神殿崩壊記念日:ユダヤ人1000人以上神殿の丘へ 2017.8.2

 2017-08-02
神殿の丘での紛争が、とりあえず一段落かと思われてからわずか5日後、エルサレムでは神殿崩壊記念日を迎えた。ユダヤ歴でアブの月の9日、テシャベアヴと呼ばれる日である。

この日は、ソロモンが建てた第一神殿、ヘロデが増改築した第二神殿が、それぞれバビロン、ローマ帝国に破壊された日と言い伝えられている。さらに、この日は、神殿崩壊以外にもスペインからの追放やホロコースト関連など、様々な悲劇がユダヤ人を襲った日と言われている。

敬虔なユダヤ教徒は、断食しながらこれらを思い出し、バビロン捕囚の時にエレミヤが書いた哀歌を読みつつ、神の前に出る。

しかし、嘆いてばかりではない。神の前にへりくだるとともに、ユダヤ人としての使命にあらためて目覚め、立ち上がる日でもある。そういうわけで、この日、勢いがつくのが、2度も破壊された神殿をもう一度再建する、すなわち、第三神殿への夢である。

<神殿の丘へユダヤ教徒1000人以上入場>

毎年この日には、第三神殿を立てようとする右派たちが神殿の丘へ上がろうとする。

2年前には、この一派たちの動きが活発となり、パレスチナ人に間で、「ユダヤ人が神殿の丘を取りに来る。」という噂が流れ、パレスチナ人らが、神殿の丘のアルアクサモスクにたてこもり、治安部隊と大きな衝突となった。

今年は、この2週間の神殿の丘騒動で、パレスチナ人が神殿の丘へ入ることを拒否し、一時神殿の丘がからっぽになったが、これを見た右派のユダヤ教徒たちが、この時とばかりに丘へあがり、祈りをささげたりした。

結局、イスラエルはイスラム側の要求を全部飲む形で収まったが、右派たちの間では、「神殿の丘は本来、ユダヤ人の聖地のはずなのにイスラムに譲歩している。」との不満が一段と高まったようである。

また、イスラム教徒の入り口では、金属探知ゲートは撤去されたが、ユダヤ人の入り口には、相変わらず金属探知ゲートがあることからも、不満を訴えている。*ただしこのゲートは、ユダヤ人以外の不特定多数、観光客も通るため、必要は理解していると思われる。

ユダヤ教ではその足が踏むところが所有になるという考え方もあり、一部の右派ラビたちからは、より多くのユダヤ人は神殿の丘へあがるよう呼びかけもあった。

そういうわけで、今年、8月1日(火)のティシャベアブの朝、神殿の丘へ上がったユダヤ人は、小さな子供達も含めて1263人。1000人を超えたのは、1967年の六日戦争以来だという。

神殿の丘へは、通常、聖書、祈祷書などの持ち込み、また構内での祈りやおじぎも禁止されている。今日1日の入場で、このルールに違反したユダヤ人数人が神殿の丘から連れ出され、また、アラブ人と喧嘩しそうになったユダヤ人とそのアラブ人も外へ連れ出された。

ムグラビゲートでは、中に入れてもらえないいかにも入植者風のユダヤ人たち数百人が、外に押しかけていた。

神殿の外では、右派グループと治安部隊(双方ユダヤ人)がぶつかり、右派らが逮捕される1幕もあった。それ以外はおおむね平和に終わっている。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4997312,00.html

*政府公認の正統派ユダヤ教は、ユダヤ人の神殿の丘への入場を禁止

イスラエル政府直轄のユダヤ教正統派チーフラビは、神殿再建推進派を認めていない。神殿は、人が建てるのではなく、神ご自身が建てるのであり、その時には、大きな問題は発生しないはずだと考えている。

また、現段階において、ユダヤ人は、神殿の丘へ入るべきでないと指導する。至聖所がどこにあったのかがまだ正確に特定できないため、一般人が、大祭司しか入れない場所にうっかり足を踏み入れて、その場を汚す可能性があるからである。

右派は増えてきてはいるものの、イスラエル全体としては、神殿推進派は、まだ少数派である。。。が、行動が派手なのでメディアが注目することになっている。

●CGNTVJapan オリーブ山便り「神殿の丘と第三神殿」*2015年8月作成。今と様子はほぼ同じなのでご参照ください。
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=2751&category=1079 *#80をクリック 

<嘆きの壁は超満員>

神殿の丘での衝突があったばかりだが、それでもティシャベアブのはじまり、1日の日没後には、ユダヤ人たちの群衆が嘆きの壁を訪れた。イスラエルは、治安部隊を増強するとのことで、要所には必ず警察が立っていたが、目立つほどではなかった。

夜中12時ごろ、旧市街にいたが、小さい子連れも含めて、まだまだ入ってくる人が大勢いた。あまりの群衆で、西壁から出る道路は超渋滞。ほとんど動かない状態だったので歩いて街までいかざるをえなかった。テロなど誰一人恐れていない様子である。

嘆きの壁に面するエシュ・ハトーラーというユダヤ人組織の建物では、ディアスポラの若者たちが集会を行っていた。

ティシャベアブは、「ユダヤ人とは何か」をユダヤ人自身が考える時でもある。特にディアスポラの子供達は、自分がユダヤ人であるということをしっかり自覚することに問題がある。

集会では、どうみてもヒッピーの若い青年が、真ん中に立って、「自分はユダヤ人であるということが嫌で、無神論者になった。自分は自分が嫌だった。しかし、ある時に、不思議に神に触れられたと思うが、涙が止まらず、イスラエルに行かなければと思って今ここにいる。」と泣きながら体験を語っていた。

旧市街を眺望するプロムナード(遊歩道)でも、多くの市民たち(右派でない一般人たち)子供やユースグループ、高齢者たちなど老若男女が、地元シナゴーグのラビなどに導かれ、旧市街を眺めながら哀歌を朗読した。

そのプロムナードと旧市街の間には、谷があり、パレスチナ人の居住区が広がっている。ユダヤ人たちが、哀歌を静かに朗読していると、突然、「アラー・アクバル」と、イスラムの夜の祈りが、拡声器で、谷中に響き渡った。

怒りではなく穏やかなイスラムのしらべにのせた祈りである。例のごとく、イスラムの祈りは、5分もしないうちに終了し、なんの影響もなかった。結局のところ、暴力さえなければ、両者はけっこう共存しているのである。。。

この他、ティシャベアヴ開始の月曜夜には、”Women in Green”という右派グループが、今回23回目となるテスアベアヴのマーチ、つまりは、エルサレムはイスラエルのものであると主張するマーチを行った。さすがに今年は、ダマスカス門を通るルートは禁じられたが、終点は、ライオン門周辺だった。

参加した女性は、「今回の事件(神殿の丘問題)で、結局イスラエルには、まだエルサレムの主権は持っていないということが明らかになった。イスラエルの警察官2人、市民3人が虐殺され、神殿の丘にも入れない。まだまだやることはある。」と語った。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/233236
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