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今年も平和に過越し終了 2019.4.28

 2019-04-28
イスラエルでは、4月19日、過越しが始まった。その翌日からは種無しパンの祭りと続き、27日は、過越の最終日で再び祭日(安息日)となった。この間、学校、政府関係、大手企業は休み。中小企業や、サービス業も半日業務で、いわば大型連休であった。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5496956,00.html

<過越しの大型連休>

過越しはイスラエルにとっては、安息日に続いて重要な例祭である。

紀元前12-13世紀ごろ、イスラエル人は、エジプトで奴隷であった。しかし400年の後、モーセがリーダーとして立てられ、エジプトから脱出する。これを出エジプトという。この時、神はイスラエル人を行かせようとしないエジプトに、10の災いをもたらした。

10番目の災いは、その家の長男が死ぬという災いであった。聖書の神、主は、共にエジプトにいたイスラエル人の家に、この災いが及ぶのを防ぐため、傷のない子羊をほふって、その血を家のかもいにつけておくよう指示した。それがしるしとなり、災いが、イスラエル人の上を「過越し」て行くようにされたのである。

この恐ろしい災いの後、エジプトは、ようやく、イスラエルが出て行くことに合意する。イスラエル人がエジプトから出発急いで出発する際の食事を記念するのが、過越の夜の食事、セダーである。

セダーでは、出発前の慌ただしさで、パンを醗酵させる時間がなかったことから、イースト抜きの種なしパン(マッツア)を食べた。また、苦しいエジプトでの奴隷生活を苦菜で、救い出してくださった主のあわれみを、甘いハロセット(なつめやしなどの混ぜ物)で覚えるなど、特有の食べ物を食べながら、この時のことを語り合い、神の恵みを覚える。

イスラエルでは、ユダヤ系市民の97%が、家族や友人たちとこのセダーを楽しむ。その後7日間、種無しパンの例祭となる。

過越の中日にあたる22日には、嘆きの壁で、祭司(チーフラビとコーヘンファミリーなど祭司の家系にあたる人々)祈りをささげ、その祝福をを受け取ろうと、今年も群衆で埋め尽くされた。嘆きの壁基金によると、半期までですでに75万人が嘆きの壁に来たという。

https://www.jpost.com/Israel-News/750000-people-visit-Western-Wall-since-start-of-Passover-587868

<家族そろっての行楽>

過越期間は、7-10日の大型連休である。学校や幼稚園の休暇は2週間に及ぶ。この休みを利用して海外旅行をする人も多い。今年も約150万人がベングリオン空港から出入りしたと推測されている。イスラエルは物価が高いので、国内のホテルで過ごすより、海外に行った方がコストは安い場合があるためである。

https://www.israelhayom.com/2019/04/19/1-5-million-israelis-spending-passover-abroad/

イスラエルでは、今年、異常に雨が多い日が続いたが、過越5日目ぐらいからようやく、晴れた。全国の国立公園は、家族連れで賑わった。過越の1週間だけで、20万人がいずれかの国立公園を訪れたという。

https://www.timesofisrael.com/50000-visit-israels-national-parks-as-passover-holiday-comes-to-an-end/

エルサレムの公園でも、多くの家族連れが、バーベキューをするなどしてくつろいでいた。平和な光景であった。

<シナイ半島へ旅行するイスラエル人>

毎年、出エジプトの逆をして、シナイ半島(エジプト)への旅行を決行するイスラエル人がいる。いうまでもなく、シナイ半島には、ISがいるとされ、非常に危険である。それでも、毎年行くのだが、今年も4万人が、エイラットから国境を通過してシナイ半島でのバケーションに向かった。

しかし、過越の週末には、スリランカで、教会とホテルを狙ったISによる多発自爆テロが発生し、250以上人が死亡した。イスラエル政府は、直ちに帰国するよう警告したが、帰ったという知らせはない。

https://www.jpost.com/Opinion/Visiting-Sinai-587813

<キリスト教徒の復活祭>

過越とキリスト教は、深く関連している。イエス・キリストが十字架にかかって死んだのは、過越入りの日であった。当時も、過越の巡礼で各地からユダヤ人たちがエルサレムへ押し寄せていた中で、十字架刑が行われたということである。

言いかえれば、過越の日に、イエス・キリストの命が犠牲になって屠られ、その血が流されたということである。出エジプトの時と同様、その血を、心の扉につける、すなわち、これを信じて感謝して受け入れる時、罰(永遠の地獄行き)という災いは過越していく、罪の支配から解放されるというのが、キリスト教のいう「救い」なのである。

エルサレムでは、過越入りの日、様々な国から来たキリスト教とたちが、大混雑の中、十字架を担ぐなどして、ビアドロローサ(十字架の道)を歩いた。その3日後の日曜、キリストが死からよみがえったことを記念する復活祭が祝われた。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5496966,00.html

なお、キリスト教には西方教会(カトリック)と、東方教会(正教会)がある。先週は西方のカトリックとプロテスタントが、今週は、東方教会が、十字架と復活を記念する礼拝を行っている。

ギリシャ正教の復活祭では、イエスの十字架の場、ゴルゴタの丘とされる聖墳墓教会で、復活を象徴する火が灯され、全世界にその火が運ばれていく。エルサレム旧市街は、この日も大混雑である。

今は、エルサレムが、1年で最もこみあう時期といえる。治安維持のため、イスラエルは、過越しの間は、ガザ、西岸地区からの出入りを閉鎖し、ガザのキリスト教徒(ギリシャ正教がほとんど)がエルサレムへ巡礼に来る場合のみ特別許可を出している。

過越しと復活祭の次は、イスラム教のラマダンが、5月6日からはじまる。ラマダンは、6月4日まで。いろいろ忙しいエルサレムである。

<復活祭とキリスト教会の災難について>

イスラエルでは、今年も平和にユダヤ教の過越し、キリスト教のパームサンデー、グッドフライデー、復活祭と、どれも平和に祝うことができたが、世界では、特にキリスト教会に関連する事故やテロが発生した。ニュースでも流されたことなので、イスラエルに関連するニュースをお伝えする。

