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ガザ・イスラム聖戦との外科的近代戦:黒帯作戦は50時間で停戦へ 2019.11.14

 2019-11-14
12日早朝、イスラエル軍は、ガザのイスラム聖戦最高指導者バハ・アブ・アル・アタル(42)を、5人の家族、親族とともにいるところを空爆で暗殺。イスラエル軍はこの時同時に、シリア(ダマスカス)にいたイスラム聖戦のもう一人の指導者アクラム・アル・アジョウリも暗殺した。

この直後から、ガザのイスラム聖戦が、イスラエル南部からテルアビブ近郊にいたる広範囲地域に向けたミサイル攻撃が始まった。イスラエルは激しい反撃を予想していたかのように、12日は、イスラエル南部だけでなく、テルアビブにも学校やビジネスを休止させ、市民には自宅待機とさせた。

<イスラエルへのミサイル350発以上>

12日、ガザからの攻撃は190発を超えた。その後、夕刻から約7時間の静寂があったが、13日早朝6時から再び、ガザからのミサイル攻撃が始まった。13日夕方までに、ガザ周辺からイスラエル南部地域、アシュケロン、さらにはテルアビブに近いレホボト、エルサレムに近いモデイーンなど、イスラエル中部地域にまで向けて発射されたミサイルは、350発にのぼった。

ミサイルの90%は迎撃ミサイルシステムのアイアンドームが撃墜。残り10%のうち60%は計算通り、住民のいない空き地に着弾し、その残りが、スデロット、アシュケロンの民家を直撃した。

これにより12日、アシュケロンで女性1人が軽傷。13日には、アシュケロンの高齢者ホームに着弾し、女性(70)が、中等度の負傷となった。この他、数十人が軽傷を負った他、ショックで手当てを受けた人もいた。物的な被害は出ているものの、イスラエル側に重篤な人的被害は出ていないといえる。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/271613

写真:直撃を受けてキッチンの天井に大きな穴があいた家(ネティボット:ガザ周辺):住民のバットシェバさんらは、2回目のサイレンでシェルターに入っていて無事だった。なお、テロで被害を受けた家の修理は、通常は、100%国がカバーする。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5623889,00.html

*余裕!?イスラエル人の様子

ミサイル攻撃は、イスラエルでは珍しいものではない。しかし、昔と違い優れた迎撃ミサイルがあるので、人々も昔のようではなく、余裕でシェルターなどへ避難しているようである。13日には、イスラエル南部以外は学校も再開した。

今は旅行のハイシーズンで、旅行者もテルアビブ地域にかなり押し寄せているが、大きなパニックはない。むしろ、迎撃ミサイルの撃墜をカメラに収めようとする観光客もみられる。ベン・グリオン空港も通常の運行を続けた。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5624786,00.html

ビデオ:南部の子供たち:子供たちがパニックにならないように導く幼稚園や家庭の様子

https://www.mako.co.il/news-military/2019_q4/Article-9e60be53be56e61027.htm?sCh=31750a2610f26110&pId=173113802

ビデオ:レホボトで結婚式中にサイレンがなり、新郎新婦と客たちも、シェルターに避難しているが、余裕の様子のイスラエル人たち

https://www.mako.co.il/news-military/2019_q4/Article-0ee952c4fb66e61027.htm?sCh=31750a2610f26110&pId=173113802

<イスラム聖戦幹部・軍事拠点への反撃:イスラエル軍>

イスラエル軍は、慎重にガザの市民に被害が出ないよう、イスラム聖戦の拠点と武装関係者だけを狙う空爆を続けた。やられたら、きっちりやり返すという反撃で、「そちらがやめたらこちらもやめる」という原則を暗示するとともに、幹部のピンポイント攻撃を行うことで、停戦を促す作戦をとった。

この反撃中、アブ・アル・アタルに加えて、イスラム聖戦ガザ部隊司令官カリッド・ファラージ(38)、ロケット部門司令官ラスミ・アブ・マルハウスが死亡した。(イスラエル軍報告)。

https://www.timesofisrael.com/palestinians-say-family-of-6-killed-in-apparent-israeli-strike-on-home-in-gaza/

ガザによると、13日までにイスラエル軍の攻撃で死亡したパレスチナ人は32人。イスラエルは、そのほとんどが、イスラム聖戦幹部やメンバーと主張しているが、ガザからの報告では、両親と子供という一家6人全員を含む13人の市民が空爆の犠牲になったと主張する。これについて、イスラエル軍のコメントはない。

