか~」とか言っている。まだまだ線が細い感じの14才と17才。2人ともエルサレム郊外に住んでいて、年齢は違うが親友だという。

ホロコーストについてどう思うかと聞くと、悲壮な顔つきで「必ずまた来る。いや、もう始まってる。ダルフール、シリア・・・ダアッシュ(ISIS)もひどいだろ。」と随分悲観的なコメントをする。ホロコーストの写真や映像を見て、ISISの残虐性を思い浮かべるというのはまさに現代っ子ならではだろう。

前夜の記念式典で会ったアメリカから来たユダヤ人のティーンエイジャーたちとは反応がかなり違う。アメリカはクリスチャンの国なのでユダヤ人であるということを意識せざるをえないが、イスラエルの子供たちには、国があって、ユダヤ人であるということが、空気のように当たり前になっているのである。

しかし、こうした子供たちが、すっかり変わって大人になるのが軍隊という場である。軍隊に入って、国からユニフォームをもらい、大きな責任を伴う銃をまかされたとたん、イスラエル人としての国への思いが育まれる。

こうした流れは、日本では、右翼だと言われるのであろうが、イスラエルでは健全きわまりない教育だ。

13日、ホロコーストで家族親族を一掃され、子供を埋めない体になったハヤ・ガートマンさん(92)が亡くなった。ユダヤ教では、葬儀で特別な祈りをささげるには13才以上の男性が10人以上がそろっていることが条件になる。

男性の数が足りないと心配した知人がソーシャルメディアへ呼びかけたところ、ハヤさんを知らないのに数百人が集まった。ユダヤ人の同胞意識は、健在だ。http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4646761,00.html

日本でこういうことがおこりうるだろうか。日本はどこかで、国防ということの意味を間違えたのではないか、国を愛する若者がなかなか出て来ないのはそこに課題があるのではないかと、考えさせられた。

<石のひとりごと>

今年、ホロコースト関連を取材して特に感じたことは、時間が経つとともに、ユダヤ人のホロコーストへの思いも前進しつつあるということだった。今年のテーマは、ホロコーストそのものだけでなく、戦後の歩みへと焦点が移っていた。

今年のホロコースト記念日のテーマに使われた写真は、列車で移送中に終戦となり解放された女性たちの写真だった。

また、友人が紹介していたのだが、ユダヤ人サイトでは、「ホロコーストを別の目でみよう」とするものがあり、ホロコーストの灰の中から立ち上がって来たたくましいユダヤ人たちの笑顔が紹介されていた。

アメリカのユダヤ人が、1937年に、反ナチの大集会を行っていたこと、1943年、隠れて過ぎ越しのマッツァを作っている様子、解放後の笑顔、ネオナチに襲いかかる生存者など、ホロコーストの下にある弱々しいユダヤ人とは違うイメージである。

http://popchassid.com/photos-holocaust-narrative/ (上記の今年のヤドバシェムでの記念式典テーマ写真も含む)

これで、ホロコーストの惨状がうすまることがあってはならないが、「ユダヤ人の底力」とその背後で彼らの努力を助けた主がおられたことには感動する。今、イスラエル建国の歴史を学んでいるが、ユダヤ人はただ奇跡を待っていたのではなかった。時が来て、ユダヤ人が立ち上がろうとするのを受けて、主が働かれたのである。

一方的に主がすべてをなされたわけれはなかった。私たちもただ待っているのではなく、まず立ち上がってみる。その姿を主が後押ししてくださるのである。

*来週22日は、戦没者記念日、23日は独立記念日

イスラエル人たちがあちこちで集まって集会を開く。数日前、エルサレムでバス停に車が突っ込む事故が発生し、ユダヤ人男性が1人死亡した。これは一連のパレスチナ人による車両で人ごみにつっこむというテロだったという可能性が高まったいる。

ハマスが「イスラエル人を誘拐せよ。」との指令を出したという情報もある。続けてテロが発生しないように要とりなし。
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イラン合意問題:思わぬ方向へ 2015.4.17

 2015-04-17
イランと6対国が4月1日に滑り込みで、イランの核兵器開発疑惑に関する最終合意の前のプレ合意にいたった件について。事は意外な方向に動き始めている。

イランでは、ハメネイ師が合意しないかもしれないという意思表示をしたことはお伝えした通りである。これに対し、アメリカでも議会が、仮にオバマ大統領がイランと最終合意に至ったとしても、これを拒否することができる法案が通る見通しとなった。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4647125,00.html

これでたとえオバマ大統領が、イランとの合意に達しても、議会がこれに合意しない限り、制裁緩和を実施できないことになる。6月の最終合意がだんだんあやしくなってきた。

イスラエルはこうしたアメリカの動きを歓迎すると言っている。ステイニッツ情報相(仮)は、ネタニヤフ首相が先月、国内からかなり批判を受けながらも、アメリカ議会での演説を実施したことが功を奏したといったニュアンスを語っている。

しかし、合意に達しないということは、外交解決の道がなくなったということであり、あとは軍事介入しかないということになる。アメリカ軍の デンプシー総司令官は、「外交という道がなくなったら武力に出るという方針は変わっていない。」と言っている。

<ロシアがイランへ地対空ミサイル販売再開へ> http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4646703,00.html

しかし、プレ合意の”悪”影響は、意外なところから出始めた。ロシアである。ロシアのプーチン大統領は、6カ国がイランへの経済制裁緩和へ動きはじめているとして、イランに強力な地対空ミサイルS300の販売禁止の措置を廃止すると表明した。

S300は、戦闘機を、地上から撃墜するミサイルである。もしイランがS300を配備してしまうと、イスラエルやアメリカが、イランの核兵器工場などを攻撃しようとした場合に、大きな障害になるとみられている。

S300については、数年前にも大きな問題となり、ロシアは国際社会からの圧力から、イランに販売するとの契約をしていながら、実際には表立って販売も搬送もできない形となっていた。(当時、実際には搬入されているといった記事も出回っていた)

しかし、今回、6大国がイランへの態度を軟化させていることを受けて、ロシアが先取りでイランとの取引を再開するというわけである。

ロシアは、ウクライナ問題で、ヨーロッパやアメリカからの厳しい経済制裁を受けており、経済的には相当苦しくなっている。アメリカ政府は、ロシアが”資金不足”からイランへのS300販売を再開したとの認識を明らかにしている。

