神殿の丘危機:東エルサレム各地で暴動:パレスチナ人3人死亡 2017.7.22

 2017-07-22
7922253099893640360no.jpg
写真出展:Ynet Alex Kolomoisky

<旧市街周辺で3人死亡:まるでインティファーダ>

先週金曜に、神殿の丘から出てきたパレスチナ人3人にイスラエルの警察官2人が殺害されてから1週間。イスラエルは、直後の週末は神殿の丘を閉鎖したが、日曜から水曜までには、3つの入り口を解放し、イスラム教徒が中で祈れるようにした。

しかし、問題は、警察が神殿の丘への入り口に設置した武器探査用の金属探査機だった。多くのイスラム教徒たちは、「自分のモスクに入るのに、異教徒に検査される」ことを侮辱と感じたようである。

また、アルアクサ(神殿の丘)の出入り口をイスラエルの治安部隊が、管理していることから、「ユダヤ人が、アルアクサ(神殿の丘)を支配しようとしてい」るという流れになり、「アル・アクサを取り戻せ!」というスローガンになり始めている。

金属探査機が設置された日曜以降、主にライオン門周辺で、小規模なパレスチナ人とイスラエルの治安部隊の衝突が発生していたが、ムフティ(イスラム指導者)が、金曜は、地域のモスクを閉鎖し、できるだけアル・アクサ(神殿の丘)周辺に集まるようにと呼びかけたため、緊張が高まった。

このままでは暴動になるとして、イスラエル政府治安委員会は、この金属探査機を除去するかどうかも検討したが、木曜夜、そのまま残すと発表され、緊張は一気に高まった。

金曜、正午の祈りには、ムフティの呼びかけに応じ、エルサレムやイスラエル北部からかけつけたパレスチナ人イスラム教徒ら数千人が旧市街周辺に集まった。

イスラエル治安部隊は、治安維持のため、50歳以下の男性は旧市街への立ち入りを禁止した。また、警備体制を数千人と大幅に増強し、周辺道路や旧市街への入場を部分的に閉鎖するなどして治安の確保に努めた。

しかし、祈りが終わると同時に、ダマスカス門、ライオン門、周辺、東エルサレムのオリーブ山頂上付近のアルトゥールと、麓のラッセル・アル・アムード、アブ・ディスで暴動となった。

パレスチナ人は石や、火炎瓶を投げ、治安部隊は、スタングラネード(閃光発音筒:大きな音と一瞬火をふく暴徒対処用の殺傷性のない武器)で対処しながら、場合によっては実弾も使って対処を試みていたが、アトゥールと、ラッセル・アムード、シルワンでの暴動で、パレスチナ人3人が死亡。負傷者は数百人と伝えられている。

死亡したパレスチナ人は、モハンマド・マフムード・シャラフ(18)、マフムード・アブ・ガナム(20代)、モハンマド・ラフィ(18)で、暴動の中で、実弾に撃たれたもようである。

シャラフさんの葬儀はすでに行われたが、参列者たちは、「アル・アクサを取り戻せ」というスローガンを叫んでいたという。

インティファーダのような市街戦の様子 
http://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/In-Pictures-Israeli-security-confronts-Palestinians-over-Temple-Mount-500340

遺体を運び出すパレスチナ人らの写真 http://www.maannews.com/Content.aspx?id=778251

<意外に短い衝突の時間:30程度で終了>

筆者は、金曜、旧市街内部、イスラム地区の神殿の丘への出入り口、チェーンゲート付近で正午の祈り時間、取材した。今日はさすがにイスラム地区に観光客はいなかった。

イスラムの祈りは1日5回で、一回の祈りは5分もかからないぐらいである。チェーンゲート周辺では、大声でメッセージを叫んでいる男性がいたが、10分ぐらいで終わると、男性たちは、きれに並んで、小さな絨毯をひろげ、いっせいに立ったり座ったり、ひれ伏したりと祈りに入った。

5分ぐらいで祈りが終わると、「アラー・アクバル」とか「血と魂でアルアクサを解放する。」とか一斉に叫んでいたが、高齢者も多く、若者も、旧市街内に住んでいる若者たちで、殺気立った様子はなかった。

祈りは12:45pmに始まり、13:15にはすべて終了。群衆もさっさと引き上げて行った。すると警察も、そこからさらにダマスカス門方面へ入っていくことを許可してくれた。

印象的だったのが、暴動が終了して、笑顔が戻った治安部隊の若者たちだった。緊張がとけたせいか、互いに大声で話し合ったり、水を飲んだり。。。大きなヘルメットを外すとロングヘアーの女性であったり。。