1)ノートルダム大聖堂火災とユダヤ人迫害の傷

復活祭の5日前の4月16日、パリのノートルダム大聖堂の塔が火災で焼け落ちた。これについては、テロではなく、改修工事中の事故とみられている。

これについて、1960年にフランスからイスラエルへ移住したラビ・シュロモー・アビナーが、1242年にノートルダム寺院前で、タルムード(ユダヤ教書物)を燃やしたことへの神の報いかもしれないと発言した。

また、「教会はユダヤ人にとって最大の敵。燃やしてもかまわないが、イスラエルでは燃やしてはならない。燃やした後、それを建て直す事を余儀なくされるから。その方がもっと悪い。」とコメントし、問題となった。

https://www.timesofisrael.com/radical-rabbi-says-notre-dame-fire-retribution-for-13th-century-talmud-burning/

このラビは過激と目されているが、フランスはじめヨーロッパのユダヤ人が、限りなく恐ろしい迫害、暴力を、教会という組織の中で受けてきたことは事実。その象徴の一つが、ローマ法王の命により、ノートルダム寺院前広場で、1942年に、タルムードなどユダヤ教聖典が、少なくとも1万冊焼却された事件である。

本を燃やすということは、やがては人間を燃やすことにつながるとも考えられている。ナチスドイツも、迫害の初頭にユダヤ思想系の書物を焼却したのであった。

ノートルダム寺院は、12世紀から残る建築物として、世界遺産にも指定され、世界中がこの火災を惜しんでいる。しかし、ユダヤ人からみれば、恐ろしい時代の遺産でもあるということである。

2)スリランカのカトリック教会:無期限で礼拝中止

スリランカでは、復活祭を祝うキリスト教会と、ホテルにいる外国人客をねらった連続自爆テロが発生。250人以上が死亡。500人以上が負傷した。イスラエル人の犠牲者は、なかったようだが、イギリス系ユダヤ人(母はカトリック)のティーンエイジャー2人が死亡した。

https://www.timesofisrael.com/family-of-jewish-teens-killed-in-sri-lanka-talk-of-loss-plans-to-set-up-charity/

このテロについては、IS関連の地元イスラム過激派9人が犯行声明を出した。

スリランカの治安部隊が、全力を挙げて追跡していたが、金曜、北部の町で、犯人らが潜んでいた家に治安部隊が踏み込んだところ、自爆したため、子供6人を含む15人が死亡した。

首謀者とみられるザハラシ・ハシムがみつからなかったが、のちに最初のホテル攻撃時に死亡していたとスリランカの大統領が発表した。

ISはまだ130人が、スリランカにひそんでいるとみられ、治安部隊は、まだ捜査を続けている。

今日は、復活祭での大規模テロから1週間後の日曜となるが、カトリック教会は、日曜礼拝はしばらくキャンセルすることを決めた。福音派などプロテスタント教会はおそらくキャンセルにしていないと思われるが、無事を祈るのみである。

https://www.timesofisrael.com/sunday-mass-canceled-across-sri-lanka-a-week-after-bombings/

一方で、犯行が、イスラム過激派によるものであったことから、今度は、逆に一般のイスラム教徒たちに危険がせまっているとも懸念される。スリランカ政府は、イスラム教徒に対し、金曜は自宅で各自礼拝するよう、指示した。

来週からはラマダンなので、まだまだ危険は続くとみられる。

イスラエル政府は、スリランカにいるイスラエル人に、すぐに帰国するよう呼びかけた。アメリカ大使館も、自国民に対し、礼拝の場に近づかないよう、警告を出している。

https://www.bbc.com/news/world-asia-48074702

<石のひとりごと>

こうしてみると、エルサレムで、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、それぞれが聖地として、平和に巡礼ができるよう、効果的に治安が守られていることは、高く評価するべきであろう。

イスラエルも、過去に数多くの自爆テロを経験し、市民を1000人近く失った。その苦しい経験から、今は、治安部隊が日夜働いて、テロが発生する前に、ほとんどを摘発してくれている。

ISがシリアでの領地を失った今、世界のいつどこで、こうしたテロが発生するともわからない時代になった。悲しいがイスラエルの情報収集能力と防衛能力が、世界の役にたつようになるのかもしれない。

それにしても、ここ数年、中東だけでなく、ロシア、中国、インドなど、様々な地域で、キリスト教会への暴力的な迫害や、政府による宣教禁止令などが、じわじわと進んできている。日本では、その気配はまったくないが、いよいよそういう時代がせまってくるかもしれず、緊張感を覚える。
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ネタニヤフ首相:5期目連立政権立ち上げ指名 2019.04.28

 2019-04-28
4月9日に行われた総選挙の結果は以下のとおり。

国会120議席中、リクード(ネタニヤフ首相)35議席、ブルーアンドホワイト(ガンツ元参謀総長とラピード氏)35議席。

続いてユダヤ教政党のシャス8議席、統一トーラーユダヤ教政党8議席。
続いて左派・労働党6議席、統一アラブ政党のハダッシュ・タアル党6議席。

これに続くのが、右派・イスラエル我が家党(リーバーマン党首)5議席、統一右派政党5議席。
次が、中道右派クラヌ党4議席、左派・メレツ党4議席、極左とも目されるラアム・バラード党4議席。

リクードとブルーアンドホワイトが、同数なので、リブリン大統領は、両者に統一政府を立ち上げることを要請したが、ブルーアンドホワイトは、これを拒否。筆頭野党として、ネタニヤフ首相の独走を阻止するかまえである。

そうなると、連立政権を立ち上げる可能性があるのは、右派を統括して国会120議席中、65議席の過半数とリードできるリクードのネタニヤフ首相でしかない。

リブリン大統領は、通常の手続き通り、議席を持つ政党の党首とそれぞれ、だれが次期連立政権のリーダーにふさわしいかの聞き取りを行った結果、17日、正式にネタニヤフ首相にその役割を指名した。

https://www.france24.com/en/20190417-israel-president-netanyahu-government-likud-election

今後、ネタニヤフ首相は、28日以内に、各党と連立に入ってくれるよう交渉を行い、新政権の立ち上げをはかる。各党首は、閣僚のポジションや、要求する政策などを、連立に加わる条件として提示し、ネタニヤフ首相と交渉する。

今回の選挙での驚きは、前政権では、教育相、法務相のポジションを割り当てられ、発言権も大きかったナフタリ・ベネット氏の党が、国会入りを果たせなかったことである。ベネット氏自身にとっても無念であっただろう。

