FC2ブログ

イスラエル総選挙:2019年4月9日決定 2019.1.1

 2019-01-01
ネタニヤフ政権は、12月24日、前回一致で、国会を解散、総選挙を、任期満了(11月)前の4月9日に行うことを決めた。ネタニヤフ首相が、国防のために、今は政府を解散するべきでないと国民に訴えてから、わずか4週間後である。

ネタニヤフ首相は、4週間前の訴えから一転して総選挙を歓迎したことについて、ヒズボラのトンネル摘発が始まった今なら、総選挙をしてもよくなったと答えている。

解散の理由は、超正統派の従軍義務に関する法案が1月15日を期限に決議が行われるのだが、国会120議席中、与党61議席というぎりぎり多数派の状態では、与党が提出している法案が通らないとみられることが原因である。

この法案は、超正統派が金を払うことで義務を逃れる道があるらしく、これに未来がある党(やエル・ラピード党首)、イスラエル我が家党(リーバーマン党首)が反対している。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5432602,00.html

国会解散、総選挙が決まったことで、政界ではさっそく様々な政党が、しのぎをけずりはじめている。

<ベネット教育相+シャキード法務相が新党結成>

29日、ベネット教育相とシャキード法務相は、ユダヤの家党を出て、新党「新右派」と結成すると発表した。ベネット氏の妻は世俗派で、シャキード氏の夫も世俗派であることから、新党の特徴は、様々な右派が共存するという点だという。

先月末、ベネット氏とシャキード氏は、リーバーマン元国防相が辞任した際、ベネット氏を国防相にするよう、ネタニヤフ首相に要求。通らない場合は、ユダヤの家党は連立を離脱すると主張した。

ところが、ネタニヤフ首相は、今は政府を解散すべきどきではないと訴え、国防相は自らが兼任し、防衛上、今は政府も解散すべき時ではないとベネット氏に、政権残留を要請した。ベネット氏とシャキード氏はこれを理解し、全面的に受け入れ、政権に残留したのであった。

ベネット氏のこの以外なUターンは、ネタニヤフ首相への屈服とみられ、国民の間に、ベネット氏とユダヤの家党への幻滅としてメディアは封じた。

ところがそのわずか4週間後に、ネタニヤフ首相自身が、政府を解散し、総選挙を実施すると発表したわけである。ベネット氏とシャキード氏は、ネタニヤフ首相への怒りを表明したが、この後に至っては、すでに信頼を失った形なので、このままで総選挙に向かえば、議席数は確実に減少すると予測された。

これは、このまま何もしないで、ユダヤの家党の中にとどまっている以上、時期政府で、重要なポジションを期待できないということである。

このため、苦渋の策として、ベネット氏たちは、新党を結成し、新たな右派層を見方につけることで、超正統派と結託するリクード(ネタニヤフ首相政党)に取って代われる新しい右派政党をめざすという賭けに出たわけである。

しかし、現時点での予想では、結局、ネタニヤフ首相のリクードが28議席(現在30)でトップ。2位は、未来がある党(ラピード党首)が議席を伸ばして15議席。ベネット氏らの新党「新右派」は、14議席との予想である。

中道左派で、労働党(アビ・ガバイ氏)と、ハテウナ党(ツイッピー・リブニ氏)が合併した党、シオニスト連盟党(ガバイ党首)は、現在の15議席から9議席に激減するとの予想である。時代は今や右派、ということである。

https://www.timesofisrael.com/bennet-and-shakeds-new-right-poised-to-win-at-least-10-seats-polls-find/

<ベニー・ガンツ元参謀総長が新党”イスラエルの回復力”結成>

総選挙が決定した今、注目が集まっているのが、元イスラエル軍参謀総長ベニー・ガンツ氏(59)である。長く政界入りを予測されてきたガンツ氏がどの党に入るかで、議席数が大きく変わってくるからである。

4月の総選挙の結果は今の所、ネタニヤフ首相が最強という予想になっている。しかし、中道の未来がある党(ヤエル・ラピード党首)か、中道左派のシオニスト連合党(アビ・ガバイ党首)かが、ガンツ氏の取り込みに成功すれば、ネタニヤフ首相を打倒する可能性も出てくるという。