注目されたのは、ハマスの出方であった。今回、イスラエルの攻撃対象はイスラム聖戦に限られているが、今後ハマスが加わってくるかどうかで、イスラエルも大規模な戦争に発展させるかどうかを決断しなければならなくなる。しかし、最後までハマスは戦闘には参加しなかった。

またイスラム聖戦がイランの支援を受けるシーア派組織であることから、北部ヒズボラが、この事態に便乗してくる可能性も懸念されたが、それも避けられたようである。

<14日5時30分停戦合意へ:イスラム聖戦の方から停戦条件提示>

衝突が始まって間もなく、エジプトと国連が停戦への仲介を開始。イスラム聖戦は、12日中は、「まだアル・アタルの血が乾いていない。」として、停戦には応じない構えを見せた。

しかし13日になり、イスラム聖戦側から、イスラエルが直ちに幹部へのピンポイント攻撃を停止するなど、複数の停戦条件を出し、仲介のエジプトが、14日朝午前5時30分から停戦との合意に至ったと伝えた。戦闘が始まってから2日後のことである。

合意内容には、毎週金曜の国境デモにおいてもイスラエルが攻撃を停止することも盛り込まれており、イスラエルがどこまで合意したかは不明。また、合意時間より後の午前6時の時点で、その後正午ごろもまだイスラエルへのミサイル攻撃があったので、有効かどうかは今後の動きを見るしかない。

ただ、14日、イスラエル南部では、少しづつ学校が再開されるなどの動きが始まっているので、合意に至ったことは間違いなさそうである。

https://www.timesofisrael.com/gaza-ceasefire-between-israel-islamic-jihad-in-effect-from-5-30-a-m/

結局のところ、迎撃ミサイルが威力を発するので、いくらミサイルで攻撃しても、イスラエルへの被害は最小限である一方、イスラム聖戦へのダメージはかなり大きいわけである。ネタニヤフ首相は、イスラム聖戦の方から停戦を出してきたことから、今回は、イスラエルの作戦勝ちだとの認識を語った。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/271640

イスラエル軍も、50時間で、イスラエルの目標は全部達成できたと高く評価し、この作戦を「ブラック・ベルト(黒帯)」と名付け、作戦は成功したと発表した。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/gaza-news/IDF-confirms-ceasefire-with-Palestinian-Islamic-Jihad-607828

<なぜ今ハバ・アブ・アル・アタル暗殺したのか:イスラム聖戦とは?>

今回の紛争は、イスラエル軍がイスラム聖戦のハバ・アブ・アル・アタルを暗殺したことから始まっている。イスラム聖戦は、ヒズボラと同様、イランの支援を受けて活動しているテロ組織(アメリカがテロ組織に指定)。特にアブ・アル・アタルはイランとの調整役として知られていた人物である。

ガザ市民への公的責任を一応にも負っているハマスと違い、イランの支持の元、ただただイスラエルを攻撃すればよいだけのイスラム聖戦は、イスラエルにとって非常に危険な存在であった。イスラエル軍によると、アブ・アル・アタルは、ここ数ヶ月の間のイスラエルへのテロを計画、指示しており、今後のテロも計画していたという。

また現在、イスラエルは、ガザへの全面介入を避けるため、ハマスに上手にガザを治めてもらうことを目標に、エジプトを介して、ハマスとの交渉を水面下で行っている。この間、アブ・アル・アタルは、イスラエルへの攻撃を実施して、両者の交渉を妨害してきたのであった。

今回、アブ・アル・アタルを暗殺することで、イスラム聖戦の動きを制すると同時に、それへの反撃に反撃する形で、イスラム聖戦が持つ武力に打撃を与えておくことは、イランの脅威を削ぐことにもつながる。イスラエルにとっても大きな益であった。

イスラエルとっては、大きな外科的作戦ではあったが、政府、軍、リブリン大統領からも成功したとの評価になっている。

https://www.timesofisrael.com/as-rockets-paralyze-half-the-country-was-assassinating-abu-al-ata-worth-it/

しかし、一方で、イスラム聖戦が弱体化することは、結果的に、そのライバルであるハマスを強化することにもつながっていく。

ハマスへの徹底的な攻撃ではなく、逆にハマスを助けることになるような方針を続けるネタニヤフ首相に反発して、昨年末、防衛相を辞任したリーバーマン氏(イスラエル我が家党)は、今回の衝突についても、「実質、ハマスへの敗北だ。」と、痛烈な批判を出した。

https://www.timesofisrael.com/this-is-actual-surrender-liberman-assails-netanyahu-for-hamas-policy/