ベネット氏がなぜ今回、落ちたかについては、先に、防衛相のポジションを要求し、与えられない場合は連立を離脱すると強気に出たものの、ネタニヤフ首相はこれを拒否。

ベネット氏は、意見を撤回し、政権に残ったが、結局政府は解散総選挙となったため、国民からの信頼と支持を大きく失ったと考えられる。ネタニヤフ首相にとっては、頭痛のタネのベネット氏を首尾よく排斥した形である。

また、ネタニヤフ首相が続投の結果になったことについて、トランプ大統領は、「近く推し進めるアメリカの中東和平案を進めやすくなった。」とこれを歓迎する意向を表明した。

先延ばしになってきたアメリカの中東和平案は、6月に提示される予定となっているが、トランプ大統領が、どうもイスラエルよりであることから、パレスチナ人の間では、国を立ち上げるのはもはや無理との見方が広がっている。

<ネタニヤフ首相の汚職関連>

波に乗っているかのようなネタニヤフ首相だが、まだ汚職問題が払拭されたわけではない。注目されているのは、国会で過半数を確保したリクードが、まずは、「現職首相は起訴されない」とする法案を通そうとするかどうかである。

新しい第21代国会は4月30日に就任することになっている。ブルーアンドホワイトのガンツ氏は、ネタニヤフ首相は、連立交渉で、この法案を通すよう根回しをしていると非難。筆頭野党として、断固、これを阻止すると言っている。

https://www.timesofisrael.com/netanyahu-using-coalition-talks-to-secure-immunity-from-prosecution-gantz-fumes/
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バウメル軍曹と交換でシリア人2人返還へ 2019.4.28

 2019-04-28
総選挙の直前、第一次レバノン戦争で戦死した戦車隊兵士ザカリー・バウメル軍曹の遺体が、ロシアの働きかけで、返還されたことはお伝えした通り。

その見返りとして、イスラエルは、生きているシリア人の囚人2人をシリアへ返還することになっていることが明らかとなった。

一人は、ダマスカスのヤルムク・パレスチナ人難民キャンプ出身のハミス・アフマドで、2005年にイスラエルへ侵入して、イスラエル兵への肛壁を試みたために逮捕され、2023年まで収監されることになっていた。

もう一人は、シリアの村カダル出身のジダン・トウェルで、麻薬密輸関連で2008年に逮捕され、この7月までの刑期の予定であった。

なお、バウメル軍曹とともに、あと2人のイスラエル兵の遺体もシリアでみつかっていることがわかっている。イスラエルはこの2人も取り戻すとみられる。

https://www.timesofisrael.com/two-syrians-to-be-freed-by-israel-fatah-man-who-planned-attack-drug-smuggler/

<石のひとりごと>

イスラエルは、失われた国民はたとえ遺体になったとしても、必ず取り戻そうとする。それがわずか一人であっても、もう遺体になっていたとしても、代わりにテロリストを放つことで、将来へのリスクになることがわかっていても、取り戻そうとする。

以前、生きてハマスの捕虜になっていたシャリート兵士を取り戻すために、パレスチナ人テロリスト1000人を引き渡した。実際に、この中から今のハマス指導者が現れたのである。

こうした国の姿勢こそが、息子を兵士に出す国民の国への信頼の基本なのである。しかし、こういう国はおそらくイスラエルだけであろう。

ヘブル的思考、ギリシャ的思考という考え方があるが、遺体となった兵士を取り戻すために、国と国民がリスクを追うという姿はヘブル的思考だろう。役に立つものを追及するギリシャ思考なら、遺体のためにリスクを負うことはないからである。

イスラエルは、ヘブル的視点とギリシャ的視点、この両方を持ち合わせているように思う。産業に関しては、合理性きわまるギリシャ的だが、こと人間に関してはヘブル的に、弱さも強さも受け入れている。やはり不思議な国である。
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アメリカの対イラン制裁:5月1日原油全面禁輸へ 2019.4.28

 2019-04-28
アメリカがイランの原油の輸出を全面的に停止する経済制裁に進むと発表した。

昨年11月に、アメリカが原油輸入にも関わる経済制裁再開を発表した際、急な世界経済の混乱を避けるため、8カ国に関しては、しばしの禁輸適応除外としたが、それらの国も5月からは、アメリカの原油禁輸の対象となり、従わない場合は、その国がアメリカとの交易を停止される。

現在もまだイランから原油を購入しているのは、中国、インド、日本、韓国、トルコの5カ国。5月までに、イランからの原油輸入を他の中東諸国に振り替えなければならない。

トルコは、こうしたアメリカの施策は、中東を不安定にするだけだとして反発している。

これに先立つ4月8日、アメリカは、イランの革命軍をテロ組織に指定した。アメリカが他国の正規軍をテロ組織に指定するのはこれが初めてである。

しかし、これで、アメリカは、革命軍の動きを抑えるという公儀でもって、さらにイランへの制裁を強化できることになる。

https://www.bbc.com/japanese/47862661

<イランの反応>

イランは、すぐにアメリカ中央軍(中東の監視を担当)をテロ組織に指定した。またもし、イランの原油輸出が禁じられるなら、ホルムズ海峡を閉鎖すると言っている。

ハメネイ大統領は、「アメリカが、まず、イランに対するすべての制裁を解除したら、交渉に応じる。」と語った。また、イランからの原油禁輸にあたり、その分は、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)がカバーすると言っていることについて、アメリカと協力するこれらのアラブ諸国は、間違っていると非難した。

イランでは、アメリカの経済制裁が再開されて以来、物価が急上昇している。また今月初頭には、南部で大規模な洪水が発生し、40万人が避難を余儀なくされ、70人以上の死者も出した。この時期に制裁強化はかなり厳しいはずである。戦争どころではない。

https://www.aljazeera.com/news/2019/04/iran-floods-mass-evacuations-fresh-flood-warnings-190407051031243.html

また、危機的になると、イスラエルが巻き込まれる傾向にあるが、イラン配下で、レバノンからイスラエル攻撃を準備しているヒズビラの地下トンネルは、3本目もイスラエル続いていたことが発見され、国連軍が監視を強めたところである。

https://www.timesofisrael.com/un-confirms-3rd-hezbollah-tunnel-crossed-border-into-israel-violating-ceasefire/