緊張がほどけたのか、重装備の国境警備隊が、写真を撮ってくれとカメラの前でポースしてきた。自ら筆者と写真まで一緒に撮ってくれた。その様子を見ていたパレスチナ人の老人が、「あんたは彼らが好きなのか?言っておくが、彼らは毎日パレスチナ人を殺している。」と訴えてきた。

しかし、さすがに、ハガイ通りに入ると、ものすごい装備の暴徒対処班かと思われる一団と、その周辺にたむろするパレスチナの若者たちが大勢が集まっており、途中で銃声が聞こえるなど、若干緊張した。

周りはほとんど皆男性である。刺繍のバッグを販売していたイスラム女性が、ばたばたと店を閉じているのが見えた。

その混乱を通り抜け、ビアドロローサから、問題のライオン門についたのは、14:00ごろだった。しかし、そのころには、もうすべてが終わっており、通行止めもあいまって、付近は、がらがらになっていた。

しかし、のちにニュースをみると、そこで暴動と衝突があったもようである。しかし、わずか30分から45分後には、すでに落ち着いていたということである。

パレスチナ人の若者たちが、大きな水の10本入りパッケージを持って、警察の脇をとおり抜け、次々に近くの駐車場に向かって歩いてきた。皆笑顔である。

みると、付近は、警察とパレスチナ人たちが飲んだペットボトルが散乱している。若者たちが運んでいたのは、あまった水のボトルである。

ライオン門の外に出て、坂を下っていくと、5-6人のいかにも石を投げてきそうなパレスチナ人の若者たちが、日陰でリラックスした姿で、アイスキャンデーを食べていた。カメラを向けると、キャンデーを振りかざして笑顔で写真に収まってくれた。

日陰に座って休憩中のアラブのおばちゃんたち2人も、カメラをむけると、ものすごくいい笑顔で手を振ってくれた。つい15分ほど前は、暴動であった現場とは思えない静けさで、現場は一気に夏の最も暑い昼寝時間モードになっていた。

坂の下には、報道陣やテレビ中継の車がずらりと並んでいた。暴動を撮影していたのだろうが、それらも昼寝モードである。

そのままダマスカス門まで、城壁の外を歩いたが、ダマスカス門周辺もがらがらだった。あとでニュースを見ると、ここでは、数千人が、道路上で祈りをささげ、その後、まるでインティファーダになった現場だが、それももうとっくに終了し、人々も家に帰ったという感じである。

大きなカメラや、三脚を抱えて引き上げる、プレスの防弾チョッキのジャーナリストたちの顔にも笑顔があった。

ここでも、ひとなつこい警察官が、水のボトルをくれて、「イスラエルはいいやつ。最強だろ。」と言ってきた。写真をとらせてほしいというと、イェイという感じだったが、ボスにダメと言われていた。「なんで?」と言い返しているところはイスラエル人である。

こうした暴動は、今のはじまったことではない。イスラエル人、パレスチナ人双方の切り替えは早い。暴動で死者も出て、悲しいことだが、イスラエル人にとってもパレスチナ人にとっても、もしかしたら、こういうことは生活の一部になっているような気もした。これかでも、これから先も同じことの繰り返しなのかもしれない。

それにしても、どこへ行っても治安部隊や警察官がいて、彼らに、つい感謝とともに、「シャバット・シャローム!」と心から言わずにはいられなかった。

<イスラエルに感謝するパレスチナ・イスラム教徒もいる>

パレスチナ人で、敬虔なイスラム教徒の友人、モハンマドさんに電話で話を聞いた。モハンマドさんは、意外や意外、金属探査機に感謝していると言っていた。

探査機が設置されたのは、先週金曜、イスラエルの警察官が殺害されたからで、同様のことが発生しないようにするためである。また同じことが起こったら、次は大変なことになる。治安のためにやってくれているのだとモハンマドさんが言った。

また、モハンマドさんからすれば、暴動に参加しているのは、ほとんどが東エルサレム在住のパレスチナ人で、普段はイスラエル人の会社や、ユダヤ人の元で働かせてもらって生活している人々だという。それなのにこんなことをするのは馬鹿げているとモハンマドさん。

イスラエルの警察は、ラマダンのとき、西岸地区やガザ地区のパレスチナ人がエルサレムへ来ることができるように計らってくれた。これは注目すべきことで、イスラエルがイスラム教徒の礼拝を妨害していないということを証明していると言った。

また、モハンマドさんのモスクは、今日は閉まっていなかったという。シュアファットや、ベイト・ハニーナなど、東エルサレムのモスクも閉まっていなかったらしい。しかし、暴動で死者が出たラッセル・アル・アムードのモスクは閉まっていたとのこと。