ネタニヤフ首相は、プーチン大統領に電話をかけ、イランにS300を引き渡さないよう要請した。しかし、プーチン大統領は、「S300は、あくまでも防衛の武器であり、イスラエルにとって脅威にはならないはずだ。」と言ったという。

今後、イランとの合意が頓挫し、核兵器開発を止める手だてがなくなった場合、イスラエルが、核兵器施設を攻撃する可能性も出て来るが、その場合、S300が大きな障害になる可能性がある。

また、現在、サウジアラビアなどが、イエメンでイランの支援を受けているシーア派武装組織を空爆しているが、イランがロシア製の武器で強くなっていくことは中東の力関係が変わって行く可能性を示唆している。
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シリアのパレスチナ人キャンプからISIS撤退か 2015.4.17

 2015-04-17
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4647421,00.html

シリアのダマスカス近郊ヤルムクにあるパレスチナ人難民キャンプをISISが、90%近く占領した事件について。14日のニュースによると、ISISがヤルムクから広範囲に撤退したもよう。

現在、キャンプ内に残っている勢力はアルカイダ系のアルヌスラである。アルヌスラは、ISISとはライバル状態にある。そのアルカイダは、イエメンで、サウジアラビアが、シーア派を空爆しているのに便乗し、イエメン南部の空港などを制圧したとBBCは伝えている。
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32341836

ヤルムクのパレスチナ人たちの状況は、ISISであろうが、アルカイダであろうが変わりはなく、ホロコースト時代のように、どこからいつ撃たれて死ぬかわからないという地獄のさたとなっているようである。

パレスチナ自治政府は、シリアのアサド政権から、ヤルムク難民キャンプにいるISISを攻撃するとの提案を受けたが、アッバス議長はそれを断った。パレスチナ人がシリア政府軍とISISの板挟みになるだけだからである。

パレスチナ自治政府は、シリア問題には関わらないという方針をとっている。

<リビア沖で難民400人死亡か> http://www.bbc.com/news/world-africa-32314263

イスラム過激派組織が拡大する中、中東やアフリカから地中海をわたってヨーロッパへ逃れようとする難民が、途中で溺死するという悲しい事件が”超”急増している。

BBCによると、今週だけで1万人近い難民が、リビア沖で救出され、イタリアで収容されている。難民船からは400人ほどが行方不明となっており、死亡した可能性が高い。難民船には赤ちゃんらしき小さな子供たちも乗っていた。

また、同じ難民なのに、マリからのイスラムの難民が、ナイジェリアなどからのクリスチャンの難民12人を海へ突き落とした疑いで、イタリア警察は、イスラムの難民15人を逮捕したという。なんとも悲惨な世界である。
http://www.asahi.com/articles/ASH4K2T7TH4KUHBI00H.html?iref=comtop_list_int_n03

なお、国連によると、昨年だけで、28万人がEUへ違法に入り、少なくとも500人がその途上、地中海で死亡したという。当然、イタリアだけでは対処できず、EUも動かざるをえなくなっている。

詳しい国連の報告はこちら http://www.unhcr.org/552d26569.html
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エルサレム旧市街は大混雑!東方教会のイースター 2015.4.12

 2015-04-12
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4645979,00.html

カトリックとプロテスタントの復活祭は先週日曜だった。これに対し、正教会、または東方教会の復活祭は今週末だった。

先週末は、西洋人と韓国人中国人などのアジア人で混雑したエルサレムだったが、今週はロシア人の他、グルジアや、ルーマニア、エジプト、エチオピア人、エリトリア人など、(ロシア人は別として)オリエンタル系の人々であふれかえっている。

特に11日は、聖墳墓教会(イエスの十字架と復活の地とされる教会)での聖火の奇跡の儀の日であったため、旧市街は、ユダヤ地区以外は、大混乱だった。

聖火の儀とは、イエスの復活を記念し、聖墳墓教会内でともされた火を世界中の正教会司祭らが受け継ぎ、それぞれの国の人々に祝福を届けるという儀式である。その火をもって12日の復活祭を各地で行うのである。

この儀式の発祥は、歴史家エウセビウス(263-339年)の記録によれば、162年にまで遡る。当時復活祭の時に、十分な油がなかったため、司祭はランプに水を注ぐように指示した。すると天から火が与えられたという。

今は、当然、天から火が降ってくる事はないので、教会の中で火が起こされ、その火を人々がリレー式にわかちあって光がどんどん広がって世界中に届けられていくという儀式である。NHKなどでどりあげられたこともあるはずだ。
http://www.timesofisrael.com/orthodox-christians-mark-holy-fire-rite-in-jerusalem/

この日、聖墳墓教会の中は、たいまつみたいな長いろうそくを持った人々でぎっしりになる。それらが全員火を受け取るのだから、よく今まで、火事や服に火がついてしまう人がいなかったものである。伝統では、この火は、さわっても火傷しない、むしろ触ったら祝福になるという奇跡の火なのだそうである。

この儀式は、昔からエルサレムにとっては、キリスト教巡礼の目玉であり、特に17,18世紀にはロシアから群衆となって巡礼者が訪れていたという。これもまたエルサレムの一場面である。この昔ながらの伝統行事をを取材に行って来た。

*正教会、東方教会とは?

エルサレムのキリスト教会は、西暦70年の神殿崩壊までは、初代教会と呼ばれ、ユダヤ人指導者が導いていた。この後を引き継いで、エルサレム教会を導いたのが正教会である。

正教会は、最初はギリシャ正教だけだったが、やがて教義の違いや地域によって、ロシア正教、エジプトのコプト教、エチオピアの正教会、アルメニア正教会といったグループに分かれていった。

一方、西のカトリックは、ローマ帝国の主都がまだローマの時代に、ローマを中心として発達した教会である。後にカトリックから分裂するプロテスタントも含めて西方教会と呼ばれる。

やがて、ローマ帝国が東西に分裂して東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の主都がコンスタンティノープルになると、エルサレムの重要性は維持しながらも、正教会の中心は、コンスタンティノープル(今のイスタンブール)へと移って行く。この流れを東方教会と呼ぶようになっていった。

こうして東西、文化的にも違う2種類のキリスト教会が対立する図式ができあがっていった。東西教会は、1054年に正式に相互は門、つまり、分裂している。今世紀に入ってから、歩み寄りと和解へ試みがすすめられているところである。

現在、信者の数では、西のカトリックの方が圧倒的に多い(13億人)が、東方教会(3億人)は、エルサレムで最も古くから存在する元祖ということで、オーソドックス、”正”教会と呼んでいるのである。

*聖墳墓教会とは?