アメリカが希望するように、イランが白旗を挙げてくるのか。それとも逆に中東戦争に発展してしまうのか、5月1日以降、注目されるところである。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5499258,00.html
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ネタニヤフ首相5期目続投へ 2019.4.12

 2019-04-12

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写真出展:エルサレムポスト(photo credit: RONEN ZVULUN/REUTERS)

10日、ネタニヤフ首相が5期目続投が決定的となった。これで、ネタニヤフ首相(69)は、故ベン・グリオン首相を超えて、イスラエル史上最長の首相(現在で在職13年)ということになる。

総選挙の投票は、9日朝7時から行われた。有権者は、支持する党の名前を示す文字票を選んで封筒に入れ、投票するしくみ。リブリン大統領、ネタニヤフ首相もそれぞれ投票所で投票を行った。

投票は同日22時までで、即日開票が行われた。投票したのは、433万7284人。最初は、ネタニヤフ首相のリクードより、ガンツ氏のブルーアンドホワイト党が先を行っていたが、最終的には、リクードとブルーアンドホワイトが、ともに得票率29.2%で35議席獲得のひきわけとなった。
(12日深夜の最終発表で、リクード36議席、ブルーアンドホワイト35席とリクードが1位となった。)

リクードとブルーアンドホワイト党以外の党の得票、ならびに議席数を見ると、リクードと右派政党の合計が、120議席中65議席、ブルーアンドホワイトと左派系政党の合計が55議席と、右派系の方が多いことから、右派のネタニヤフ首相のリクードが、次期政権も続投することが決定的となった。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5492086,00.html

これを受けて、10日夕刻、ネタニヤフ首相が盛大に勝利宣言を出し、左派のガンツ氏とブルーアンドホワイト党は、敗北を認める声明を出した。ガンツ氏は、次期ネタニヤフ政権には加わらず、筆頭野党として戦うことを明言している。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5492530,00.html

リクードとブルーアンドホワイトの次は、シャス党(超正統派ユダヤ教政党)で6.7%で8議席、同じく右派ユダヤ・トーラー連合が7議席。リーバーマン元防衛相のイスラエル我が家党は4.2%で5議席、カフロン元経財相のクラヌ党はぎりぎり投票率3.25%を超えた3.3%で4議席。

驚きは、元教育相ナフタリ・ベネット氏の立ち上げた新右派等が3.22%で、3.25%にぎりぎり達成せず、国会入りできなかったという点。ベネット氏は表の数え直しを要請していたが、最終カウントが発表された12日夜の結果でも、得票率はかわらず、国会入りを果たせなかった。

左派系では、労働党がかなり下落して5%で、たったの6議席。建国を率いたのは労働党という栄光を思えば、今回の敗北は相当な打撃である。ガバイ党首は、失敗と敗北を認める声明を出した。

アラブ連合政党は、アラブ系住民の支持を得られず、投票に行かなかった住民が多かったため、得票率が、予想をはるかに超えて下回った。このため、得票率は3.3%と、かろうじて3.25%を上回り、4議席となった。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5492414,00.html

*イスラエルの得票率と議席数

イスラエルでは、得票率が、3.25%以下の政党は、国会に議席を持つことができないという法律が最近成立した。これにより、かつてはそれ以下でも、得票数に応じて1議席などでも国会入りできたのだが、今は、できなくなっている。これにより、小さい政党は国会入りできなくなった。

今回でいうなら、ブルーアンドホワイトに回った票により、主に左派系の小さな正統が大打撃を受け、国会入りできなくなった一方、右派系の党は、残ったわけで、ネタニヤフ首相のリクードに有利な国会になったということである。

<第21代国会の勢力図模様替え>

今回の選挙により、イスラエルの国会が、アメリカのように大きく2派に分かれた結果になったと指摘されている。

選挙結果によると、ネタニヤフ首相のリクードは、地方や西岸地区入植者など労働者層、貧しい系の人々の支持が多かった。南部住民は、前政権のガザ・ハマスに対する方針に不満を持っているが、それでもネタニヤフ首相を支持する結果となっていた。

一方、ブルーアンドホワイトを支持したのは、主にテルアビブ住民で、プロフェッショナル、IT系など、人権重視、左派に傾きがちな若い層の支持を受けていた。言い換えれば、イスラエルの国会の勢力図が、これまでになく、右派、左派に分断されたということである。

右派勢力が強い、新しい第21代国会の勢力図からして、もはやパレスチナ国家との2国家共存はなくなり、西岸地区のイスラエルへの合併へとさらに進むのではないかとの見方もある。

その他の特徴としては、女性議員を出さないシャス党など超正統派が第3党になったため、女性議員が29人(前国会は39人)に減少する。一方で、ゲイの議員が少なくとも3人は国会入りするみこみ。多種多用な現代イスラエル社会を反映した国会ということであろう。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5492706,00.html

<ネタニヤフ首相の汚職告訴について>

華々しい勝利を得たネタニヤフ首相だが、まもなく、汚職、収賄、背任などの罪で、首相への尋問がはじまる。これについては、首相職の告訴はないとする法案に合意する党はないため、これが癌となって、連立を組めないという事態もまったくないわけではない。

https://www.timesofisrael.com/netanyahu-allies-repulse-immunity-law-suggestion/

総選挙を前に、マンデルビット司法長官は、選挙日の後、3ヶ月以内に、ネタニヤフ首相の尋問を始めると発表している。このため、首相府は、本日司法から、起訴の証拠に関する文書を受け取ることになっている。

現職首相が、ここまでの事態になったことはないので、実際に有罪となるまでは、ネタニヤフ首相が辞任に追い込まれることはない。しかし、今後、「現職首相を、収賄疑惑で尋問することはできない。」とするいわゆる「フランス法」を、持ち出してくるかどうかが注目されている。

なお、ネタニヤフ首相自身は、やましいことはまったくないと無実を主張。ちょうどトランプ大統領が、ロシア疑惑を疑われていた時と同様、陰謀だと言っている。

<外交勝利:トランプ大統領・プーチン大統領のバックアップ>

ネタニヤフ首相続投のニュースを受け、トランプ大統領、ペンス副大統領は、それぞれ、ネタニヤフ首相続投を祝う声明を出した。トランプ大統領は、いまだ発表されていない、独自の中東和平案について、「ネタニヤフ首相であったので、この案を進める可能性が高まった。」と表明した。