こういうコメントをパレスチナ人から聞くとは思わなかったが、モハンマドさんによると、彼と同様の考えのパレスチナ人は少なくないとのことだった。モハンマドさんはこの秋、結婚が決まっており、とにかく平和がほしいと言っていた。

モハンマドさんも、早くおちついかないと、パレスチナ人自身がますます自分で自分の首を絞めることになると懸念しているが、モハンマドさん自身も、今回は、落ち着くまでちょっと長引くと思うと言っていた。

<あおるハマス>

ガザ地区では、先週、ガザ市民が、パレスチナ自治政府に対し、「電気は1時間しかない。なんとかしてくれ。」と電話で叫んでいる様子が伝えられている。

そんな状態にもかかわらず、この神殿の丘問題について、ハマスは、かなり積極的にイスラエル攻撃を扇動している。

金曜のメッセージで、ハマス指導者のハニエは、アラブ世界に向けて次のように語った。「アルアクサでの祈りが妨害されているのに、何をしているのか。

エルサレムでの抵抗はパレスチナ人のものだが、アラブ、イスラム世界に対する戦いだ。パレスチナ市民の怒りは、パレスチナ問題への反応だ。金属探知機は、パレスチナ人を傷つけるものだ。許すわけにいかない。」と語った。(モハンマドさんのコメントと正反対)

ハニエは、イスラエルが、検問所を設け、探査機や防犯カメラを設置するのは、イスラエルが神殿の丘を支配し、分割しようとしていると考えている。

イスラエル軍は、ハマスが、アルアクサを大義に掲げ、ガザとの国境からイスラエルへの攻撃や、ロケット弾やミサイルがイスラエルに飛んでくることも想定して、不足の事態に備えている。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4992578,00.html

<神殿の丘問題:ヨルダン、トルコ、マレーシアで大規模反イスラエルデモ>

金曜、ヨルダンの首都アンマンと、トルコのイスタンブールで数千人が、集結し、反イスラエルスローガンを叫んだ。

そのスローガンには、「エルサレムの兵士(イスラエル兵)を殺すことは素晴らしい」とか、「アルアクサは赤線(越え)」とかのプラカードを掲げていたとのこと。

トルコでは、イルディン首相が、「アルアクサに入ろうとするイスラム教徒を妨害することは解決にならない。」と言っている。エルサレムポストがアルジャジーラからの情報として伝えたところによると、マレーシアでは、北部で、反イスラエルデモが発生。ハミディ副首相が参加したとのこと。

http://www.jpost.com/Middle-East/Protests-across-Muslim-world-condemn-Israel-over-al-Aksa-measures-500339

<石のひとりごと:一人歩きするイスラエル誤解・思わぬ展開もありうるか!?>

この問題は、神殿の丘がからんでいるだけに、うまく下火になっていけばよいが、下手をすると、双方殺し合いの泥沼になり、イスラエルとイスラム世界全体の争いにまで発展する可能性もある。

現時点では、まだどちらにころぶかはまだまだ予測ができない。ことが急速に変化していく中東の様子が少しおわかりいただけるだろうか。

現在、かなりの危機をはらんでいる状況だが、その根拠となるのが、「イスラエルが、神殿の丘を支配しようとして、イスラム教徒を祈りから遠ざけている。」という考えである。

イスラエルは、イスラム教徒をアル・アクサでの祈りを妨害しているのではない。イスラエルは、入るように門戸を開けているのに、イスラム教徒の方で入らないのである。

イスラエルが設置した金属探査機が問題になっているが、実際の現地では、それをくぐって、中で祈っているイスラム教徒もいるし、モハンマドさんのように、イスラエルは治安を守ろうとしているだけだと考え、むしろ感謝するイスラム教徒もいる。現地だけなら、誤解が一人歩きしすぎることもないかもしれない。

しかし、外にいるムスリムたちが、間違った概念をパレスチナの若者たちに植え付け、センセーショナルな報道ばかりを封じるメディアに助けられながら、アラブ世界や国際社会を巻き込み、一人歩きした”大義”を掲げて、イスラエルを攻撃してくるかもしれない。

しかし、そこは、危機をチャンスに変える、ころんでもタダ起きないのがユダヤ人である。すでに右派ユダヤ教徒たちは、イスラム教徒が神殿の丘には入らないことをチャンスととらえ、中に入って、ひそかにではあるが、祈りを捧げている。その様子を自らスマホで撮影し、ネットにあげるものもいる。