イエスの十字架と墓があったとされる地をおおうようにして建てられている教会。325年に、ローマ帝国のコンスタンティヌス1世が建立した。

その後、イスラムや十字軍が入れ替わり立ち代わり支配する中、何度も火災や破壊に見舞われ、様々な時代に再建、改修がほどこされた。古くはローマ時代、ビザンチン時代から、十字軍の痕跡などが混在する歴史的にも重要な建物である。(エルサレム旧市街はユネスコ世界遺産)

長い歴史を経て、聖墳墓教会には、ギリシャ正教、ロシア正教、コプト教、シリア正教会、エチオピア正教に加えて、カトリックもいるという雑居状態となっている。

実質的に最大勢力はギリシャ正教であるため、その代表が正教会総主教として聖墳墓教会の代表である。しかし、教会内で、暴力沙汰になる争いも後をたたない。政治的にも非常に繊細な場所となっている。今は、1853年に、オスマントルコのスルタンの元、全教派でとりあえず合意した”現状維持”を、なんとか保っているという状況である。

昔からどうしても意見がまとまらないため、教会の扉の鍵は、なんと1187年以来、サラディンのお世話で、地元で有力なアラブ人でイスラム教徒のヌセイベ一族が管理することになっている。

それから900年近くになる今も、ヌセイベ家が、教会の扉を毎日開け閉めしているというなんとも情けない話。。。

<入るだけでも祝福!?:聖墳墓教会のイースター>

正教会信徒は世界に3億人である。それがエルサレムに集まってくるのだから、教会内に入るだけでも相当な祝福だと考えられている。この日ばかりは、いかに記者証があっても入れてもらえなかった。管轄は教会なのである。

あらゆる裏道から入れるかどうか挑戦してみたが、どの道も若いイスラエル兵らが、柵をたてて、5人ぐらいでがっちり閉鎖している。

兵士たちの前には、中に入りたいが入れないというキリスト教徒がびっちりつめかけている。その中をかきわけて現地住民のパレスチナ人がやってきて「通らせろ」と怒鳴っている。たまに正統派ユダヤ教徒もやってきて兵士と交渉している。・・・が、通らせてはもらえない。

兵士に「いつ開くのか」ときくと、「知らん」という。しつこく聞くと、「俺だって早く帰りたいんだ。任務でなかったらこんなところにはいない。休日なのに!」と言われた。

看板でも出して「あと何分」とか書けばいいのに、次から次へと「いつ開くのか」「なぜ閉鎖しているのか。」と際限なく聞かれているのだから、兵士らもいい加減、うんざりしているのだろう。兵士たちは、6時だとか2時だとか2時半だとか、けっこういい加減に答えていた。

立って待つ事1時間半。この間、まわりで押し合いへし合いしている人々に話を聞いてみた。おそろいのぼうしのエジプト人コプト教のおじさんたちのグループはとても感じがよかった。ロシア人の美しい女性たちも、待たされているのに、手にはろうそくを持ってうれしそうに立っている。

その女性は私にもろうそくの束をくれた。イエスの生涯33年を記念して33本がひとまとめになっているのだとか。

別のロシア人の女性は、家族とともに巡礼に来ていたのだが、アラブ人に裏道を通って教会まで案内するといわれたそうである。その額なんと一人200ドル。当然断ったということだが、ひっかかる人もいるのだろう。

赤ちゃんを背負った黒人のエリトリア人の若い家族もいた。白いガーゼのような布を身にまとっているエチオピア人もいる。

後からはグルジアの男性が話しかけて来た。モルドバから来たという女性も。前にはルーマニア人正教徒の若い女性ダイアナさん。英語ができたので、いろいろ教えてもらった。

今日は何のお祝いかと聞くと、驚いたことにイエスの十字架と復活によって、私たちには永遠の命が与えられていると、福音派も顔負けの正確な福音を語ってくれた。

そうこうするうちに、わーっと言う声とともに火が届いた。次々にろうそくに日がリレーして行く。ぎゅうぎゅう詰めの群衆の中をろうそくがともされるのである。けっこう危険なのだが、大丈夫である。例のエジプト人のおじさんたちも笑顔で火を受け取っていた。

<聖墳墓教会周辺>

それからさらに待つ事さらに45分。聖火の儀式が終わったということで、やっと閉鎖が解除になった。兵士たちも表情が疲れきっていたが、それでも「ハグ・サメアッハ」とキリスト教徒らに言いながら人々を通していた。

教会に近づいて行くと、正面の土産物屋さんの前に「押すな。」と複数の言語で書かれた大きなたれまくがあった。

儀式は終わっているのだが、その周りにる兵士や、警察官の多いこと、多いこと!巡礼者に負けないぐらいの数がいて驚いた。若い兵士らは、一応の任務完了で、まだ片付けも終わっていないカオス状態の中、立ったままかなり遅いお昼の菓子パンを食べながら談笑していた。

休日返上でそこまで警備してくれたイスラエル兵に東方教会信徒たちは感謝すべきだろう。

教会入り口は、まだまだ人間の団子状態。出る人と入る人がごっちゃになり、将棋倒しになりそうだった。あまりのもみくちゃで、ここで入場を断念。雨も降って来て最低となった。しかし、もみくちゃになりながらも人々は笑ったりして、悲惨な感じはない。

以前、カトリックのグッドフライデーのエルサレムを取材しやが、兵士と怒鳴り合いになるは、柵を押し倒すはで、マナーはさらに悪かったのを思い出した。ファーストフードに慣れている西欧人よりやはり、オリエンタルの方が、ゆっくりしているのかもしれない。