ネタニヤフ首相は、親イスラエルで福音派の支持も大きいトランプ政権の支持で、追い風である。

https://www.timesofisrael.com/trump-says-netanyahu-election-win-means-a-better-chance-for-peace/

さらに、ネタニヤフ首相は、ロシアのプーチン大統領からも支持を受けていたとみられている。総選挙のわずか5日前、ネタニヤフ首相は、モスクワへ飛び、シリア問題などについての会談を行った。

その前日、1982年の第一次レバノン戦争で、戦死したまま遺体が発見できないでいたザカリー・バウメル軍曹(当時21歳)の遺体が、シリアから第3国を経由して、イスラエルに戻された。これが可能になったのは、プーチン大統領のテコ入れがあったからとみられている。

いうまでもなく、これは、総選挙を前にしたネタニヤフ首相にとっては、大きなトロフィーであり、プーチン大統領がネタニヤフ首相続投を、支援したとも理解できる動きである。

外交を兼務してきたネタニヤフ首相が、外交において、業績をあげてきたことは、否定できないであろう。

*ザカリー・バウメル軍曹の遺体返還について

ザカリー・バウメル軍曹(当時21歳)は、アメリカ生まれの戦車隊司令官であった。1982年の第一次レバノン戦争の時、レバノンのベカー高原でシリア軍との戦っている時、2人の兵士とともに、消息が不明となった。イスラエルは、これまで37年間、3人の捜索を続けてきた。

昨年5月に、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)が、ロシアが、シリアのダマスカス近郊で、IS(当時)が、3人のイスラエル兵の遺体を発掘したと発表したが、その後9月に、第3国へ1人の遺体が移送されていた。これをとりはからったのは、ロシアだったとみられる。ロシアは否定しているが、この第3国が、そう伝えている。

水曜に変換されたバウメル軍曹の遺体は、その軍服とブーツもともに返還された。

バウメル軍曹の遺体返還は、ちょうど総選挙の直前に実現したのだが、実際には、これまで37年間諦めずに、遺体の捜索にあたってきたイスラエル軍、また返還のためにあらゆる労を惜しまなかったこれまでのイスラエル首脳たちの働きの成果だと、担当のイスラエル軍少佐は語っている。

なお、あとの二人、ツビ・フェルドマンさん、ユダ・カッツさんの消息は不明のままなので、捜索は続く・・

https://www.timesofisrael.com/body-of-soldier-zachary-baumel-missing-since-1982-battle-in-lebanon-brought-home/

<石のひとりごと>

今回の総選挙の投票者数は、433万7284人(有権者の68.4%)というのに驚かされる。イスラエルは実に小さい国なのだ。それなのに、これほどまでに中東、世界情勢を振り回している。

次に述べるが、イスラエルは、この小ささにもかかわらず、月に探査機を飛ばす技術力、経済力も持っている。イスラエルがなぜ、これほどまでに世界に影響を及ぼすかをみれば、聖書がまさに、ただの宗教書ではなく、現実のことを記した書物であることは明らかである。
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ベレシット月面探査機着陸失敗 2019.4.12

 2019-04-12

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写真出展:ベレシットと月(エルサレムポスト)

今年2月21日に、アメリカのケープカナベラルから打ち上げられたイスラエル初の宇宙探査機ベレシット(はじめに:または創世記)が、予定通り、4月11日午後22:15(日本時間朝4:15)、月面への着陸態勢に入ったが、最終的には月面に激突したとみえ、着陸は失敗に終わった。

成功すれば、アメリカ、ロシア、中国に続いて4番目に月面探査を成功させた国になり、私立の会社によるものとしては、世界初になるはずだった。

11日、ベン・グリオン空港では、22:00 ”月” として旅客機の到着案内掲示板に、ベレシットの着陸時間を掲示。着陸は同時中継され、イスラエル中が、期待を持って見守っていた。

ネヤニヤフ首相夫妻と息子のヤイールさんは、イスラエル政府(4000万ドル出資)とともに、このプロジェクトに投資した南アフリカのイスラエル人億万長者モリス・カーン氏(6000万ドル出資)と、テルアビブ近郊ヤフダのコントロールセンターで、着陸の瞬間を待った。

ベレシットは、月面探査のための機材のほか、聖書やホロコーストの犠牲者で月への旅を夢見ていたペテル・ギンツ君(16)の月面から地球を見た絵などを含むタイムカプセルを載せていたという。リブリン大統領は、大統領官邸に、9-12歳の子供達80人を招いて、共に着陸を見守った。

ベレシットは、着陸態勢に入った後、月の表面が間近になった状態でのセルフィーを送信。しかし、その直後、ベレシットからの連絡は途絶えた。この時点で急速に落下したとみられる。その後まもなく、記者会見が行われ、着陸は失敗したと発表された。

ネタニヤフ首相は、「最初の失敗なら、また挑戦すればよい。月に近づいたのだから、イスラエルは2-3年後には必ず着陸する。挑戦したことがすでに達成だ。」と語った。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/261738

ベレシットのために費やした資金は、総額1億ドル(約110億円)。ここまで来るのにかかった時間は8年以上である。

カーン氏は、着陸失敗後の記者会見にて、「私たちは夢を選ぶ。」と語り、「次回の挑戦への思いがあるようだ。次は必ず成功する。今夜のことは誇りに思うべきだ。」と語った。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/261741

リブリン大統領は、子供達を前に、「失望する理由はない。私たちの少ない資源で、月直前まで行ったことは、大きな達成だ。本気でやれば成功する。確かにすこしがっかりだが、達成したことに比べたら小さいことだ。あなたがたとともに今夜を過ごせて幸せだった。

私が子供のころは、月に行くなど夢にも思わなかった。みなさんが月へ行き、さらに偉大なことを成し遂げる科学者になってくれることを楽しみにしている。挑戦したいと思ったら、できるということを学んだ。今夜はイスラエルとその国民、またその子供たちにとって重要な夜だった。」と語った。

