石のひとりごと:イスラム国:日本人拘束と中東事情について 2015.1.29

 2015-01-29
イスラム国に拘束されている後藤健二さんの殺害予告時時間も過ぎて、日本中が緊張に包まれていることと思う。しかし、イスラエルでは、ゴラン高原で、ヒズボラとの戦闘が発生したので、こちらの話題には手が回らなくなったようである。報道はない。

今回、イスラム国は、昨日までは後藤さんとヨルダンに拘束されているテロリストで死刑囚の交換を提示した。これは日本とヨルダンの関係に水をさすような、非常に意地の悪いものである。

ヨルダンは、数週間前に戦闘機が撃墜されたとみられ、その時にパイロットのムアス・カサスベさんを捕虜にとられている。昨夜からヨルダンが、ムアスさんの解放とひきかえに女性死刑囚の解放を準備したとの報道が入っている。後藤さんに関する情報はない。

明日の今頃までに、ムアスさんと後藤さんがそろって戻ってきていればと思うが、イスラム国がそうするとは考えにくいというのが現状だ。もし2人そろって解放されたとしたら、それは、政府が本当に大金を支払うなど裏で何かが行われたか、神の奇跡でしかないだろう。

半分欧米だが中東の一角であるエルサレムですら感じる事だが、中東は甘くない。生きるか殺されるか、基本的に強い者だけが生き残る世界である。

たとえば、イラン。日本を含む欧米諸国の考え方では、戦場には子供や女性は出さず、兵士の背後に置いて守るものだが、イランは、地雷の埋まっているところを子供と高齢者を先に歩かせ、その背後に軍隊が続く。弱いものが、強いもののために死ぬことは理にかなっているのである。

本能的にアラブ人たちは、だれが強いのかをみきわめ、右にも左にも意見を変え、自分を守るためには平気で嘘もつく。約束はあってないのも同じ。中東でのベテラン記者から、彼らが言っていることはそのまま受け取れない上、明日はまったく違うことを言っていることがあるので記事にしにくいと聞いたことがある。

これは、倫理観に欠けているのではなく、それが中東での生きるすべ、知恵だということである。

もう一つは、基本的に中東イスラムの考え方では、イスラム教徒以外には、何をしても罪意識に結びつかないということも知っておくべきである。中東、特に過激なアラブ・イスラムから見ると、仏教やヒンズーなどを信じているアジア人は、偶像礼拝者として軽蔑の対象である。殺すことになんの躊躇もない。

今回、イスラエルが、ゴラン高原で12人のヒズボラとイラン兵を殺害したが、時にはこのように先制攻撃しないと、やられてからやり返す、通常の防衛観念では、生き伸びることができないというのが中東である。

安倍首相は、国際社会に貢献する日本にしようとしていた。これであきらめてしまわず、国際社会に貢献し、尊敬される国・日本になるため、私たち国民も覚悟する時に来ているのかもしれない。
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