世界の中心、あらゆる人々が集まるエルサレムの不思議に改めて感動させられた一日だった。

<石のひとりごと>

今回、通常プロテスタントには偶像礼拝とみられている聖墳墓教会を取り上げた。不快に思われた読者があればお詫びしたい。

しかし、エルサレムには、こうした昔からの伝統行事や、イエスの名の元に行われている、プロテスタントの目からみれば偶像礼拝ともとれる行事が、実にたくさん存在していることは知っいただき、とりなしに覚えていただければと思う。

それにしてもエルサレムには、本当にありとあらゆる人々が大群衆でやって来る。それをイスラエルは、拒否するのではなくすべて受け入れ、自国の兵士をだして警備させ(つまり大金を使っている)、いかなる大群衆でも、安全に巡礼できるようにしている。

こんな大技をどこの国ができるというのか。イスラエルがもしパレスチナ人に支配されている土地だったら、一人として安心してエルサレムに来る事はできなかっただろう。やはりイスラエルはこの地を所有し、管理するように召された人々なのである。

あともう一点学んだことは、正教会の人々がいったいどのような信仰を持っているのか、まだまだ不明だが、ルーマニア人正教徒のダイアナさんがあまりにも正確に福音を語った事に驚かされた。

皆がダイアナさんのような信仰を持っているとは限らないのだが、正教会だからといって、頭から偶像礼拝とだけ片付けてしまうのは少々偏見であったかもしれないと思わされた。主はこの人々をも愛しておられる。彼らの笑顔の背後に中東で激しい迫害にあっている正教徒たちを思わされた。

エルサレムに住んで4年目になるが(前期も含めると8年目)、ここはいまだに驚きの満載である。まさに、とこしえに興味深い町である。
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過ぎ越しの終わり:マイモーナ 2015.4.12

 2015-04-12
東方教会がイースターを祝う中、ユダヤ人たちは、過ぎ越しの終わりを告げるマイモーナを楽しんだ。

マイモーナは、過ぎ越しが明けると同時に、ご近所を家に招いて、種ありの小麦粉で作った手作りのカラフルなお菓子をふるまうという習慣である。元々はモロッコ系ユダヤ人(スファラディ)の習慣だったのだが、今ではイスラエルのだれもがマイモーナを楽しむようになっている。

今年は、過ぎ越しの最終日が、9日木曜だったのだが、そのまま安息日が始まったため、土曜夜にマイモーナとなった。

毎年恒例で、ネタニヤフ首相もハイファ南部のオール・アキバでのマイモーナに参加し、様々なユダヤ人が一致できるよう努力すると語った。写真では、ヨーロッパ系(アシュケナジ)のラビも共に参加している。

(カラフルなマイモーサのお菓子の前のネタニヤフ首相) http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/193894#.VSmKfKW9DCs 

12日、日曜から、ネタニヤフ首相は連立政権立ち上げのバトル再開である。
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海外からの訃報 2015.4.10

 2015-04-10
9日、海外からの訃報が連続して届いた。

タイのプーケットへ向かうフェリーのエンジンから火災が発生し、その時にトイレに閉じ込められたシャニ・マリルさん(12)が死亡した。シャニさんは、家族(両親と兄弟2人)とともに、バッド・ミツバ(成人式)の記念にタイを訪れていた。この事故での犠牲者はシャニさんだけだった。

過ぎ越しとバットミツバという家族では最高の喜びの中での悲惨な事故だけに、家族の痛みは計り知れない。地元ユダヤ教ラビたちがケアにあたっている。 http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4645554,00.html

ペルーのマチュピチュでは、マックス・セラさん(24)が、深い谷の上をロープにぶらさがって移動するアトラクションに参加中、谷底へ転落し、死亡した。マックスさんは、兵役を終えた後、3ヶ月前から南アメリカを旅行中だった。

ベルリンでは、古い教会の遺跡で、イスラエル人男性(22)が撲殺されているのが発見された。この男性はイスラエル大使館に、帰国する飛行機代を出してくれるよう家族に連絡してほしいと要請していた。

殺害される前日には、地元シナゴーグへ食べ物と寝る場所を求めてころがりこんでいた。シナゴーグが用意した宿泊所には戻っていなかった。警察は、反ユダヤ主義暴力の可能性も含めて、調査をすすめている。

被害者それぞれの家族を覚えてとりなしを。
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西岸地区で兵士刺される 2015.4.10

 2015-04-10
http://www.haaretz.com/news/diplomacy-defense/1.650963

8日、西岸地区シロ付近で、パレスチナ人のモハンマド・カラクラ(32)がナイフを振りかざし、叫びながら任務にあたっていたイスラエル兵2人を襲撃。1人が重傷。1人が軽傷を負った。軽傷の兵士がカラクラをその場で射殺した。

テレビではカラクラの父親が現場によばれ、イスラエル兵が立ち並ぶ中、息子の遺体を確認している映像が流れた。こちらもなんとも心痛む様子だった。しかし、ハマスは、このテロを歓迎すると発表している。

西岸地区では、先週にもイスラエル兵がパレスチナ人にナイフで襲われる事件が発生している。この時は軽傷。
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核兵器開発問題合意:結局イランは署名しない!? 2015.4.10

 2015-04-10
 http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32231750

核兵器開発問題で6対国とイランとの合意について。ザリフ外相がもたらした報告は、イラン国内の急進派イスラムからは非難ごうごうだった。

昨日、6大国とイランへの経済制裁解除は、イランが合意を履行するかどうかをみながら、段階を追って実施すると考えているのに対し、イランは、合意翌日にはすべて解除になると理解しているというかなり大きな食い違いがあると報じられた。

するとその翌日、イラン・イスラム最高指導者のハメネイ師が、この合意ではイランは署名しないかもしれない。」と発言し、BBCはじめイスラエルでもトップニュースとなった。

ハメネイ師は、「アメリカは、合意事項と違うことを言っている。アメリカはいつもだまして、約束を破る。」とツイートに書き込んでいる。

その後、ロウハニ大統領も、「最終合意の翌日に、経済制裁をすべて解除しないなら、イランは合意に署名しない。」と発表した。6大国は、この件について、来週には会議を開く予定。
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春の例祭・行楽シーズン 2015.4.8 