大統領と子供たちは、国家ハティクバを歌ってから帰宅の途についた。

<挑戦魂:ベレシットは酒場での会話から>

ベレシットは、9年前の2011年、3人のイスラエルの起業家、ヨリブ・バシュ氏とヨナタン・ウェイチラウブ氏、クフィル・ダマリ氏が、酒場にて、資金を集めて、グーグルがスポンサーでのルナ・エックスプライズに参加することを思いついた。

ルナ・エックスプライズとは、無人探査機で月面を探査することに成功したグループに賞金を出すとするコンテストで、2007年に、Xプライズ財団(人類の発展のためのスポンサー)が、全世界に向けてよびかけたもの。スポンサーはグーグルであった。最高賞金額は2000万ドル(22億4000万円)にのぼった。

しかし、2015年になっても成功するグループが出ず、コンテスト期間は何度か延長された。その後、最終的に残ったのは、スペースIL(イスラエルチーム)を含む5社となったが、どのグループも成功しないまま2018年3月31日を迎えたため、コンテストは、新しいスポンサーが現れるまでは賞金なしで継続されることとなった。

ヨリブ・バシュ氏ら3人は、投資家モリス・カーン氏とともにスペースILを設立。イスラエル国立のIAI(Israel Aerospace Industry)と共同出資で、研究を続けた。2018年に賞金なしになってからも、挑戦を続けていたことになる。

<石のひとりごと:失敗してもいい国イスラエル>

イスラエルほど小さい国が、アメリカやロシア、中国といった大国にならんで、月面着陸に、ここまで達成したということは、特筆に価する。

だいたい、イスラエルのように小さく、資源もない国で、月面着陸という現実では全く可能性がない夢のような話に挑戦しようとした人がいたこと、またそれに乗って、成功するかどうかもわからないことに大金を出した人がいたという点が、イスラエルなのである。

いったいその力はどこから来るのか。イスラエルの建国の父テオドール・ヘルツェルは、かつて「望むならそれはもう夢ではない。」と語った。これがイスラエル人すべての座右の銘である。イスラエルの建国自体が、月へ行くほどの夢物語だったのである。

イスラエルは、失敗が許される国。失敗は、そこから学び、次へつながるためのものと信じている。国民も、こんな大きなプロジェクトが失敗しても、だれの責任かと追及することはない。世論から叩かれることもない。だから大きなことへの挑戦ができる。

失敗しても愛されているという信頼関係は、ユダヤ人の親子関係にもみられるものである。これは信仰の問題ではなく、彼らのDNAの中にある資質のようなものかもしれない。こうして、新しいことにたえず挑戦して、先取りをしながらユダヤ人は生き延びてきたのである。

日本ではよく、「イスラエルに行きたいけど、お金がない。休みがとれない。」という声を聞く。本気であれば、道は必ず開ける。まずはそれをイスラエルから学んでいただければと思う。
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ユダヤ人高齢者施設で働くパレスチナ人 2019.4.12

 2019-04-12
先日、ある日本からのグループが、あるエルサレムの高齢者施設を訪問し、交流の時を持った。同行させていただいたのだが、なかなか衝撃的であったので報告する。

その施設は、宗教的なユダヤ教徒の居住地のすぐ隣にあり、黒キッパの男性も出入りする姿もみかけたユダヤ系の高齢者施設(日本で言えば特養)。隣には幼稚園と学校があり、高齢者施設からは子供達の姿がよく見える。静かなよい環境にある。

グループが訪問したのは、まずは介護度3-4で、認知症の人もいるとみえ、出入り口には鍵付きの垣根がもうけられていた部屋。もう一つは、全員が介護度5以上の重度要介護者ばかりの部屋であった。

後者の部屋では、ダイニングに10人ぐらいが、ある人は、テーブルに、多くは介護用車椅子などに座らされ、ランチを待っているところであった。すでに胸元に前掛けをつけている人もいた。日本の高齢者施設とほぼ同様の光景である。

要介護の高齢者たちは、みわけはつかないが、ユダヤ人だけでなく、アラブ人高齢者も入居しているとのことだった。皆、心も体も重度の要介護の人々で、管理者の女性は、「この人々はみなうつ状態だから・・」とおっしゃって、雰囲気をもちあげようと、明るく話しかけていた。

そうした中、日本人グループが歌をうたい、フラダンスを披露されたのだが、それにつられて、気分がよくなったのか、アラブ人女性がアラビア語の歌を披露し、ヘブライ語の歌を男性が披露した。しばしの楽しみを提供できたようだった。

衝撃だったのは、そこで同席していた白衣の介護従事者たちである。

体をくっきり折り曲げたまま動かない黒キッパの男性と、なにやら睨みつけたまま不動の男性、いずれもユダヤ人と見えるかなり高齢の男性の間に座っていた介護従事者は、アラブ人(パレスチナ人)で、その表情は、どうみてもニュースで見るハマスだった。*注意:本当のハマスというわけではない。あくまで見た目が一見、ハマスに見えたということ。

アラビア語の歌を歌った女性をサポートした介護員の男性も、見た目、どうみてもハマス。そばにいた車椅子の男性が、どうも尿意を訴えていたようだったので、この介護員に伝えたが、「ああ、あの人はいつものこと」ととりあってくれなかった。

またそのそばにいた介護員の女性は、ヒジャブを頭にまいたやはりアラブ人だった。どの人も皆笑顔なく、どうも凄みがあった。

日本の高齢者施設のように、「笑顔、敬語」などという、すぎるほどの丁寧、親切な雰囲気はなかったように思う。想像でしかないが、おそらくは、食べるための仕事としてやっているのかもしれない。

ホロコースト生存者もいただろうか。高齢になり、要介護者になったユダヤ人を介護するのはパレスチナ人・・・。ニュースでは、ユダヤ人とパレスチナ人の衝突ばかりが報じられるが、現実のイスラエル社会では、ユダヤ人とパレスチナ人が、このように持ちつ持たれつの場面もあるのだ。

また要介護になった高齢者、またそのケアの様子も、ユダヤ人であろうが、アラブ人であろうが、日本人であろうが、皆まったく同じであることを思わされた。当たり前のことではあるが、筆者には改めて衝撃的であった。
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3月最後の悪天候 2019.4.1

 2019-04-01
イスラエルでは、今年、雨季とはいえ、異常に雨が降り続けた。今週末も、全国的に雨で、時にひょうとなり、時々突風も吹いている。雨と雲と習慣的な晴れと、非常に気まぐれな難しい天気である。