*ハマスとイスラム聖戦の違い

ハマスとイスラム聖戦は、かつては両者ともにイランの支援を受けていた。しかしシリア内戦が勃発すると、ハマスは、イラン傀儡だったアサド政権を支持せず、反政府勢力の側に立ってしまう。これを受けて、イランはハマスを見捨てるようになった。

しかし、イスラム聖戦は、続けてイランの側に立ったので、イランはイスラム聖戦を支援するようになった。このため、イスラム聖戦は、ハマスより小さい組織でありながら、武力については同等ぐらいになったので、今、ガザではハマスにとって頭の痛い存在になったのである。

イスラム聖戦が強くなったために、ハマスの支配で、生活を破壊されたガザの市民の中には、こちらに流れる者も出始めている気配がある。将来ガザがイラン傀儡のイスラム聖戦に支配されることは、第二のヒズボラを南に抱えることにもなりうる。

皮肉なことだが、イスラエルはイランを連れてくるイスラム聖戦よりハマスの方が、まだましということになっているわけである。

<今後どうなるのか:イスラム聖戦指導者ズィヤド・ラシディ・アル・ナクハラ登場>

今回、アブ・アル・アタルが暗殺された後、今回の衝突を導き、後にイスラエルとの停戦に持ち込んだのは、ズィヤド・ラシディ・アル・ナクハラ(66)であった。

ナクハラは、ガザ出身。1971年にテロリストとしてイスラエルで逮捕され、終身刑の判決を受けたが、1985年に囚人交換で釈放された。イスラエルの刑務所での14年でヘブル語も堪能だという。ナクハラはその後もう一回イスラエルで逮捕されたが再び釈放。2018年から、レバノンで、イスラム聖戦の事務総長となった。

エルサレムポストによると、ナクハラは、イスラエルから釈放された後は、レバノンとシリアに在住。ヒズボラとイラン、特にイラン革命軍のカッサム・スレイマニとも関係を維持している。ヒズボラと同様、イランには、完全服従だという。パレスチナ人のナスララともよばれている人物である。

ただ一点の希望は、ナクハラのナスララと違うところは、ナクハラが、ガザ出身者として、この地域でのエジプトの存在を理解している点である。今回、停戦に応じたのは、エジプトに逆らったら、ガザからは出入りもできなくなるというガザの弱点を良く理解しているからと思われる。

結局のところ、イスラエルは、黒帯作戦で、イスラム聖戦に大きな打撃を与えたが、実際には前と同じか、前より悪いものを迎えた可能性も否定できないということである。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Ziyad-al-Nakhalah-The-Palestinian-Hassan-Nasrallah-607752

<情報とハイテクによるコスト戦:新しい戦争の形>

戦争の形は、医学以上に日進月歩かもしれない。今回のイスラエルとガザとの戦争は、世界に新しい戦争の形を垣間見せていた。それは、情報とハイテクに支えられたコストパフォーマンスの考え方に基づく戦争という概念である。

アブ・アル・アタルを暗殺したイスラエル軍は、アブ・アタルが確実にその日、その時間に自宅にいるということを突き止め、小さなドローンでそれを確認後、ビル全体を空爆するのではなく、その部屋がある階のみを完全に破壊した。

これはイスラエルがいかに情報と、攻撃のハイテクにすすんでいるかを証明するものである。実際には、ガザがイスラエルに太刀打ちなど到底できるものではないのである。

しかし、コスト面でみればどうだろうか。迎撃ミサイルアイアンドームシステムは1億ドル。発射される迎撃ミサイルは1発が5万ドル(600万円程度)となっている。(CTEC)

戦争においては、どちらが勝つかということが重要であるが、近代においては、コスト面を考え、勝ち負け以上に、いったい何が益なのかが考えなければならなくなっている。ガザとの衝突は、一掃してしまうと、その戦争の際の出費、またその後ガザの管理にかかる出費などを考えると、時々、短期の衝突で延々と同じ状況でいるほうが出費は少なくてすむということである。

https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Ziyad-al-Nakhalah-The-Palestinian-Hassan-Nasrallah-607752

ネタニヤフ首相は、ビジネスマンなので、一気にガザを粉砕せよと主張する右派勢をかわしながら、今に至っているわけである。従って、今回も50時間で一応の落着となったが、今後、また発生することはすでに計算済みである。