 2015-04-08
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4644214,00.html

イスラエルは、今、春の行楽シーズン真っ盛りである。

先週金曜夜は、どの家庭でも、友人知人を招いて過ぎ越しのセデル(過ぎ越しの夕食)を祝い、翌土曜日からは、家族で国立公園などに出かけて、ピクニックやバーベキューを楽しんでいる。春らしい気候といい、ちょうど日本のゴールデンウイークを想像していただければよい。

ということは、各地で渋滞が発生し、駐車場もどこも満杯状態である。Yネットによると、土曜日はガリラヤ湖はじめ、全国の国立公園に出かけた人は15万人にのぼった。*国立公園は全国に69カ所。この他、ユダヤ機関が管理する公園も多数。

国立公園では、まともな駐車場が空いていないので、そこら中に路上駐車である。一方通行ぐらいの細い道にも駐車しているが、対向車も来る。それでもなんとか、通行し、文句もなくたがいに理解しあっているといったところ。

イスラエルは、子供の数が全人口の25%と非常に多いため、どこへ行っても小さなこどもたちが走り回っている。ある国立公園では、軽快な音楽に乗ってやってくる移動アイスクリーム屋さんの車を3台もみかけた。

<忙しいレスキュー隊の一日>

残念ながら、火曜になり、多数の事故のニュースが入った。ユダの荒野の峡谷をハイキングしていた40才の男性が、谷底へ転落して死亡した。

同様に峡谷をハイキング中に道がわからなくなって遭難したグループや、急病になったり、足の骨を折るなどして、レスキュー隊のお世話になった人もいる。

<大混雑の旧市街> http://www.haaretz.com/travel-in-israel/religion-relics/1.650561

現地イスラエル人が青空の元でピクニックを楽しむ一方、旧市街は、海外から来るユダヤ人や、クリスチャンも含めて大混雑している。

先週金曜は、グッドフライデー、イースターで、特にイエスの十字架と復活の地とされるビアドロローサと聖墳墓教会の混み具合が報道されていた。最近の傾向として、神妙に祈る人の横で、にこやかにセルフィーを撮る人の姿が目立っていたようである。

プロテスタントのための園の墓でも、恒例のサンライズ礼拝(日の出に合わせた礼拝)が行われ、万国から来たクリスチャンたちが共に復活のイエスを覚える礼拝を行った。Yネットは1500人参加と伝えた。

月曜日は、ユダヤ教では祭司の祝福という行事の日だった。祭司の末裔とされる男性たちが、嘆きの壁で祈るのだが、その祝福にあずかろうと、嘆きの壁広場は、文字通り立つ場所もないほどの大群衆となった。

これほどの場所で爆弾でも投げられたら大変なことになる。今年は、月曜午前中から旧市街周辺道路でかなりの交通規制をしていた。地元タクシー運転手によると、その後も交通規制が厳しく、旧市街周辺の走行は難しくなっているとのこと。

昨日でイースターは終わったのだが、ギリシャ正教など東方教会は、今週木曜に洗足の儀、金曜にグッドフライデー、日曜には聖墳墓教会で、いわゆる「聖火の奇跡」が行われる。エルサレム混雑の波はまだ今週も続くみこみ。

なお、イスラエルが、春の例祭を終え、通常の生活に戻るのは4月12日(日)。
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合意に相違点!?イランと6超大国 2015.4.8

 2015-04-08
イランとアメリカを含む超大国6カ国が、先週、イランと6月末の最終合意にむけた合意の大枠について、ニューヨークタイムスなどメディアの多くが、交渉後に発表された双方の合意文書に相違点があると報じた。

http://www.nytimes.com/2015/04/05/world/middleeast/outline-of-iran-nuclear-deal-sounds-different-from-each-side.html?_r=0

たとえば、イランが6月末に合意書に正式な調印がなされた直後から経済制裁の解除が実施されると理解しているのに対して、超大国側は、イランの反応を見ながら段階を追って解除するということになっている。

またイランは、許可される原子力関係の”研究”の具体的な内容を記載していなかった。すなわち、研究という名のもとで何をするのかは規制なしとも受け取れる。

今回の合意は、交渉がかなり難航し、期限になっても合意しきれずに決裂かと思われた後、11時間に及ぶ延長戦、徹夜交渉の果てに出て来たものである。結局の所、合意とは言えない段階だったのではないかと思われる。

<ネタニヤフ首相・オバマ大統領、メディアバトル>

https://www.youtube.com/watch?v=zyyJoRMCy4A#t=651 (CNN ネタニヤフ首相インタビュー)
https://www.youtube.com/watch?v=p_T8rSmgMWQ (NPR オバマ大統領インタビュー)

日曜、ネタニヤフ首相は、CNNのインタビューに答えて、なぜこの合意が悪いのかを答えた。明確な返答でわかりやすく、答えている。

ネタニヤフ首相は、「イランが公式にイスラエルを抹消する事に交渉の余地はないと言っていること、またシリアや中東諸国で、軍事活動を行っていることをあげ、その状態で経済制裁を解除して資金をイランに流すのは危険きわまりないことだ。」と訴えた。

また「イランが2年前に、イランの側から交渉を持ち出したのは、それだけ経済制裁が効果的だったからであり、そのまま経済制裁を続けていれば、イランの核兵器開発の危険性を根こそぎ排除することができた。

ところが世界は、イランが交渉を持ち出したとたんに、制裁解除に走った。これでは逆効果だ。」と訴えた。

一方、オバマ大統領は、NPR(アメリカのNPO公共放送)のインタビューに答えて、「現時点ではイランが核兵器を完成するのは数ヶ月だ。しかし、今回、イランからウラン濃縮の規制などで合意を得た結果、その期間が1年半に伸びた。」と言った。

つまり、少なくとも合意期間の10数年間は、仮にイランが合意に違反して核兵器を作ろうとしても、1年半かかるということであり、今よりはましな状態に持ち込んだということである。

では合意期間が終わった後はどうなるのかについては、「もしイランが、合意期間終了後、核兵器開発に着手した場合は、その時の大統領が、イランを攻撃することも可能だ。」と語った。

