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イスラエル建国70周年:100周年にむけて 2018.4.21

 2018-04-21
ホロコースト記念日(12日)に続いて、戦没者記念日(17日)、建国記念日(18日)が、懸念されていたテロも戦争の勃発もなく、つつがなく終了した。市民たちは、今年もバーベキューを楽しみ、国をあげて70年を振り返り、あらためて国があることへの感謝を新たにしていた。

<人口統計:総人口884万2000人>

恒例の人口統計だが、今年のイスラエルの総人口は、中央統計局によると、昨年より1.9%、16万3000人増えて、884万2000人。建国時人口が80万6000人であったことから、70年で11倍になったということである。

昨年からの増減の内訳は、新生児が17万7000人。4万1000人が死亡。新移民は2万8000人だった。驚くべきことに、この70年で、イスラエルが受け入れた移民は約320万人だという。このままでいくと、2048年(100周年)には、1520万人になる見通しである。

しかし、イスラエルはユダヤ人だけの国ではない。総人口のうちのユダヤ人の割合は、74.5%で658万9000人(全世界のユダヤ人の43%)。アラブ人は20.9%で184万9000人。

平均寿命は、男性が80.7歳、女性は84.2歳。どちらも2000年からすると4年も伸びた。結婚平均年齢は、男性が27.6歳、女性が25.2歳。

http://www.jpost.com/Israel-News/As-Israel-celebrates-70th-birthday-population-grows-to-8842-million-550054

戦争やテロでストレスの多い国と思われているが、多様で人間関係が複雑でないせいか、イスラエル人は今年も自分が幸せだと感じると答える人の多さでは、世界11位。北欧やオーストラリアなどほとんど戦争がない国々に並んで高順位である。

https://www.timesofisrael.com/israel-is-11th-happiest-nation-in-the-world-for-fifth-year-in-succession/

建国70年を迎えた今、イスラエルは次の準備に入るという。これからの人口の増加に備えて、いよいよ北部、南部を開拓しなければ、住む場所がないのは明白である。建国100年を迎えるイスラエルはどうなっているのか。30年ぐらいすぐである。

http://www.jpost.com/Israels-70th-anniversary/Israel-at-70-Looking-ahead-at-the-next-chapter-in-Israels-history-551278

<17日戦没者記念日>

今年、1860年*からの戦死者、テロ犠牲者として数えられた人は、23645人。昨年から治安関係戦死、殉職者は71人、テロ被害市民12人がリストに加えられた。最後は、3月に旧市街で殺害されたアデリエル・コールマンさん(32)4人の父親の名前である。

国防省によると、イスラエル国内在住で、従軍中の子供を失った両親は、8929人。兵士であった夫を失った夫人は4849人。兵士の父を失った子供達は数え切れないほどいる。

テロで親を失った子供たちは3175人。うち、両親ともに失った子供たちは114人。夫を失った夫人は822人。子供を失った両親は926人。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5229185,00.html

*1860年というのは、ユダヤ人が、エルサレム旧市街から外へで始めた年で、すなわち近代イスラエルの始まりと考えられる時点以来の数。独立戦争の犠牲者は約6000人を含む。

①イスラエルの悲しみと国あげての墓参り

戦没者記念は、毎年、前日日没後のサイレンが全国に響き、黙祷して始まる。リブリン大統領、エイセンコット参謀総長が、嘆きの壁で公式の点火式を行い、戦没者記念日の開始となる。

今年、大統領とともに点火したのは、まだ幼い時に父を戦争で失い、父を知らずに育ったという女性兵士だった。

小さい頃から、人々が父親のことを話してくれたが、自分だけはまったく父を知らないということに痛みを感じてきたこと、また自分も兵士になった今、特に父にいて欲しかったとその心の痛みを語った。

リブリン大統領は、点火式のスピーチで、「遺族に面会するとき、いつも「沈黙」の交換になるような気がする。」と語り、イスラエルは国として、優秀な国民を失ってきたという痛みを抱えていると語った。

嘆きの壁以外でも、各地、各地域で、戦没者を覚える集会が行われた。だれかの演説があるわけでもなく、ただ戦没者の名前がスクリーンに映し出され、静かな歌でつないでいく。だれがリードするわけでもないのだが、人々がひとつになっている。

こうした集会には、家族に犠牲者がいる人に限らず、国民として参加している。テレビでも同様に、丸一日、戦没者の名前と写真が挙げられ、時々戦争のドキュメンタリーが流された。