こうした中、南端エイラットでは、大きな椰子の木が、根こそぎ倒れて、ヨルダン人労働者2人(20歳代)が即死。もう2人も軽傷を負った。テルアビブ地域の町ギバタイムでは、道路に穴が出現し、一時道路が閉鎖される騒ぎとなった。

https://www.timesofisrael.com/2-jordanian-men-crushed-to-death-in-eilat-by-tree-uprooted-by-wind/

しかし、ガリラヤ湖の水位は、また4.5センチ上昇。現在、通常とされる水位まで、3.3センチにまでせまった。今年の雨季だけで、ガリラヤ湖の水位は257センチも上昇したことになる。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5487123,00.html

<イランで鉄砲水:45人死亡>

イランでは先週から続く大雨で、イラン北部などで鉄砲水が発生。少なくとも45人が死亡した。また広範囲で洪水となっているため、非常事態宣言が出されている。

イランでは、まだ雨が続くみこみで、ロイターによると、南西部の原油施設のあるクゼスタン地域では、川の氾濫が懸念されるとして、56の村に避難指示が出されている。

この5日間で、この地域のダムへ30億立方メートルの雨水が流れ込むとみられ、18億立方メートルを排出しないとダムは決壊することになる。

https://www.reuters.com/article/us-iran-floods/iran-calls-emergency-in-flood-threatened-southwest-province-idUSKCN1RB0F3
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ガザ:土地の日”無事”終了 2019.4.1

 2019-04-01
4月30日(土)は、パレスチナ人の土地の日*であると同時に、ガザ国境での「帰還への行進」と称して、毎週金曜に行うデモが始まってからちょうど1年目にあたる日であった。

ハマスは、29日(金)のデモを休止し、30日(土)の大規模デモに備えるよう、ガザのパレスチナ人たちに指示を出していた。

*土地の日

土地の日は、イスラエルの土地に関する法律により、土地を搾取されたとするパレスチナ人たちが、1976年に、全国的なデモを行ったことを覚える日である。この日の衝突でパレスチナ人6人が死亡している。この事件を記念して、毎年3月31日を土地の日と呼び、パレスチナ人たちが、各地でイスラエルに対するデモが行うことになっている。

ナクバの日というのもある。イスラエルが独立宣言をした5月14日にちなんで、パレスチナ人たちが、5月15日に、「破局の日」としてデモを各地で行う。


イスラエル軍は、戦力を増強し、戦車隊と射撃手を並べて、国境から暴徒がなだれ込んでくる場合に備え、緊張が高まっていた。ここしばらく、エジプトの使者が、双方の間を行き来して、大きな戦争にならないよう、仲介を試みていた。

暴動が始まったのは土曜午後3時。悪天候ではあったが、最終的には4万から5万人が国境に集結。発火物をイスラエル軍に向かって投げつけたり、タイヤを燃やすなどの暴力的なデモが始まった。

侵入を試みる者たちに対して、イスラエル軍は催涙弾と、実弾で対処した。ガザ保健省によると、3人(みな17歳)が死亡。少なくとも300人が負傷した。なお、本格的な暴動が始まる前にも1人死亡したため、今回の暴動での死者は計4人。

この間に、8歳の少年2人がイスラエルへ侵入したが、イスラエル軍は2人を保護。水のボトルを与えて、そのままガザへ戻した。泣いているとみられる少年の姿がなんとも悲しい映像であった。

https://www.youtube.com/watch?v=EMnQgaYWXjI

デモには、ハマス指導者ヤッシャ・シンワルが現場に現れた。またもう一人のハマス指導者イシュマエル・ハニエも、エジプトの使者とともに現場に姿を現した。

これは、ハマスが、イスラエルに対し、エジプトの仲介を受け入れたという印であり、それに応じて、暴動もそれほど大きくはならないという宣言であったともいえる。国境では、ハマスが、めずらしく独自の治安部隊を駐留させ、大きな暴動に発展しないよう監視していた。

国境での暴動は夕方には一段落となった。結果的に、死者は出ているが、いつものレベルの暴動であり、特に懸念されていたような大きな紛争には発展しなかった。

ネタニヤフ首相は、国境でのイスラエル軍の働きを賞賛するメッセージを出した。ハマスも同様に満足であるとのコメントを出している。

それでも暴動終了後の土曜夜中、ガザからイスラエル南部へ5発、日曜午後にものロケット弾が撃ち込まれた。被害はなかったが、イスラエルはいつものように、ガザへの報復攻撃を行った。しかし、空虚な建物を破壊するだけで、象徴的といった類の攻撃である。

イスラエルもハマスも、ロケット弾を放ったのはハマスではないとの見解を出している。(ということに双方がしている可能性もある)

土曜デモが一段落したことを受けて、イスラエルは、日曜朝には、人用、物資用、どちらもの検問所を開放。物資を積んだトラックがガザへ向かっていった。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/261159

<エジプトの仲介とその中身>

今回、衝突が小ぶりですんだのは、エジプトの仲介があったからである。エジプトは48時間、休みなしに両者の間を行き来し、大きな衝突をなんとか防いだといえる。

しかし、仲介はこれで終わったわけではなく、長期の”停戦”に向けて、交渉がつづけられている。

今回、ハマスが、土地の日に大きな暴動を行わないことへの見返りとしてイスラエルが約束したことは、①先週月曜にガザからのミサイル以来、閉鎖していた検問所を開放し、交易を再開すること。

②月曜以来、閉鎖されていた漁業海域を開放すること。③カタールからの現金搬入を再開することと伝えられている。
http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/261150

いいかえれば、ハマスは攻撃をした結果、よい結果を得たということになる。

<イスラエルがハマスと交渉を続ける目的>

暴力に対して、報酬を与えたような結果について、新右派党のナフタリ・ベネット氏は、「イスラエルの民がばかにされている。」と激怒。これ以上のハマスとの合意に反対する意向を表明した。ベネット氏は、ハマスのヤッシャ・シンワルは、とうの昔に亡き者になっているべきだったとも行っている。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/261200