まとめると、今回の合意では、イランの核兵器開発を排除したということではなく、単に時間稼ぎをしたということ。またそれを、オバマ大統領自身が認めたということである。

<今後、予想されること>

6月末にイランと超大国が、このまま合意に調印するかどうかが注目される。経済制裁が解除されたら、ゴールドラッシュのように、イランとのビジネスが始まることが予想されている。そうなると、イランには現金がふんだんに入ることになる。

今後、イスラエルがすぐにイランを攻撃することはないが、諜報機関をフル稼働して、水面下での核兵器開発の妨害を継続して行くことになると思われる。
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イラン・イエメン情勢緊迫 2015.4.8 

 2015-04-08
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32204047

イランが支援するシーア派組織がイエメンのハディ大統領を追放し、主都サナアを占拠した件で、サウジアラビアなどスンニ派諸国の連合軍の空爆がはじまってから2週間になる。

空爆にもかかわらず、フーシ派は南部の大統領拠点だったアデンもほぼ制圧した。BBCによると、アデンの町の住民は、逃亡するか隠れているかのどちらかで、町は武装した兵士がいる以外はゴーストタウン化している。

WHOの報告では、これまでの死者は540人。うち少なくとも74人は子供。負傷者は1700人にのぼり、病院では今も多数が死亡している。赤十字が医療物資などを空輸しようとしているが、あまりにも危険であるため、今日も輸送機は発着できなかった。

トルコのエルドアン大統領は、イランのテヘランを訪問し、両国のビジネス拡大に関する協定に調印する一方で、イランがシリア、イラクに加えてイエメンにも軍事介入して中東での勢力拡大をしていることについて、正面から批判している。

エルドアン大統領は、かつてのオスマントルコ帝国を復興し、中東の覇者になるとの野望を持っているといわれる。イランにはあまり強大にはなっていてほしくないというところか。いずれにしてもイランが中東のあちこちで軍事介入し、勢力を拡大しているということを表している。
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板挟み:ダマスカスのパレスチナ人難民キャンプ 2015.4.8

 2015-04-08
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32204047

Yネットなどによると、先週ダマスカス近郊のヤルムクにあるパレスチナ人難民キャンプをISISが襲撃し、その90%を占拠したが、その後、キャンプ内部では、通りでいきなり射撃されて死亡する者、首をはねられる者が出ている。

一方で、ヤルムクでは、シリアの政府軍が樽爆弾を使った空爆を行っており、キャンプのパレスチナ人たちは板挟みの攻撃にさらされていることになる。「こうなったらイスラエルに助けを求めるしかない。イスラエルの方がまだ慈悲深い。」という人もいるほどである。

火曜になり、ISISが少し撤退したのか、支配域は60%になったということだが、市民たちが死の恐怖の中にいる事には変わりはない。

ヤルムクにいたパレスチナ人2000人はすでに脱出したが、まだ数千人が残されている。国連はヤルムクに人道支援物資を搬入する必要を訴えている。パレスチナ自治政府は、現状と支援に関する査察のため、代表団を派遣した。

火曜、ガザ地区で大きな爆発があったが、ハマスがガザ地区内部にいたISISに報復したとみられている。ISISは、ヤルムクで、少なくとも2人のハマスメンバーを斬首したと言っていた。

*ヤルムクのパレスチナ人

1948年のイスラエル独立戦争の時に発生した難民とその家族たち。65年以上たった今は、当時の難民よりも、ヤルムクで生まれた子供たちの方が多いのだが、今も”難民”と呼ばれている。

*ISISの大量虐殺 http://www.cnn.co.jp/world/35062800.html

イラクの元フセイン大統領府近く、ティクリートで、大量に埋められているイラク兵の遺体が発見された。CNNによると、ISISは、昨年ティクリーとで1700人のイラク兵を殺害したと発表していた。遺体はその兵士たちのものではないかとみられている。

<パレスチナ国家設立を急ぐパレスチナ自治政府> http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/193754#.VSQH2KW9DCt

パレスチナ自治政府が、国家承認に向けて再び動き始めている。アラブ諸国とともに、イスラエルの”占領”を終わらせるタイムテーブルを国連安保理に提出するみこみとなっている。

同様の件については昨年、国連安保理にて過半数に届かず否決されている。今回は再度の挑戦というところ。

さらに国際刑事法廷へのイスラエルへの訴えに関する手続きも、さらに急ピッチですすめている。

イスラエルによると、先月、イスラエルは、パレスチナ自治政府の代理に徴収している税金13億7000シェケル(約400億円)を、パレスチナ自治政府へ送金したが、アッバス議長が、「イスラエルは税金の3分の2しか送って来なかった。」と激怒し、全額でなければ受け取らないとまで言った。

イスラエルが保留にした3分の1のうち、16万シェケル(約700万円)は、パレスチナ自治政府が滞納している電気代や水道代の一部として、それぞれの会社に支払われた。

パレスチナ自治政府の電気代、水道代の滞納は、イスラエルの主張によれば20億シェケル(600億円)に上っている。数ヶ月前、電気会社が滞納を理由に数時間停電させたが、国際社会から非難されたため、今も送電を続けている。

それでもアッバス議長は、イスラエルがパレスチナ人の金を搾取しているとして、国際刑事法廷に訴えるかまえ。

http://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Abbas-issues-warning-to-Israel-to-turn-over-funds-or-face-charges-at-the-ICC-396240
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イランとの”歴史的枠組み合意”へ 2015.4.3

 2015-04-03
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32166814

イランの核兵器問題に関して、イランと超大国P5+1(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、中国、EU)が、スイスでの8日間のマラソン交渉の末、イランとの枠組みの合意に達したと共同声明を発表した。

イランのテヘランでは、経済制裁が終わるとして、祝賀ムードになっている。

<何に合意したのか> http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4643896,00.html

何に合意したのかというと、大まかにはイランは今後、10-15年間、大規模にウランの濃縮を制限し、国際社会は、その履行を確認しながら、段階的に経済制裁をすべて解除していくという内容である。

現時点での枠組みだが、Yネットによると、現時点でわかっている詳細は次の通りである。

①イランはむこう15年間、核の濃縮のための核施設を建設しない。
②低濃度のウランを1万kgから300kgに減らし、少なくともむこう15年間は3.67%以上の濃縮を行わない。