今回、特に教えられたことは、息子を失った親たちの喪失の深さだった。

イスラエルの親たちが最も恐れるのは、息子が従軍していった後、自宅にやって来る3人の上官たちだという。イスラエル軍は、訃報の知らせをこのような形で家族に伝えるのである。3人の上官が来た・・・これは息子がもう二度と戻ってこないことを意味する。この国はこのようにして、今建国70年を迎えているのである。

戦没者記念の集会では、失われた人それぞれのエピソードと、その死によって家族が今もその中にある悲しみを短いアニメ映像にして、悲しみを分かち合っていた。この悲しみはおそらくイスラエルのユダヤ人にのみわかちあえる深い深い悲しみであろう。

アニメクリップ Gates of heaven他 :https://www.youtube.com/watch?v=ziM5q0yetfw

夜が明けると、人々は戦没者の墓へ行く。戦没者墓地は、各地にあるが、最大はエルサレムのヘルツェルの丘。

朝11時に行われる記念式典に合わせて、群衆が一斉に押しかけるため、町からヘルツェルの丘への路面電車は、増便しているにもかかわらず、ぎゅうぎゅう詰めの超満員。日本の朝の通勤列車なみだった。

ドアが閉まらないので、停車駅で10分以上、電車が立ち往生もしばしばであった。ひんしゅくながら、ホロコースト時代、家畜移送用の列車に100人以上つめこまれ、窓もほとんどなし。この状態で、しかも水なし、食料なし、トイレなし。途中で死んだ人も一緒に立ったままで移送されたユダヤ人たちがいたことを思い出した。10分でも耐えがたのに、1週間もこの状態・・・まさに耐えがたいを通り越した苦難であったことを思わされた。

ヘルツェルの丘に入ると、文字どおり群衆で動けないほどだった。現役の若い兵士が一人づつ家族とともに戦没者の墓に着きそうことになっている。墓がみえないほどの群衆が、不動の姿勢で墓の周りに立ったまま、スピーカーから流れてくる式典の祈りやカドシュ(祈りの歌)聞いていた。最後はハティクバの合唱で終わる。

戦没者の墓には埋葬されている人の詳細が彫り込まれている。ほとんどが18歳から30歳までになくなっている。「これは僕の兄」とか「僕のおじ」と教えてくれる人もあった。軍服の兵士が一人で静かに墓の前に立っている姿もあった。大切な友を失ったのだろう。

ユダヤ教では、普段は小さな石を墓の上に置いていくのだが、この日ばかりは、墓石に水をかけたり、花束を置いていく。墓地全体が、イスラエルの旗と花でいっぱいになっていた。

②戦没者、従軍兵士への敬意

こうした戦死者やその家族に、国とイスラエル軍は最大の敬意を払っている。同時に今、従軍している兵士とその家族にもである。

大統領官邸では、建国記念日の朝、リブリン大統領、ネタニヤフ首相、リーバーマン大統領、エイセンコット参謀総長が、勢揃いする中、よい働きをした兵士たちに、家族も招いて、表彰状を授けることになっている。その様子はテレビで全国にも放送される。

2年前に、アメリカからボランティアでイスラエル軍に従軍したというサギー・マチュー・マドニックさん(25)のお話を伺うことができた。サギーさんは、医療部隊に配属され、現在、ゴラン高原で、シリアとの国境で、シリア難民を病院へ搬送する救急隊のような働きをしていいる中で、今年、表彰を受けることになった。

サギーさんは、いわゆるローンソルジャーとよばれる単独、従軍目的でイスラエルに移住したユダヤ人である。表彰のこの日は、アメリカからご両親がかけつけていた。

サギーさんは、「日本は、戦う必要がないので、従軍したくない人はしなくてもいいと思う。でも、イスラエルは、戦わなければならない。だからその役割を担う必要があると思った。」と話す。

アメリカのご両親によると、サギーさんは一人息子。心配だし、イスラエルで何かあるとすぐにニュースをチェックするが、息子の働きには、敬意を表していると言われていた。

<70回目独立記念日>

戦没者記念日が日没を迎えると、戦没者記念を行ったヘルツェルの丘では、一気に祝いムードに早変わりする。今年も盛大に70周年記念の記念式典が行われた。今年は、シナイ山の麓にいる舞台セッテングで、イスラエルの歴史がダンスや歌で表現された。

https://www.youtube.com/watch?v=tRrfEorBIHQ (式典ハイライト)