<ネタニヤフ首相の政治的意図?>

イスラエルは、今、連立政権が立ち上がらず、3回目の総選挙になるかどうかとの瀬戸際にある。なんとしても首相の座にとどまりたいネタニヤフ首相が、今この時に、アブ・アル・アタルの暗殺をあえて指示したのではないかとの疑いの声もある。

戦争になれば、国民は、左派ではなく、右派に傾く傾向があるため、ガザとの紛争は、ネタニヤフ首相に有利に働く可能性があるのである。

リーバーマン氏によると、アブ・アル・アタルの暗殺は数ヶ月前にすでに案として上がっていたという。それを阻止したのがネタニヤフ首相であった。それがなぜ今、暗殺に踏み切ったのか。政治的な意図があったのではないか、というのが、リーバーマン氏の指摘である。

ネタニヤフ首相がいかに必死かは、アブ・アル・アタルへの攻撃を実施する直前に、ナフタリ・ベネット氏を防衛相に任命したことからも疑われる点である。

ベネット氏は、昨年末、リーバーマン氏が防衛相を辞任した際に、そのポジションをネタニヤフ首相に要求して断られた。結局、その後、内閣、議会からも姿を消すことになった人物である。そのベネット氏に今、次期政権が決まるまでの暫定政権においてのみではあるが、防衛相の椅子を与えた。

これは、ベネット氏が、ライバルのガンツ氏側へ移行する動きがあったためである。もしベネット氏が、右派ブロックを出て、ガンツ氏側へ移行した場合、ガンツ氏を中心とする小政府が立ち上がる可能性もあった。

ネタニヤフ首相があえて今、防衛相というベネット氏の念願をかなえてでも、ガンツ氏の進出を阻止して、自分を中心とする右派ブロックの一致を強固にしておくためである。アブ・アル・アタルの暗殺は、ベネット氏が防衛相としてそのオフィスに入った当日に始まった。

ベネット氏が防衛相になると発表されると、世論はじめ、政界からも激しい反発を呼んだ。暫定政権なのにこの動きは違法だとの声もあがった。しかし、ガザとの戦争が始まると同時に、その反発の声はなくなった。これもまたネタニヤフ首相の計算であったといえなくもない。

https://mondoweiss.net/2019/11/cynical-and-frightened-why-netanyahu-appointed-bennett-as-defense-minister/

ライバルのガンツ氏は、こうした醜い政治的な背景については、厳しく批判しているが、しかし、元イスラエル軍参謀総長としては、アブ・アル・アタルの暗殺は支持する立場であった。

<石のひとりごと>

今回も一段落したが、何が起こっているかを理解するだけでも、相当なエネルギーを要した。イスラエルの政治、防衛は、実にチェスのごときである。何手も先を読んで、それでも、予想外が発生し、それにだれよりも早く対処しなければならない。そうして終わりが見えてくることもない。

こうした世界で、しかも周囲全部からきらわれ、時に内部からも攻撃されるイスラエルの首相をやっていくということは、想像を絶する体力気力を要する。繊細な日本人には理解できないような超極太の神経が必要だ。しかし、繊細である余裕がないというのがイスラエルの現状であろう。

先日、今回もミサイル攻撃を受けたアシュドドに住むイスラエル人で韓国人を妻にもつジャーナリストのRさんから、「韓国と日本はメンツを守るという点ではよく似ているよね。僕達にはそれがない。」と言われた。

基本的に積極的な韓国人と、ひかえめを美とする日本人では性格は全く違うと思うが、確かに、メンツを守る、人前で誇りを保てるかどうかが、実質よりも重要になることがあるという点では、似ているかもしれない。だから両国ともに自殺が多い。そこがイスラエル人と違うとRさんは言うのである。

イスラエルでは、最終的には、メンツよりも命。恥よりも実質。だから、過去を根に持つ余裕はないし、実質のためなら、昨日の敵も今日は平気で友になる。外からみてそれがどう映るかなど全く気にしないのである。多少恥ずかしいことをしてでも、たいがいは生き残る方を選んでいる。

ミサイル攻撃の下にいるRさんからは、「大丈夫。我々はいつものように強いから。」との返事が来た。その通り、2日で今回も乗り越えた。イスラエルとその国の人々を見ているとなにやら励まされる思いがしている。
カテゴリ :パレスチナ関係 トラックバック(-) コメント(-)
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