③むこう10年間、ナタンツに19000基ある遠心分離機の稼働を5060基に減らす
④イランは、少なくとも10年間、最新式の遠心分離機を使用しない。

これに加え、ケリー国務長官は、今回、これまでになかった査察のシステムにイランが合意したと伝えている。(BBC)

この枠組みを元に3ヶ月かけて成文化と技術的な詰めが行われ、6月末に最終合意を行うという流れである。

<懸念事項>

この共同声明はBBCでもトップで報じられたが、様々な疑問や、不信を拭えるのかとの懐疑的な雰囲気の中で伝えていた。

まず問題になるのが、期限である。今回の合意に期限が切れたあとどうするのかという方針は明らかにされていない。10-15年の期限終了後、イランは無制限に核開発を再開する可能性を残している。

また”研究分野”については、継続となっている。研究という名のもとに、結局はなんでもできる可能性も残すことになる。

次に、枠組みに合意したといっても、現時点ではまだ両者が完全に理解を同じくする文字になっていない、いわば口約束に近いという点。以前、文字になっていた合意事項ですら、後になってイランと6大国では解釈が違っていたという問題が発生していた。

INSS(イスラエル国家治安研究所)のエミリー・ランダウ博士は、文化や価値観が大幅に違う欧米とイランが、今回は口約束しかできていない。成文化できるとは思えないと語っている。

しかし、それでもオバマ大統領は、ワシントンで記者会見で「非常によい取引だ。」との見解を発表した。

<ネタニヤフ首相声明>

上記共同声明が発表された後、エルサレムでは、ネタニヤフ首相が、以下の声明を出した。

「この枠ぐみでの取引は、イスラエルの存続への脅威となる。ほんの2日前、イランはイスラエルの撲滅については話し合いの余地はないと言っていた。またイランはここ数日間、イエメンなど中東での勢力を拡大している。

経済制裁を緩和することによって、イランの中東、ならびに世界でのテロ支援を助長することになる。

この取引はイランの核開発を制限するどころか、道を開くものになる。中東で核競争(サウジアラビアなどアラブ諸国がいっせいに核を保有しようとするということ)がはじまり、恐ろしい戦争になっていく可能性が高まる。

今できることがあるとすれば、もっとよい取引に至るまで、イランへの圧力をかけ続けることだ。」

*ポジティブな記事も http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4643999,00.html

イスラエルは民主主義である。この件について、ネタニヤフ首相とは違う見解の記事もある。

Yネット(反ネタニヤフで知られる)は、「たとえ10年でも、イランの核兵器開発が遅れるなら、それはよい取引だ。たとえイスラエルがイランの核施設を攻撃してもイランの核開発を10年も遅らせることはできないにではないか。」との記事を出している。

<INSS(イスラエル国家治安研究所)の分析>

この共同声明に先立ち、INSSのイラン関係専門のランダウ博士と、イスラエル軍司令官で防衛専門家のクパワッサー氏が、この件に関するブリーフィングを行った。

ランダウ博士は、この交渉全体の矛盾を訴えた。もともとNPT(核拡散防止機構)に違反していたのはイランなのだから、国際社会が譲歩する必要はないはず。

それがいつのまにか、イランに核開発を”やめていただく”ために、アメリカの方が譲歩する側になってしまっている。イランが核兵器開発をできないようにするまで経済制裁を続けることが本来の道筋だったとネタニヤフ首相と同じ見解を語った。

また、イランの最高指導者ハメネイ師が、継続して「イスラエルを絶滅する」と言っていること、「中東での軍事活動を活性化させていることについては論議されていなかった。これは大きな矛盾である。

最終的にはイランが軍事目的で核開発を行っていることが問題なのあって、その根本を審議しないでウランの濃縮の程度についてのみ審議するのは、矛盾している。」と指摘した。

ネタニヤフ首相が10年以上前から、「イランはもうすぐ核兵器を完成する。」と同じ警告を繰り返していることへの質問についてクパワッサー氏は次のように返答した。

「それは、イスラエルが水面下のサイバー攻撃などで、開発を遅らせてきたからだとクパワッサー氏は語る。イスラエルは今後も同様の対処を行っていくだろう。」


*イランの核兵器開発疑惑と国際社会のこれまでに流れ

イランの核兵器開発疑惑が最初に発覚したのは2002年に遡る。一時はIAEA(国際原子力機構)の査察を拒否するなど疑惑が高まった。国連安全保障理事会の審議にかけられ、以来、アメリカを筆頭に世界から厳しい経済制裁がイランに課せられていた。

2013年にイランにロウハニ新政権が誕生。イランは穏健をアピールして、国際社会に経済制裁緩和に向けた交渉を申し入れて来た。

これを受けて、オバマ大統領は、イラン革命以来、35年に及ぶイランとの断絶をやぶってロウハニ大統領に直接電話をかけ、アメリカを含む6対国が、イランが直接交渉のテーブルにつくという、歴史的な交渉が始まった。

しかし、交渉はのらりくらりと進展せず、なんらかの合意に達したとしても、その合意事項の解釈がイランと6対国で違っているなどで大きな進展はみられなかった。

この3月31日は、アメリカが自主的に決めていた合意達成への期限だった。これに先立ち、ケリー国務長官とロシアのラブロフ大統領など6カ国の外相とイランのザリフ外相は、3月20日すぎからスイスのローザンヌに集まって深刻な交渉を行っていた。

しかし1週間後の31日が来ても合意に達することができず、2日延長して、徹夜のマラソン会議が行われた。途中で帰ってしまう外相も現れ、イランも帰ろうとするなどの動きがあったが、4月2日、6対国はそろって”歴史的な枠組みの合意に達した”との共同声明を発表したものである。
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サウジアラビアのイエメン空爆・その後 2015.4.3 

 2015-04-03
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-32157994

イランの傀儡であるフーシ派が、イエメンの大統領を追放し、主都サナアを占拠したことで、イランの進出を恐れたサウジアラビアと広範囲のアラブ連合軍が、先週、イエメンへの空爆を始めた件について。