現在3閣僚を兼任するネタニヤフ首相は、強力なライバルになる可能性を秘めるガンツ氏を取り込むため、外務相のポジションを申し出たと伝えられている。しかし、ガンツ氏はこれを拒否した。

未来がある党のラピード氏は、選挙リスト2番目のポジションを、シオニスト連合のガバイ氏は、自ら党首をおりて、かわりに党を導くよう、トップの座を申し出たが、ガンツ氏は、これも拒否した。

最終的に、ガンツ氏は、12月27日、自らが党首となる新党「イスラエルの回復力」の立ち上げを発表した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5434496,00.html

これにより、ガンツ氏の「イスラエルの回復力」党が、現在の予想では2位の未来がある党(ラピード党首)を抜いて2位になる可能性が出てきている。

https://www.timesofisrael.com/ex-idf-chief-gantz-unveils-new-political-party-ahead-of-april-elections/

*ベニー・ガンツ氏

1959年生まれで、1979年からイスラエル軍のパラシュート部隊に所属。レバノン、西岸地区の司令官えお歴任後、2002年からは北部総司令官、2005年からは陸軍総司令官を務める。

2007-2009年はアメリカで、イスラエル軍代表を務める。その後、イスラエル軍の副総司令官となり、2011-2015年、第20代イスラエル軍総参謀長となった。この間、ハマスとの囚人交換でシャリート軍曹を奪回する事件(2011)、ガザとの戦争、防衛の盾作戦(2014)などを経験している。

教育においては、歴史学で学位、政治科学でマスター、アメリカの国家防衛大学で、国家資産運営に関する学びも終えている。妻と4人の子供あり。

https://mfa.gov.il/MFA/AboutIsrael/State/Personalities/Pages/Benny_Ganz.aspx
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

国民的作家アモス・オズ死去 2019.1.1

 2019-01-01
12月28日、イスラエルでは国民的作家アモス・オズ氏(79)が、がんで死亡した。

オズ氏は、ロシアとポーランドからイスラエルへ移住した両親のもと、1939年にイスラエルで生まれた。イギリス委任統治下で、建国までの開拓時代の辛酸と舐め、建国後も続いた戦争を経験している。

オズ氏は、ホロコーストと、イスラエルで2つの民族が戦うという現実を生き、それをテーマにした作品を数多く発表。「ア・テイル・オブ・ラブ・アンド・ダークネス」はミリオンセラーとなり、映画化もされた。

左派として知られ、パレスチナ人との対話を擁護する立場を明らかにしていた。

31日の葬儀には、リブリン大統領の他、左派系党首たち、また元イスラエル参謀総長ベニー・ガンツ氏も出席した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5438495,00.html

イスラエルの建国は、労働党のベン・グリオンが立役者だった。建国70年を迎えた今、政権は、右派へと移行している。オズ氏の死去もまた時代の移り変わりを象徴しているのかもしれない
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

エルサレムのハヌカ:ベツレヘムのクリスマス 2018.12.05

 2018-12-05
イスラエルでは、12月2日(日)日没から10日(月)まで、ハヌカの祭りを祝っている。毎年のように、通りのあちこちに9枝の大きなメノラーが設置され、毎日一本づつ点灯される。町には、いたるところに華やかなスフガニヨット(揚げパン)が売られている。時に無料配布も行っている。

エルサレム市内では、毎日、旧市街でユダヤ地区がライトアップ。考古学公園のダビデの町、聖書博物館から、六日戦争を記念する弾薬の丘ミュージアム、ヤド・バシェムから国立公園など、それぞれの場所で、様々なファミリー向けフリーのイベントを行っている。

各地の公民館でも3日、フェスティバルが行われた。オープンマーケットのマハネイヤフダでは、ビールで騒ごう!というイベントもあった。

また今年は、3日にディアスポラ(イスラエル外ニスムユダヤ人)6000人が、エルサレムでパレードを行った。ニューヨークのメイシーズのような巨大なバルーンを浮かべてのマーチで、その後は、旧市街すぐ横のスルタン・パークでコンサートが行われた。エルサレムはにぎやかに楽しくやっている。

