神殿の丘:開門へ 2017.7.17

 2017-07-17
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金曜朝、ライオン門付近の神殿の丘への入り口で、警察官2人が射殺され、犯人3人は神殿の丘内部へ逃亡をはかり、そこで射殺された事件。

ネタニヤフ首相は、神殿の丘の閉鎖を命じ、中に隠された武器がないか捜索するとともに、新しいセキュリティのシステム(金属探知機つきの検問所)の設置をはかった。その上で、48時たった日曜正午、神殿の丘への入場を段階をおって少しづつ、開放していくと発表した。

神殿の丘への入り口は複数あるが、まず日曜には、ライオン門近くの入り口のみを開ける。月曜からは、ムグラビ・ゲートを含む4つのゲートを開き、イスラム教徒だけでなく、ユダヤ人、観光客も神殿の丘へ入れるようにする予定だという。

*さきほど入ったニュースによると、月曜朝、イスラム教徒もワクフもいない中、さっそくユダヤ人が、神殿の丘へ上がったもよう。

*ワクフ:イスラムの財産管理組織のことで、神殿の丘は、ヨルダンのワクフが管理している。

旧市街への門については、金曜午後には、ダマスカス門、ライオン門以外は、解放されていた。ただし、ヤッフォ門は入り口が広く2箇所あるため、L字の門からの入り口については今も閉じられている。車両が入る方の出入り口が空いているが、柵が張り巡らされ、一度に一定人数だけが通れるようになっている。

旧市街内部は、クリスチャン地区やユダヤ地区では、店も普通に開いている。時折、ガイドに連れられた20人ぐらいのグループを見かけた。しかし、夏の最も暑い時期ともあいまってか、個人客は少なく、どこへ行ってもすいていた。

嘆きの壁から、イスラム地区に入ると、人影はさらに極端に減り、店のほとんども閉まり、10代ぐらいの男の子たちが、時折たまっているのが目に付いた。治安部隊が、要所要所に数名づつ立っている前を、時折、ばらばらと観光客が通る感じである。

<ライオン門付近の神殿の丘入り口>

日曜正午すぎに、最初に解放されたライオン門に近い入場口を取材した。先週金曜のテロ現場である。

神殿の丘への入り口から十数メートルはなれたところに、空港のセキュリティチェックのような金属探知機の門が5機備えられていた。その周囲には、かなりの数の警官、国境警備隊が、うようよと集結していた。

この神殿の丘への入り口に最も近いライオン門では、門からさらび10メートル近く手前に、柵がはりめぐらされ、数人ずつしか入れないようになっていた。そこから通された者がようやく門から中へ入り、さらに金属探知機の下をくぐるという形である。

神殿の丘入り口近くでは、まず、ムフティ(イスラム指導者)3人が、むらがる報道陣に囲まれながら、探知機に近づいてきた。しかし、背後では、「アラー・アクバル」と合唱する男性たち、「探知機を通るな」と金切り声で叫ぶ女性の声もあった。

ムフティらは、しばらく警備隊と話していたが、「イスラムの聖地にあるモスクに行くのに、イスラエルの金属探査機の下とくぐることは受け入れられない。元にもそすべきだ。」として、いったん引いたものの、探知機のない柵のところから入ろうとして、一瞬もみくちゃになった。

しかし、中で警察長官と少し話したのち、まもなく出てきた。この時、ムフティは、アラビア語で何か言っていたが、アル・ジャジーラによると、「アル・アクサ・モスクエリアを閉鎖することと、占領、祈りの妨害は正しいことではない。国連と国際社会との合意に反するものである。」と叫んでいたようである。

http://www.aljazeera.com/news/2017/07/israel-reopens-al-aqsa-mosque-compound-170716101448094.html

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ムフティらは、イスラエルへの抵抗として、神殿の丘には入らず、探知機の前で多くの男性らと並んで、そこで祈りを捧げるに至った。

きれいに並んで地べたにひれ伏して祈るイスラム男性たち、その数と同じか、もっと多い報道陣(ほとんどがアラブ系メディア)とそのカメラ。前に立っている国境警備隊、警察官たち。