確かに、皮肉なことに、ヤッシャ・シンワルは、2011年に、ギラッド・シャリート兵士との交換で、釈放された1027人のテロリストの中の1人であった。

シンワルは、イスラエル兵2人を殺害して複数の終身刑を言い渡され、イスラエルの刑務所で22年も過ごした人物である。その間、何度も脱走を試みたという。ネタニヤフ首相は、このシンワルをシャリート兵士との交換で釈放した。それが今、イスラエルにとって大きな障害になっているわけである。

しかし、ガザとの関係は、ちょうどベトナム戦争のアメリカと似ているとの指摘がある。力のバランスがあまりにも違うために、逆にイスラエルが絶対に勝てないというのである。

つまり、ハマスをうちのめすことが、必ずしもイスラエルの益になるとは限らないということである。今のイスラエルにとっては、多少プライドは傷ついても、大きく構えて、長期続く平穏を勝ち取る方が得策なのかもしれない。

またのちのニュースでは、ハマスにとらわれているイスラエル兵の遺体と人質を取り返すために交渉がすすんでいるとの情報もある。なんらかの目的があって、あえてハマスの前に折れたようにみえているだけであろう。

とはいえ、いつまでこの鬼ごっこが続くのかと思えば、まったくの第三者である筆者ですら、もううんざりである。イスラエル人、特に南部住民のフラストレーションはいかばかりかと思う。

もう10年も前のことだが、エルサレムに駐在する日本の某大手新聞社のベテラン記者が、「あいつら(パレスチナとイスラエル)は延々といつまでも同じことをやるだけだ。もう書く気しない。」と言っていた。

今回も、なんとか大きな戦争にならなかったのは幸いではあるのだが、まさに、10年たった今も、ほぼ同じことの繰り返し・・・のようである。解決をさぐりながら、それでバランスをとる。それがパレスチナ問題の実態なのかもしれない。
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ブラジル大統領訪問:大使館エルサレムへの移動はなし 2019.4.1

 2019-04-01
昨日日曜午後、ブラジルで、昨年10月に大統領に当選されたジャイール・ボルソナロ大統領が、2日間の公式訪問として、イスラエルに到着した。

ベングリオン空港で、迎賓の式典で迎えられたボルソナロ大統領は、「私はイスラエルを愛しています。」とヘブライ語で語った。一方、ネタニヤフ首相は、ガザでの緊張をあげ、このような時に公式訪問を実施したボルソナロ大統領に感謝を述べた。

ボルソナロ大統領は、福音派クリスチャンで、右派として知られ、昨年10月の選挙戦では、ブラジル大使館をエルサレムへ移動させることを公約の一つに掲げていた。

しかし、大統領になった後に、やはり大使館移動は困難という流れになっている。ブラジルは、アラブ諸国にイスラム教徒用(ハラル)食肉を輸出する最大国なので、エルサレムへの大使館移動を決行すると、この輸出先を失うことになるとの圧力を受けているという。

今回、イスラエル訪問時に、ボルソナロ大統領から、大使館移動を発表する可能性も多少は期待されていたが、結局、エルサレムには、「公の貿易事務所」を置くとの発表となった。しかし、ネタニヤフ首相はこれを歓迎すると述べた。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5487431,00.html

しかし、ボルソナロ大統領は、本日、大統領としてネタニヤフ首相とともに、嘆きの壁を訪問する予定。首脳にとって、これまではタブーであったこの動きも、これからは、静かに普通になっていくのかもしれない。

https://www.timesofisrael.com/netanyahu-welcomes-brazil-plan-for-jerusalem-trade-office-as-palestinians-fume/

<イスラエルと福音派が孤立へ!?:ゴラン高原イスラエル領反対で世界結束?>

キリスト教福音派のイスラエルへの接近が、トランプ政権によって加速しているが、これが逆に、イスラエルと福音派を孤立させる結果になりつつある。

先月、トランプ大統領が、ゴラン高原はイスラエル領と正式に認めたことで、イスラエルとアメリカ、福音派以外の国々や勢力が結束し始めているのである。

アラブ諸国の首脳22人は、チュニジアで行われた年次総会で、アメリカがゴラン高原をイスラエル領と認めたことについて、国連安保理に対し、国際法に合致するかどうかの審議を求めることで一致した。

その中には、近年、イスラエルとアメリカに接近していると目されているサウジアラビアも含まれている。

この会議に出席していた国連のグテーレス総長は、「シリア紛争に関することは、”占領されているゴラン高原”も含め、シリアの領地を脅かさないようにする必要がある。」と語った。

https://www.aljazeera.com/news/2019/03/palestine-golan-heights-centre-stage-arab-league-summit-190331204307398.html
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聖書登場人物のブラエ新発見:ダビデの町 2019.4.1

 2019-04-01
エルサレムのダビデの町、ギバティ駐車場発掘現場から、また聖書に登場する人物の名前が記されたブラエが発見された。

ブラエとは、巻物をとめるためにくくった紐の結び目に止める小さな直径1センチぐらいの粘土石のことである。粘土が柔らかいうちに、人物の名前が彫り込まれた印を押して、その巻物の持ち主、または権威者の名を記すものである。日本でいうならはんこのような意味合いがある。

粘土なので、バビロンによって町が焼かれた際には、さらに強固になるため、長い年月を超えて保存されている。貴重な考古学資料である。

ダビデの町からは、これまでにも、ヒゼキヤ王はじめ、エレミヤ記に登場する書記官、シェレムヤの子エフカル、パシュフルの子ゲダルヤ、シェレムヤの子ユカルなどのブラエが発見され、聖書の記載が事実であることを証明している。

今回、テルアビブ大学の発掘によって、みつかったのは、第一神殿時代の紀元前8世紀、今から2600年前と推定されるブラエで、一つは、「マタニヤフの子イカル」と彫られた青い石。

バビロンによってエルサレムが破壊されたとみられる大きな部屋の発掘現場から発見された。その場所の様相から、一般の人々の家ではなく、王族、または政府高官の場所であることがわかっている。

もう一つは、「ナタン・メレク、王のしもべ」と記された黒っぽいブラエである。ナタン・メレクは、第二列王記23:11に、ヨシヤ王の宦官の一人として登場している。

聖書は紀元前586年に、エルサレムがバビロンによって破壊されたことを記しているが、それが歴史的な事実であるということである。

https://www.timesofisrael.com/two-tiny-first-temple-inscriptions-vastly-enlarge-picture-of-ancient-jerusalem/
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