神殿の丘でひそかに結婚式(指輪交換)までしたユダヤ人カップルもいる。

また、この問題がこじれるにつれ、六日戦争のときのことが話題になりはじめている。この時、神殿の丘は実はイスラエルの手にあったのに、イスラエル(当時のダヤン将軍)が自らが、ワクフ(ヨルダン)に返したのである。この時に返していなければいまごろ、神殿の丘はイスラエルの管理下にあったはずだという気持ちは、イスラエル人の中に少なからずある。

したがって、この問題が長引いてくれば、「神殿の丘は、確かに700年以上アルアクサモスクであったが、イスラエル軍兵士が命がけで、これをいったん取り戻した以上、イスラエルになんの管理権もないとは言い切れないのではないか。」という考えが広がってくるかもしれない。

ハマスのハニエが、イスラエルは神殿の丘の分割をもくろんでいると言ったが、それは興味ふかい発言だと思った。実はそれはヘブロンのマクペラの洞窟ですでに起こっていることなのである。

マクペラの洞窟では、1994年にユダヤ人入植者が祈りを捧げていたパレスチナ人に発砲し、29人を殺害するというテロ事件が発生した。これをきっかけに、イスラエルは、金属探査機を建物周辺に設置。イスラエル人とパレスチナ人がかちあわないような仕組みで両者は合意した。

マクペラの洞窟は、2つに分割され、一方はモスク、一方はシナゴーグになったのである。年10日づつの祝祭日には、お互い譲り合って、建物全体を使用するという合意が成り立っている。

もしや、神殿の丘を2つに分けるというような話になっていくことは・・・・ないと思うが、予想外のことが起こるのが中東である。とはいえ、これはたんに石のひとりごとであというることを強調させていただく。

この危機、イスラエルはどう切り抜けていくのか、主の計画は何か。ともにとりなしつつ、見守っていただければ幸いである。
タグ :

神殿の丘:開門へ 2017.7.17

 2017-07-17
DSC00977.jpg

金曜朝、ライオン門付近の神殿の丘への入り口で、警察官2人が射殺され、犯人3人は神殿の丘内部へ逃亡をはかり、そこで射殺された事件。

ネタニヤフ首相は、神殿の丘の閉鎖を命じ、中に隠された武器がないか捜索するとともに、新しいセキュリティのシステム(金属探知機つきの検問所)の設置をはかった。その上で、48時たった日曜正午、神殿の丘への入場を段階をおって少しづつ、開放していくと発表した。

神殿の丘への入り口は複数あるが、まず日曜には、ライオン門近くの入り口のみを開ける。月曜からは、ムグラビ・ゲートを含む4つのゲートを開き、イスラム教徒だけでなく、ユダヤ人、観光客も神殿の丘へ入れるようにする予定だという。

*さきほど入ったニュースによると、月曜朝、イスラム教徒もワクフもいない中、さっそくユダヤ人が、神殿の丘へ上がったもよう。

*ワクフ:イスラムの財産管理組織のことで、神殿の丘は、ヨルダンのワクフが管理している。

旧市街への門については、金曜午後には、ダマスカス門、ライオン門以外は、解放されていた。ただし、ヤッフォ門は入り口が広く2箇所あるため、L字の門からの入り口については今も閉じられている。車両が入る方の出入り口が空いているが、柵が張り巡らされ、一度に一定人数だけが通れるようになっている。

旧市街内部は、クリスチャン地区やユダヤ地区では、店も普通に開いている。時折、ガイドに連れられた20人ぐらいのグループを見かけた。しかし、夏の最も暑い時期ともあいまってか、個人客は少なく、どこへ行ってもすいていた。

嘆きの壁から、イスラム地区に入ると、人影はさらに極端に減り、店のほとんども閉まり、10代ぐらいの男の子たちが、時折たまっているのが目に付いた。治安部隊が、要所要所に数名づつ立っている前を、時折、ばらばらと観光客が通る感じである。

<ライオン門付近の神殿の丘入り口>

日曜正午すぎに、最初に解放されたライオン門に近い入場口を取材した。先週金曜のテロ現場である。

神殿の丘への入り口から十数メートルはなれたところに、空港のセキュリティチェックのような金属探知機の門が5機備えられていた。その周囲には、かなりの数の警官、国境警備隊が、うようよと集結していた。

この神殿の丘への入り口に最も近いライオン門では、門からさらび10メートル近く手前に、柵がはりめぐらされ、数人ずつしか入れないようになっていた。そこから通された者がようやく門から中へ入り、さらに金属探知機の下をくぐるという形である。