<ハヌカは神の奇跡と勝利を思う時>

紀元前198年から、エルサレムは支配していた強大なセレウコス朝シリアに支配された。176BCから王座についたアンテイオカス4世は、特に反ユダヤの王で、神殿でブタを犠牲に捧げて汚した上、ユダヤ人の律法をことごとく守らせないようにした。

聖書の価値観を否定し、ヘレニズム、人間の文化を押し付けたという点から、この王は反キリストの型ともいわれる。ハヌカは、そのシリアを、ユダヤ人のマカビー一家(父親と5人の息子)が撃退し、エルサレムとその中心であった神殿を解放した奇跡を記念する。

勝利の後、マカビー一家は、10年近く異邦の偶像礼拝に汚された神殿をきよめ、主の神殿として捧げなおした。これを「宮きよめ」と言う。この時、神殿のメノラーには油が1日分しかなかったのに、8日間消えなかったという伝説が伝わる。

これを記念して、ハヌカには、通常は7本枝のメノラーを9本枝にして、毎日1本づつ、8日間、明かりをともす。勝利は勝ち取ったのではなく、神が与えてくださるものであることを思う。同時に、再献身の時でもある。

<イエス・キリストとハヌカ>

イエス・キリストも、ハヌカの時にエルサレムで神殿を訪れている。新約聖書ヨハネ10:22-23によると、「宮きよめ」の祭りの時に、イエスが宮(神殿)の中のソロモンの回廊を歩いていたと書かれている。

ハヌカは、ユダヤ人の神、律法への思い、信仰、愛国心が高まる時期である。この時期に、しかも神殿の中で、パリサイ派たちは、イエスに向かって「メシアならはっきりそう言え。」と詰め寄っている。ユダヤ民族への熱い思いから、イエスが否定しないことを知っていて、はじめから石打にする気だったのだろう。

イエスは、「神である父と私は一つである。」と答えた。パリサイ派たちは、これを許しがたい冒涜と捉え、イエスを石打にしようとするが、イエスは彼らの手から逃れたと書かれている。

<ホロコースト時代のハヌカ>

ホロコースト時代のユダヤ人たちは、マカビー時代と同様に、ユダヤ文化を完全否定するナチスの圧政の下にいた。

ナチスの圧政は、1933年から1945年の12年も続いた。はじめはユダヤ人ボイコットから始まり、ゲットー、そしてガス室と、事態は徐々に悪化する。それでも、ユダヤ人たちは、自分たちの時代にもマカビーがまた来るだろうかと思いながら、毎年ハヌカを祝っていた。

https://www.yadvashem.org/yv/en/exhibitions/hanukkah/index.asp (ハヌカ写真:戦争前、中、後)

1942年、ポーランドで、まだ若い少女であったフェラ・チェプスさんが、日記にハヌカの日のことを書き残している。ゲットーの中で、家々で隠れるようにしてひそかにハヌカが祝われている様子、かすかに聞こえるハヌカの歌声など・・・すぐに消さなければならないろうそくを前に、それでも毎年またハヌカは祝われていたと書いている。

イスラエルという父祖の地、自由の地でのマカビーの活躍を思い、もしかしたら、新しい時代のマカビー、地下組織が私たちを解放してくれるかも!とも書いている。
フェラさんは、パレスチナへの移住の準備をしていた。

ハヌカを日記に記してから3年後の1945年、フェラさんは、グロス・ローゼンに属する強制労働収容所にいた。敗北が近づいていたナチスは、ソ連軍が近づいてくるのを受けて、女性たちを、1-2月の冬の凍てつく中、800キロも歩かせた。これはデス・マーチと呼ばれ、道中で衰弱死させて殺すことを目的としていた。

フェラさんは、デス・マーチで、1945年5月の解放まで生き延びたが、その翌日、力尽きて死亡した。ホロコーストの4年間を書き綴った日記は、デス・マーチの間もフェラさんのリュックに入っていて、今に残されたのであった。

ホロコーストで死んでいったユダヤ人たちが夢見ていた通り、今、ユダヤ人の国があり、そこで盛大にハヌカが祝われている。これまでも、これからも、ユダヤ人たちは、何があろうが、ハヌカを祝いつづけていくだろう。