記念式典が終わると同時に、盛大な花火があがり、深夜すぎまでビーチパーティや、ストリートパーティが続いた。今年は、例年より街で騒ぐ人の数がいつもより少ないような気がしたが、気のせいだっただろうか。。

夜があけて、昼過ぎになると、ファミリーが、いっせいに公園などでのバーベキューに出てくる。夏日和といえるほどの暖かさの中、子供達もはしゃぎまわっている。「アイスはいかが〜キャンデーはいかが〜」と売り歩く若者たちもいる。

その上空でイスラエル軍パイロットによる航空アクロバットが披露された。これもイスラエル独立記念日の風物詩だが、なんとも平和そのものの光景であった。

この他、国立公園、博物館など、各地で様々なイベントが行われ、どれに参加するのか、選ぶのが難しいほどである。筆者などは、二兎を追うもの一兎をも得ず状態であった。。。

独立記念写真:http://www.jpost.com/Israel-News/IN-PICTURES-Israelis-celebrate-the-Jewish-States-70th-birthday-551228

<近代イスラエルにあまり興味のない超正統派は。。?>

世俗派とは一線をおく超正統派ユダヤ教徒だが、イスラエルの民主主義研究所の調査によると、建国記念日を祝うべきと考えている人(18−24歳)はわずか17%であった。この数字は年齢が高まるについれて高く、55歳以上では23%となっていた。

余談になるが、ホロコースト記念日については、彼ら自身も被害を受けたせいか、若干、喪に服すと答えた人は多くなっているが、それでも34%にとどまっている。

https://www.timesofisrael.com/poll-only-17-of-ultra-orthodox-celebrate-independence-day/

<アラブ人は。。。?>

イスラエルがユダヤ人の国として建国記念日を祝うのだが、国民の約25%、4分の1はアラブ人である。彼らの祖父母たちは、イスラエルと戦い、そして敗北した人々である。イスラエルが国をあげて建国記念日を祝うこの日、イスラエルにいるアラブ人はどう思っているのか・・

「ナクバ(破滅)の日」と称してイスラエルへの敵意を記念したアラブ人や、逆にユダヤ人とともに、この日を過ごしたアラブ人もいたが、一般大衆のおおむねの反応は、沈黙、無視である。

イスラエルは国民の祝日で、学校も役所も祭日だが、アラブ人ばかりの学校はこの日も授業ありだった。アラブ人の学校では、この日がなんの日なのかも教えず、ただいつもの1日としてすごす。

建国記念日の朝、大統領官邸までタクシーに乗ったが、運転手は東エルサレムのパレスチナ人だった。独立記念日の夜深夜勤をしていたらしい。夜中中、タクシーを運転して、祝いこんでいたユダヤ人を家に送り届けた。

この日は、どう思うのか聞くと、「エン・マアラソット(まあしょうがないよ)。」との返事。気に入らないが、食べていかなければならないし、とりあえず無視するということらしい。

そういうこの運転手との会話は、イスラエルの言葉ヘブライ語である。「アラビア語も学んでね。」と言われたが、ヘブライ語をマスターしている東エルサレムのパレスチナ人は、半分イスラエルの住民なので複雑だろう。

こうしてみると、建国記念日は国をあげての祝いであるようで、実はそうでないというのもまた現状のようである。

<建国70年の意義と祈り:イスラエル在住牧師よりの示唆>

建国70年を迎え、その聖書的意義と、これからどのように祈るのか。福音派のメノー・カリシャー牧師と、聖霊派で祈りの家スカット・ハレルを導くリック・ライディング牧師に示唆を伺った。

1)メノー・カリシャー牧師(エルサレム・アッセンブリー)

建国70年を迎え、今年何か特別なことがあるかどうかはわからない。しかし、今、シリアをロシアとイランが支えている様子から、ゴグ、マゴグの終末の形が整いつつあることは間違いない。聖書は神のものであるから、必ず聖書に書いてある通りになる。

聖書によれば、世の終わりに完全な平和が来るが、その前にまずは恐ろしい時代がくと書いてある。地上の3分の1から2、つまり40億人が死ぬことになる。しかし、ノアの箱船の際、ノアたちは前もって救われた。ここに神の原則がある。