並んでいる若い国境警備隊員たちの表情の中に、怯えはなかったが、「硬い表情」というのはこういうものかというような、皆一様に同じ表情で立っていた。気温はゆうに36度を超えている。日陰もない。カメラが熱くなりすぎて、一時機能しなくなるほどの暑さだった。

幸い、数分で祈りが終ると、群衆が、拳をふりあげながら、「アラーアクバル」などと叫びながら警官隊に押し迫ることも何度かあった。しかし、暑いせいか、長続きせず、どこか「一応」の感じもあり、怒り狂ったとことろまでは感じなかった。とはいえ、いつ何時、大きな暴動になるかはわからない・・・という緊張感はあった。

しかし、報道陣の数があまりにも多く、叫び声がするたびに、わーっともみくちゃになりながら、いっしょに走っている自分に、深刻な場面なののに、映画でもとっているのだろうか、本質はいったいなんなのだ・・・・という感じもなきにしもあらずであった。

なお、このごたごたの中、のちにニュースによると、今日だけで200人ぐらいが神殿の丘に入ったもようである。イスラムの祈りは日に5回。夕方にもこうしたもみくちゃがあり、一時乱闘になったようだが、幸い、特に大きな問題にはならなかった。

このような中であるが、イスラム教徒が神殿の丘に入っていないことをよいことに、閉まっている神殿の丘への扉の前で、正統派とみられるユダヤ人男性らが、はでに祈っている様子が報じられていた。いつもなら、イスラム教徒以外は近寄れないところに近寄れたからである。

明日からムグラビゲードが開いて、ユダヤ人が入れるとなると、また過激なユダヤ人が入って問題を起こすかもしれず、まだまだ油断はできないエルサレム旧市街である。

<神殿の丘から武器は発見できず>

今回、ネタニヤフ首相が、イスラム世界からの避難を覚悟で、神殿の丘を閉鎖したのは、なぜ3人のテロリストが、実弾の武器を持って神殿の丘から出てきたのかということが、大きな問題となったからである。

閉鎖してから48時間、治安部隊はくまなく神殿の丘を捜索したが、ナイフや棍棒、スタンガンといった武器はいくつか出てきたものの、今回テロの使われたような実弾の武器庫は発見できなかった。

http://www.timesofisrael.com/police-uncover-weapons-but-no-guns-in-temple-mount-searches/

しかし、テロリスト3人がライフルと小銃を持っていたということは、神殿の丘を管理するワクフが関係している可能性があるとして、警察はこれまでに、神殿の丘での説教を担当しているエルサレムのムフティと、ワクフメンバー3人を一時連行して事情聴取した。(すでに釈放すみ)

また、これまでに、ムスリム同胞団(ハマス関連)と関係があるとみられ、解散させられている北部イスラム組織関係者や、犯人の在住地などから8人が逮捕されたもよう。

http://www.timesofisrael.com/police-uncover-weapons-but-no-guns-in-temple-mount-searches/

昨年、ヨルダンは、”イスラエルの暴力”をキャッチするためとして、神殿の丘にくまなく隠しカメラを設置することを提案したが、パレスチナ人が拒否したため、この計画はキャンセルとなった。

イスラエルが、パレスチナ人らが、神殿の丘に武器を隠しているのではないかと怪しむのも無理はないだろう。

<イスラエル国籍アラブ人社会からの反応>

今回のテロリスト3人は、イスラエル北部ウム・エル・ファハン在住、イスラエル国籍を持つアラブ人だった。皮肉にもテロの犠牲になったのは、ユダヤ人ではなく、同じ北部在住、少数民族のドルーズの警察官だった。

ネタニヤフ首相は、怒りをこめて、この3人の葬儀のために設置されたテントを排除するよう指示。金曜、大勢の治安部隊が、ウム・エル・ファハンに出向き、この指示を実行した。

イスラエルの治安維持相エルダン氏は、今後、同じようなテロが後に続かないようにするためにと、テロリストの実家を破壊することを検討していることを明らかにしている。

http://www.timesofisrael.com/minister-mulls-home-demolitions-for-arab-israelis-after-temple-mount-attack/