神殿の丘入り口近くでは、まず、ムフティ(イスラム指導者)3人が、むらがる報道陣に囲まれながら、探知機に近づいてきた。しかし、背後では、「アラー・アクバル」と合唱する男性たち、「探知機を通るな」と金切り声で叫ぶ女性の声もあった。

ムフティらは、しばらく警備隊と話していたが、「イスラムの聖地にあるモスクに行くのに、イスラエルの金属探査機の下とくぐることは受け入れられない。元にもそすべきだ。」として、いったん引いたものの、探知機のない柵のところから入ろうとして、一瞬もみくちゃになった。

しかし、中で警察長官と少し話したのち、まもなく出てきた。この時、ムフティは、アラビア語で何か言っていたが、アル・ジャジーラによると、「アル・アクサ・モスクエリアを閉鎖することと、占領、祈りの妨害は正しいことではない。国連と国際社会との合意に反するものである。」と叫んでいたようである。

http://www.aljazeera.com/news/2017/07/israel-reopens-al-aqsa-mosque-compound-170716101448094.html

DSC00952.jpg

ムフティらは、イスラエルへの抵抗として、神殿の丘には入らず、探知機の前で多くの男性らと並んで、そこで祈りを捧げるに至った。

きれいに並んで地べたにひれ伏して祈るイスラム男性たち、その数と同じか、もっと多い報道陣(ほとんどがアラブ系メディア)とそのカメラ。前に立っている国境警備隊、警察官たち。

並んでいる若い国境警備隊員たちの表情の中に、怯えはなかったが、「硬い表情」というのはこういうものかというような、皆一様に同じ表情で立っていた。気温はゆうに36度を超えている。日陰もない。カメラが熱くなりすぎて、一時機能しなくなるほどの暑さだった。

幸い、数分で祈りが終ると、群衆が、拳をふりあげながら、「アラーアクバル」などと叫びながら警官隊に押し迫ることも何度かあった。しかし、暑いせいか、長続きせず、どこか「一応」の感じもあり、怒り狂ったとことろまでは感じなかった。とはいえ、いつ何時、大きな暴動になるかはわからない・・・という緊張感はあった。

しかし、報道陣の数があまりにも多く、叫び声がするたびに、わーっともみくちゃになりながら、いっしょに走っている自分に、深刻な場面なののに、映画でもとっているのだろうか、本質はいったいなんなのだ・・・・という感じもなきにしもあらずであった。

なお、このごたごたの中、のちにニュースによると、今日だけで200人ぐらいが神殿の丘に入ったもようである。イスラムの祈りは日に5回。夕方にもこうしたもみくちゃがあり、一時乱闘になったようだが、幸い、特に大きな問題にはならなかった。

このような中であるが、イスラム教徒が神殿の丘に入っていないことをよいことに、閉まっている神殿の丘への扉の前で、正統派とみられるユダヤ人男性らが、はでに祈っている様子が報じられていた。いつもなら、イスラム教徒以外は近寄れないところに近寄れたからである。

明日からムグラビゲードが開いて、ユダヤ人が入れるとなると、また過激なユダヤ人が入って問題を起こすかもしれず、まだまだ油断はできないエルサレム旧市街である。

<神殿の丘から武器は発見できず>

今回、ネタニヤフ首相が、イスラム世界からの避難を覚悟で、神殿の丘を閉鎖したのは、なぜ3人のテロリストが、実弾の武器を持って神殿の丘から出てきたのかということが、大きな問題となったからである。

閉鎖してから48時間、治安部隊はくまなく神殿の丘を捜索したが、ナイフや棍棒、スタンガンといった武器はいくつか出てきたものの、今回テロの使われたような実弾の武器庫は発見できなかった。

http://www.timesofisrael.com/police-uncover-weapons-but-no-guns-in-temple-mount-searches/

しかし、テロリスト3人がライフルと小銃を持っていたということは、神殿の丘を管理するワクフが関係している可能性があるとして、警察はこれまでに、神殿の丘での説教を担当しているエルサレムのムフティと、ワクフメンバー3人を一時連行して事情聴取した。(すでに釈放すみ)

また、これまでに、ムスリム同胞団(ハマス関連)と関係があるとみられ、解散させられている北部イスラム組織関係者や、犯人の在住地などから8人が逮捕されたもよう。

http://www.timesofisrael.com/police-uncover-weapons-but-no-guns-in-temple-mount-searches/

昨年、ヨルダンは、”イスラエルの暴力”をキャッチするためとして、神殿の丘にくまなく隠しカメラを設置することを提案したが、パレスチナ人が拒否したため、この計画はキャンセルとなった。