政治的なことは神の領域であり、私たちの手のうちにはない。しかし唯一の救いの道である福音を伝えること。これが、我々にできることであり、するべきことである。

イスラエルのために異邦人が祈るとすれば、イスラエルの救いである。またキリストの体の健康のために祈ってほしい。私たちが時を読み、キリストからぶれずに、福音を伝えられるように祈ってほしい。

2)リック・ライディング牧師(スカット・ハレル:IHOP祈りの家)

①70年の意味

イスラエルが約束の地に戻ってくるのは、近代イスラエルの建国で3回目になる。3は完全をさす数字なので、今回はアモス9:15がいうように、”二度と引き抜かれない”帰還にあたると考えている。

また70年という数字には意味がある。バビロンからの帰還が70年後であったように、70という数字が意味するところは解放、自由である。イスラエルは、今、約束の地から流浪していた時代からはっきり抜け出たということである。

70は、聖書によれば、モーセが70人の長老を選んだように、増殖の意味がある。建国70年を迎えたイスラエルは今、人口が増え、経済も発展し続けている。移民も来ているし、スタートアップで技術力も向上している。

イスラエルのための祈りは、今、物理的に帰還を果たしたイスラエルが、霊的に帰還することを祈るということ。国々に対して恥じることもなく、主の祝福を100%よろこぶこと。そうしてイスラエルの霊的な解放(救い)を祈る時である。

②時が引き延ばされるようにとりなす

世の終わりには、イスラエルに大きな戦争があると描かれている。その時が来れば、神はそれをゆるされる。それからキリストの再臨となる。これを妨げようとするサタンは、まだ時でない時に、イスラエルを巻き込む大きな戦いを起こそうとしている。

ここ数年、ロシア、トルコ、ペルシャであるイランが表面化してきて、この数ヶ月の間に大きな中東戦争になると言われている。しかし、今、中東地域では、多くの若者たちが救われている。今は収穫の時であってまだ終わりの時の戦いの時ではない。

第一次世界大戦の始まりに、収穫の時があった。イギリス、フランス、ドイツなどから宣教師が派遣されようとしていたのに、サタンは世界戦争という手でその機会をつぶしてしまった。だから同じことが起こらないようにしなければならない。

黙示録10:10に、「もう時が引き延ばされることはない。」と記されているように、その時までに何度か戦争が引き延ばされるということが示唆されている。私たちは、まだ時ではないのに、大きな戦争を起こそうとするサタンの働きに対し、時が引き延ばされるよう、祈らなければならない。

今、イスラエルの南部や北部で、小さな衝突が起きているが、まだ大きな中東や世界戦争になる時ではない。その前に、中東と世界中で大きな収穫の時があるはずだ。

*実際、何度も戦争のうわさがメディアを飛び交っているが、その度にとどめられているという流れが続いている。

③主に日々つながることの意義

イエスが来られたとき、シメオンとアンナは、それをはっきり示された。時を定めているのは、サタンではなく、神である。従って、私たちが日々、神に祈っているなら、私たちにはその時がわかるようになるはずである。

<石のひとりごと>

今年の建国記念日は、イスラエルのユダヤ人たちが今もなお支払っている犠牲について多く考えさせられた。この深い悲しみはユダヤ人にしか共有できないものである。その苦しみの上にある建国70周年の喜びもまた、彼らの間でのみ理解しあえる喜びだろう。

生きていくために、みずから子供たちを犠牲にしなければならない国。彼ら自身の神が背後におられるのにそうなのである。

それでも生きている間、せいいっぱい楽しんで生きる。それがイスラエルであり、ユダヤ人なのである。イスラエルという国と神との関係は、愛などと安易に言えるものではないほど深いことを思わされた。

ホロコースト、そして戦没者記念日を取材し、外国人である自分の立っている場所がないことを改めて実感した。

こうした中、異邦人としてその使命を、エルサレムでしっかりと果たしておられるライディング牧師の働きとその実に柔和な人柄にも感動した。ビザは不思議に与え続けられているし、祈りの家は、窓から神殿の丘とオリーブ山を見渡す絶景の場所にある。おそらくエルサレム一素晴らしい眺めだ。主が召された働きであることは明らかである。

このミニストリーでは、トルコやエジプトなど中東全域にいるアラブ人たちの祈りの家とも連絡をとり、イスラエルだけでなく、世界も視野に、とりなしを行っている。イスラエルと異邦人クリスチャン。主はそれぞれに立ち位置を与え、終わりの時に向けて時代を動かしておられるようである。
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
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