空爆はその後も続いているが、地上ではフーシ派が元大統領宮殿を占拠するなど、攻防戦が続いている。市民の犠牲者も出始めており、外国人はすでにイエメンを脱出している。

イエメンの主都サナアでは2日、こうしたサウジアラビアの攻撃に対する大規模なデモが発生した。

デモ隊は、イエメンを攻撃するサウジアラビアに攻撃停止を要求するとともに、その背後にいるアメリカと、(なぜか)イスラエルに必ず報復すると訴えている。

イエメンは、アラブの春で前政権が転覆し、ハディ暫定政府大統領のもとで、国の再建が始まろうとしていたところだった。今、イエメンは内戦直前だと懸念されている。

イランは、現在、シリアのアサド政権、レバノンのシーア派組織ヒズボラの背後にいる他、ハマスも最近再びイランに近づいているという情報がある。

また、最近では、イスラム国撃退の名のもとに地上軍送り込んで活発に影響力を拡大している。これに加え、紅海の出入りにも影響を与える国イエメンまでがイランの支配下に入ることは、イスラエルだけでなく、アラブ諸国にとっても大きな課題である。

*ケニアの大学虐殺147人について

テレビでも報道されている通り、ケニアの大学での犯行は、クリスチャンをねらったソマリアのアルカイダ系イスラム過激派アル・シャバブ(アラビア語でユース)によるものであったことが明らかになっている。

このグループはISISと同様にスンニ派だが、厳格なイスラム国家の設立を目指しているという。同じスンニ派内部でもライバルということである。
http://www.bbc.com/news/world-africa-15336689

中東・アフリカでは、スンニ派とシーア派の戦いとなり、さらにスンニ派内部ではライバルの戦いとなっている。だれが最も強く、誰が支配者になるのか、昔ながらのイスラムどうしでの戦いである。

このような中では、ユダヤ人がいればユダヤ人が狙われ、いないところではクリスチャンが標的になる。中東やアフリカのクリスチャンたちを覚えてのとしなしは、もはや祈りを超えて戦いといえる。
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ISISがダマスカスのパレスチナ難民キャンプを占拠 2015.4.3

 2015-04-03
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4643442,00.html

1日、ダマスカスのヤルムーク・パレスチナ人難民キャンプにISISの武装勢力が入り、占拠したと伝えられた。

この難民キャンプでは過去4年間に、支配者が何度も変わっている。最初は、アサド政権、次に反政府勢力、一時はアルカイダ系のアルヌスラに支配されていた時期もある。

町は破壊がすさまじく、住民のパレスチナ人の多くはすでに大挙しており、今は18000人ほどが住んでいるという。町は食料も水も、医薬品も不足しているという。

ここからアサド政権を攻撃することも可能になるため、注目されている。
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過ぎ越し直前のテロ騒ぎ 2015.4.3

 2015-04-03
イスラエルでは、3日の午後から過ぎ越しの祭りとなる。今年は、イースターが今週末でもあるため、ユダヤ教徒とキリスト教との観光客がイスラエルを訪問する。観光省は、観光客13万人が来ると推測している。

これに先立ち、2日、ヘブロン近郊でイスラエル人2人が行方不明となり、誘拐の可能性ありとしてイスラエル軍と警察が大規模な捜査を開始。テレビは生中継するなど大騒ぎとなった。

しかし5時間後、行方不明の男性が発見され、騒ぎはこの2人が故意に起こしたものであったことが判明。2人は警察での取り調べに入っている。過ぎ越しの直前だっただけに、家族もイスラエル社会も一時騒然となったのである。

実際のテロも発生してている。2日、西岸地区のサマリヤ近郊で、パレスチナ人6人が違法に侵入したとの情報を受け、ヨアブ・レイトマン軍曹らが、捜索を行っていたところ、ヨアブさんがナイフもったパレスチナ人に襲われた。

ヨアブさんは、腕や頭を刺されながらも犯人を取り押さえ逮捕している。ヨアブさんの傷は軽傷だった。

過ぎ越の期間は、西岸地区からイスラエルへ入る検問所の多くが閉鎖され、高い警戒態勢がとられることになる。過ぎ越しは、3日から11日まで。イスラエル軍では、過ぎ越期間中に任務につくイスラエル兵のため、マッツア(種無しパン)80トンを準備したという。

過ぎ越し期間中の治安と海外に出ているイスラエル人たちが誘拐やテロから守られるよう、とりなし必要。

*こちらもとりなしお願い 

先月、ニューヨークで発生した火事で7人の幼い子供たちを一気に失い、妻と次女もまだ重傷となっている正統派のガブリエル・サソンさんを、とりなしに覚えていただければ幸いである。

昨年までは、家族10人の大家族でさぞにぎやかな過ぎ越であったことだろう。今年はたった一人である。ユダヤ教は、こうした悲惨な状況には非常に柔軟で強さを発揮するのだが、まさにヨナのような、これほど大きな喪失を受け入れる事ができるのかどうか。

サソンさんは、その後のインタビューで、「何が最も大事かを考えてほしい。今ある家族たちがいかに大切なものか知ってほしい。家族に関する事を義務でするのではなく、愛でするべきだ。それがすべてだ。」と語っている。

ガブリエルさんは、エルサレムに亡くなった子供たちを埋葬したが、同じ場所に自分と妻、生き残った娘とその夫(将来の)のために墓地を買ったという。「家族は愛で一つだった。エルサレムは世界の中心だから、ここで私たちは一つだ。」と語っている。

アルーツ7によると、サソンさんは、第二次世界大戦のころ、家族とともにシリアから日本へ逃げ、日本で育ったという。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/193304#.VR3z_6W9DCs
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第20代クネセト(国会)宣誓就任 2015.4.3

 2015-04-03
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4642736,00.html

内閣政府は、まだ連立交渉を終えていないが、3月31日、選挙結果に基づいて議員120人からなる第20代目となるクネセト(国会)が宣誓就任した。

120人のうち、39人が発国会入りである。また女性議員が28人とこれまでで最高となった。国会議長は引き続きユリ・エデルステイン氏が担当する。

就任式には、大統領、チーフラビの他、議員の家族らも出席し、国会は満員となった。リブリン大統領は、イスラエルの住宅費や生活費が国民の大きな重荷になっていることをあげ、「だれがあなた方をここへ送ったかを忘れず、国民のため二働いてください。」との訓示を語った。

ネタニヤフ首相は、新しい国会メンバーを歓迎し、国を守るために全力を尽くすと語った。
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