イスラエルが、パレスチナ人らが、神殿の丘に武器を隠しているのではないかと怪しむのも無理はないだろう。

<イスラエル国籍アラブ人社会からの反応>

今回のテロリスト3人は、イスラエル北部ウム・エル・ファハン在住、イスラエル国籍を持つアラブ人だった。皮肉にもテロの犠牲になったのは、ユダヤ人ではなく、同じ北部在住、少数民族のドルーズの警察官だった。

ネタニヤフ首相は、怒りをこめて、この3人の葬儀のために設置されたテントを排除するよう指示。金曜、大勢の治安部隊が、ウム・エル・ファハンに出向き、この指示を実行した。

イスラエルの治安維持相エルダン氏は、今後、同じようなテロが後に続かないようにするためにと、テロリストの実家を破壊することを検討していることを明らかにしている。

http://www.timesofisrael.com/minister-mulls-home-demolitions-for-arab-israelis-after-temple-mount-attack/

今の所、3人と大きな組織との関連は出てきておらず、過激イスラムに洗脳された単独犯である可能性が高いが、3人のうちの1人は、まもなく結婚することが決まっていたという。

テロリストの家族たちは、「こんなことをすると知っていたら止めていた。」「家族を破壊する行為だ。」と、まったく予想もしていなかったことだったと語っている。

ウム・アル・ファハンの市長は、「これは3人の単独行動であり、街全体の意思ではない。我々はショックを受けている。」と語っている。葬儀のテントの排除するよう指示されると、家族もすぐに従ったという。市民の多くも、暴力には反対するとの意見を述べている。

しかしながら、ウム・エル・ファハンには、昔から、「アル・アクサが危機にある。」という言葉をスローガンに、イスラエルに反抗する伝統がある。数年前にイスラエルが、北部イスラム組織を解体して以来、この動きはなくなったが、今後、この3人に影響され、再びこの運動が蘇ってくる可能性もある。

今回のテロ事件について、イスラエル・アラブ少数民族を代表する統一アラブ正統派は、なかなか意見がまとまらず、明確にテロを非難する声明をすぐに出さなかった。2日目になってから、アイマンン・オデー氏が、暴力を批判すると同時に、神殿の丘を閉鎖した政府を批判すると述べたが、リブリン大統領はこの対応を厳しく批判した。

<アラブ世界からの反応>

今回のテロは、神殿の丘という非常に難しい場所で発生したため、対応によっては第三インティファーダや、アラブ世界からの攻撃の的になる可能性があった。

ネタニヤフ首相は、テロ事件発生後、すぐにパレスチナ自治政府のアッバス議長、ヨルダンのアブダラ国王、エジプトのシシ大統領に電話をかけ、イスラエルは、「現状維持」の合意を変えるつもりはないと強調した。

アッバス議長は、テロ事件は非難したが、ファタハはその後もテロを扇動する活動を続けている。

ヨルダンのアブダラ国王は、特に聖地でのテロを厳しく批判。神殿の丘は直ちに解放すべきだと抗議したが、同時に治安を乱す者は入れないようにしなければならないとも語った。

しかし、国王の声明に反し、ヨルダンでは土曜、アンマンで、数百人が集まって、神殿の丘閉鎖への激しい抗議デモを行った。さらに日曜には、ヨルダン議会が、テロリスト3人を殉教者と呼び、議会全体で祈る時を持ったとのこと。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4990054,00.html

アラブ連合は、イスラエルが神殿の丘を占領し、現状維持を破ったとして厳しく批判すると表明したが、各国から個別の声明はないが、サウジラビアなどのメディアでは、ダビデの星にみたてた悪魔が、神殿の丘にかぶりつく風刺画をのせるなどの動きがみられた。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989931,00.html

79102890990100640360no のコピー
写真出展:Ynet news

<今後の懸念>

イスラエルはまだ神殿の丘を閉鎖、その管理を手中に収めたままとなっている。1969年以来の光景だという。今回のできごとは、確かに、イスラエルは、神殿の丘を制覇しようとおもえば、いつでもできるということを証明したようなものである。

もし、この状態が長引けば、アラブ人の間に、だんだん、「イスラエルがアル・アクサ(神殿の丘)を支配する。」という意識が高まり、テロから国際批判にまで高まる可能性がある。

神殿の丘に入るのに金属探知機を通る形は、イスラエル国内からも批判がある。たとえていうなら、教会への入り口に仏教徒の治安部隊が金属探知機を並べ、日曜礼拝にくる人々全員をボディチェックするようなものである。暑い中、馴染みの自分の教会に入るのに長い列をつくって待たなければならない。