今の所、3人と大きな組織との関連は出てきておらず、過激イスラムに洗脳された単独犯である可能性が高いが、3人のうちの1人は、まもなく結婚することが決まっていたという。

テロリストの家族たちは、「こんなことをすると知っていたら止めていた。」「家族を破壊する行為だ。」と、まったく予想もしていなかったことだったと語っている。

ウム・アル・ファハンの市長は、「これは3人の単独行動であり、街全体の意思ではない。我々はショックを受けている。」と語っている。葬儀のテントの排除するよう指示されると、家族もすぐに従ったという。市民の多くも、暴力には反対するとの意見を述べている。

しかしながら、ウム・エル・ファハンには、昔から、「アル・アクサが危機にある。」という言葉をスローガンに、イスラエルに反抗する伝統がある。数年前にイスラエルが、北部イスラム組織を解体して以来、この動きはなくなったが、今後、この3人に影響され、再びこの運動が蘇ってくる可能性もある。

今回のテロ事件について、イスラエル・アラブ少数民族を代表する統一アラブ正統派は、なかなか意見がまとまらず、明確にテロを非難する声明をすぐに出さなかった。2日目になってから、アイマンン・オデー氏が、暴力を批判すると同時に、神殿の丘を閉鎖した政府を批判すると述べたが、リブリン大統領はこの対応を厳しく批判した。

<アラブ世界からの反応>

今回のテロは、神殿の丘という非常に難しい場所で発生したため、対応によっては第三インティファーダや、アラブ世界からの攻撃の的になる可能性があった。

ネタニヤフ首相は、テロ事件発生後、すぐにパレスチナ自治政府のアッバス議長、ヨルダンのアブダラ国王、エジプトのシシ大統領に電話をかけ、イスラエルは、「現状維持」の合意を変えるつもりはないと強調した。

アッバス議長は、テロ事件は非難したが、ファタハはその後もテロを扇動する活動を続けている。

ヨルダンのアブダラ国王は、特に聖地でのテロを厳しく批判。神殿の丘は直ちに解放すべきだと抗議したが、同時に治安を乱す者は入れないようにしなければならないとも語った。

しかし、国王の声明に反し、ヨルダンでは土曜、アンマンで、数百人が集まって、神殿の丘閉鎖への激しい抗議デモを行った。さらに日曜には、ヨルダン議会が、テロリスト3人を殉教者と呼び、議会全体で祈る時を持ったとのこと。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4990054,00.html

アラブ連合は、イスラエルが神殿の丘を占領し、現状維持を破ったとして厳しく批判すると表明したが、各国から個別の声明はないが、サウジラビアなどのメディアでは、ダビデの星にみたてた悪魔が、神殿の丘にかぶりつく風刺画をのせるなどの動きがみられた。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989931,00.html

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写真出展:Ynet news

<今後の懸念>

イスラエルはまだ神殿の丘を閉鎖、その管理を手中に収めたままとなっている。1969年以来の光景だという。今回のできごとは、確かに、イスラエルは、神殿の丘を制覇しようとおもえば、いつでもできるということを証明したようなものである。

もし、この状態が長引けば、アラブ人の間に、だんだん、「イスラエルがアル・アクサ(神殿の丘)を支配する。」という意識が高まり、テロから国際批判にまで高まる可能性がある。

神殿の丘に入るのに金属探知機を通る形は、イスラエル国内からも批判がある。たとえていうなら、教会への入り口に仏教徒の治安部隊が金属探知機を並べ、日曜礼拝にくる人々全員をボディチェックするようなものである。暑い中、馴染みの自分の教会に入るのに長い列をつくって待たなければならない。

日本人は従順なので、治安のためといえば、文句はいわないかもしれないが、アラブ人はそうはいかない。これは異教徒による、侮辱でしかない。実際、この新しい治安策に反発して、神殿の丘が開いたにもかかわらず、イスラム教徒は祈りに来なくなっている。来なくてもすんでいるのではなく、怒りをためこんでいるということである。

もっと別の方法をとることも考え、早期に以前の形に戻さなければならないだろう。

一方で、今後ユダヤ教右派たちが、さっそくに神殿の丘周辺に祈りに来たことも驚きだった。今後、彼らがどう出てくるのかも気になるところである。
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