日本人は従順なので、治安のためといえば、文句はいわないかもしれないが、アラブ人はそうはいかない。これは異教徒による、侮辱でしかない。実際、この新しい治安策に反発して、神殿の丘が開いたにもかかわらず、イスラム教徒は祈りに来なくなっている。来なくてもすんでいるのではなく、怒りをためこんでいるということである。

もっと別の方法をとることも考え、早期に以前の形に戻さなければならないだろう。

一方で、今後ユダヤ教右派たちが、さっそくに神殿の丘周辺に祈りに来たことも驚きだった。今後、彼らがどう出てくるのかも気になるところである。
タグ :

ガザからの汚水流出被害その後 2017.7.17

 2017-07-17
79067985424178183103no のコピー
写真出展:ynet news

ガザ地区の発電が危機的状況にある中、先週水曜、ガザで唯一の発電所が機能を停止した。ガザでの送電は1日3-4時間である。この暑さの中、しかも海岸沿いのガザ住民はどんな暑さに耐えているのだろうか。

ガザの電力不足で、イスラエルが直接被害を受けているのが、下水問題である。ガザ地区の下水処理場が電力不足で未処理のまま下水をハヌン川に垂れ流すようになってから、その汚水が、イスラエル領内アシュケロンのビーチを汚染し始めた。

このため、これをバキュームカー数台がひっきりなしに吸引し、イスラエルで処理していたが、もはやそれでは追いつけないほどの量になり、川からあふれ始めているという。

イスラエル軍が、ハヌン川に堰をつくって、汚水が入ってこないようにしたが、パレスチナ人らは、それを破壊して、汚水が再度イスラエルへ流れるようにしたという。アシュケロン海岸地方長官は、「これはエコロジカルなテロだ。地方だけでは対処できない。」と国に訴えている。

このまま放置すると、地下水に汚水が入り込み、被害が大きくなると警告している。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989063,00.html
タグ :

続報:負傷の警察官2人死亡 2017.7.14

 2017-07-14
Big.jpg
写真出展:Ynet news

14日朝発生したライオン門、神殿の丘でのテロで、3人のテロリストに撃たれて負傷し、病院に搬送されていた国境警備隊員(警察)2人が死亡した。

1人は、カミール・シャナンさん(22)写真左と、ハアイル・サタウィさん(30)。サタウィさんには、妻と生まれて3週間の息子がいた。2人とも、イスラエル北部在住のドルーズだった。2人の葬儀はそれぞれの出身地で、早くも今日の午後に行われる。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989180,00.html

*ドルース(ゴラン高原以外に在住):イスラム教からの分派として始まった独自の宗教。イスラムからは異端として嫌われているが、イスラエルには忠実で、兵役も務める。ただし、ゴラン高原在住のドルーズは、一般的にシリアに忠実であることから、イスラエルには反抗的。

なお、ナイフで刺された一人(39)は、軽症で今も治療中。

<神殿の丘、旧市街も閉鎖>

イスラエルは、現在も、神殿の丘への入り口を全部閉鎖。旧市街全体への入り口も全て閉鎖して、治安維持を強化している。

イスラム礼拝日の金曜に神殿の丘へ入場できないということで、暴動も懸念されたが、閉鎖開始が早朝であったことや、正午の祈りでは、暑すぎることもあってか、幸い、小競り合いぐらいで、今の所、大きな暴動にはなっていない。

今回金曜のイスラムの礼拝日にもかかわらず、ネタニヤフ首相が、あえて神殿の丘の閉鎖を決めたのは、まだ中に武器があると懸念されたからである。現在もまだ、大勢の治安部隊が神殿の丘の中をくまなく捜索している。

事件の後、ネタニヤフ首相は、リーバーマン防衛相や、エルダン国内治安維持相、警察長官らと治安ミーティングを行い、テロ行為を強く非難する声明を出した。

エルダン国内治安維持相は、(イスラエルの警察は、事件発生時、神殿の丘の外におり)”現状維持”を破っていなかった。今後も現状維持を変えるつもりはないないと強調。こういう事態になったのは、(イスラエルのせいではなく)、パレスチナ自治政府がテロを扇動するからだと訴えた。

*現状維持とは、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ自治政府で合意している神殿の丘に関する様々な取り決めのこと

<犯人はイスラエル国籍のアラブ人>

今回、テロをおこし、治安部隊に神殿の丘で射殺された犯人ら3人は、イスラエル北部ウム・アル・ファハン出身のイスラエル国籍アラブ人(29歳、19歳、19歳)と発表された。

射殺されたいきさつだが、映像によると、いったん警察に取り押さえられたところ、再び立って逃げようとした時に射殺されたようである。

3人にテロの前科はなかったが、このうち2人は、犯行に及ぶ前日、神殿の丘の黄金のドームを背景に、「明日のいまごろ、我々はもっといい笑顔になっている。神(アラー)に感謝する。それで十分。」と言っている映像をアップしていた。

3人が、西岸地区や東エルサレムのパレスチナ人ではなく、イスラエル国籍のアラブ人であること、また武器があるはずのない神殿の丘から、本格的な銃火器を持ち出していたという事実から、もしかしたら国内に、大きなテロ組織を抱えている可能性も懸念されている。

警察のスポークスマンによると、治安部隊は3人の出身地ウム・アル・ファハンも捜索している。

<ネタニヤフ首相とアッバス議長が会話>

ファタハ(アッバス議長所属)は、イスラエルが神殿の丘を閉鎖すると発表した後に、イスラム教徒に対し、フェイスブックにて、「神殿の丘に行って祈れ。聖なる地をユダヤに変えようとするイスラエルの包囲を砕け。」と書き込んだ。

ハマスの指導者の一人は、犯行を賞賛し、「アル・アクサでの衝突はイスラム諸国とパレスチナ人にとっての勲章だ。これは、占領に対する自然な反応であって、テロではなく、抵抗運動だ。」と同じくフェイスブックに書き込んだ。

こうした状況の中、ネタニヤフ首相とアッバス議長が、午後、異例にも(電話で?)話し合いを行った。ネタニヤフ首相はアッバス議長に、扇動をやめるよう要請。アッバス議長は、テロ行為を非難するとともに、神殿の丘を開放するよう、要請したもようである。

http://www.jpost.com/Israel-News/Fatah-calls-on-Palestinians-to-break-Israeli-siege-at-Temple-Mount-499702

<ベツレヘムでも衝突:パレスチナ人1人死亡>

パレスチナメディア・マアンによると、エルサレムでの事件が発生していた同じころ、ベツレヘムでもイスラエル軍とパレスチナ人らの衝突があった。

それによると、ベツレヘムの難民キャンプで、イスラエル軍の捜索が入り、パレスチナ人らが手榴弾のようなものかとも思われる爆発物を投げてきたため、実弾による紛争になった。この時のイスラエル軍の発砲で、バラア・ハマムダさん(18)が死亡した。

しかし、こういう紛争は珍しいことではなく、エルサレムの事件と、直接の関連は指摘されていない。

http://www.maannews.com/Content.aspx?id=778073

今後、この問題がどうおちついていくかはまだ不明で、大きな暴動にひろがっていく可能性はまだ十分残されている。

<石のひとりごと>

エルサレムの神殿の丘で人間同士が、銃で殺し合いをする。その後、重装備の治安部隊が大勢入って、神殿の丘の内部に武器が残されていないかくまなく捜査している。

この場所は、今は神殿こそないが、かつて主が「わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。(第一列王記9:3)」と宣言した場所である。主はどのように、今日のこの出来事をみておられたのだろうか・・・。まもなく、安息日がはじまるが、大勢の治安部隊は、今週末休むこともない。
タグ :

緊急速報!神殿の丘周辺・内部でテロ 2017.7.14

 2017-07-14
7907507488084640360no.jpg
写真出展:Ynet news

14日、金曜朝7時ごろ(日本時間14日13時ごろ)、エルサレム旧市街ライオン門付近の神殿の丘への出入り口(イスラム教徒のみ)で、テロがあり、イスラエル人3人(警察官?)が負傷。その後、神殿の丘へ逃げ戻ったテロリスト3人を追って警察が神殿の丘へ入り、神殿の丘内部で3人を射殺した。

これを受けて、警察は神殿の丘を完全閉鎖。今日は金曜日でイスラムの礼拝日であるが、神殿の丘での礼拝は禁止の措置が発せられた。

ことが神殿の丘内部、しかも殺されたのがパレスチナ人で、イスラムの金曜礼拝も禁止となったことから、影響はパレスチナにとどまらず、広くイスラム世界に広がっていく可能性がある。ニュースが流れ次第報告するが、緊急にとりなしを要請するものである。

なお、これまでに報じられたところによると、テロリスト3人は神殿の丘からライオン門方面へ出てきたところ、警察官らがいたため、ライフルと小銃を乱射して2人を負傷させ、さらにもう一人をナイフで負傷させたもよう。銃で撃たれた2人は病院に救急搬送されたが、重症と伝えられている。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/232468

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4989180,00.html
タグ :
≪ 前ページへ ≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