エルサレムでは、3日、リブリン大統領が、ホロコースト生存者50人とともにハヌカの2日目を祝った。

<石のひとりごと>

ユダヤ人は、自分とその生きている時代を超えて、民族とその将来を見て、それを希望にできる人々である。それはおそらく今も変わっていない。地上ではユダヤ人であったイエスが、十字架での自分の苦しみと死の向こうに見ておられたのも、未来の全人類の救いであった。

私自身に、自分は死んでも、日本民族の将来の勝利を見て満足できる心はあるだろうかと考えさせられる。。。

<ちょっと悲しいベツレヘムのクリスマス>

エルサレムでハヌカの準備が進む中、そこから車で30分ほどのところにあるパレスチナ人の町ベツレヘムでは、クリスマスの準備が行われている。11月29日、ベツレヘム市のクリスマスに関する記者会見に行ってきた。

今年のテーマは、Message of Christmas is being and existence (クリスマスのメッセージは、(パレスチナ人が)ここにいるということ)であった。記者会見は、アラビア語(英語通訳)であり、取材に来ているのは、ほとんど全員アラブ系、パレスチナ系メディアであった。

記者会見には、ベツレヘムのアントン・サルマン市長(キリスト教徒)、パレスチナ自治政府のルラ・マヤ観光相、カーメル・ハメイド知事もコメントを述べた。どの人も、まずは、イスラエルの”占領”とネタニヤフ首相を非難した。

ハメイド知事は、主イエスと言っていたので、クリスチャンのようだが、今年のクリスマスは、特にアメリカ大使館がエルサレムに移動した年なので、特にパレスチナ人の一致、パレスチナ人の存在のイメージを世界に発信しなければならない年だという点を強調した。

http://imemc.org/article/holiday-preparations-well-underway-in-bethlehem/

確かに、ベツレヘムは、周囲を壁で囲まれ、検問所があって、自由にエルサレムへも出入りできないので、「占領」と感じるのであろうが、ベツレヘムは、最も多くのテロリストをイスラエルに送り込んできた町の一つ。イスラエルは、ベツレヘムによって、多くの市民を殺された。壁によって、テロ事件は大幅に減った。何もないのに、イスラエルが意地悪で、壁や検問所を設けているのではない。

2016年、当時のベラ・バブーン前ベツレヘム市長は、記者会見を英語で行い、クリスマスのテーマは、少なくとも希望と平和だと言っていた。それが今年は、記者会見は、すべてアラビア語で、ベツレヘムはアラブであるという自己主張をはかるとともに、テーマもさらに政治的になっていた。

しかし、クリスマスのメッセージは、「きょう、ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。こお方こそ主キリストです。」である。

言い換えれば、ユダヤ人の救い主が、ダビデの町(ユダヤ人の町)ベツレヘムでうまれたということである。クリスマスを認めるということは、ベツレヘムはユダヤ人の町であったということもまた然りなのではないか。

ベツレヘムが、クリスマスの本来のメッセージ、福音*からどんどん遠ざかっているようで、なんとも悲しいというか、やりきれない記者会見であった。

ベツレヘムでは、12月1日に大きなクリスマスツリーの点火が行われた。2日には、クリスマスマーケット、聖歌隊コンサート・・と様々なイベントが続く。24日には、今年もアッバス議長も出席して生誕教会隣のカトリック教会でミサが行われる。

しかし、パレスチナ自治政府のルラ・マアヤ観光相によると、ベツレヘムの観光はここ数年でかなり回復しており、観光客は、数時間、教会などを見て回るだけで、宿泊はイスラエル側というのが通常であったが、最近は、ベツレヘムに宿泊する観光客が増えて、満員御礼だという。

https://www.timesofisrael.com/thousands-gather-in-bethlehem-for-christmas-tree-lighting/

*福音(ゴスペル)

福音(ゴスペル)とは、一般的にキリスト教と考えられているが、実はユダヤ教の土台の上に成り立っているのであり、ユダヤ教を無視しては語れないということはあまり知られていない。

ユダヤ教の中心事項は、聖書によれば、世界の民族の中で、神と契約を結んだユダヤ人が、その際に与えられた律法を守って、神との関係を維持・発展することにより、世界もまたこの神につながり、本来の姿を回復していくという考えである。(オラン・ティクーン)

この教えの頂点にあるのが、大贖罪日(ヨム・キプール)。一年に一回、この日に、イスラエルの国と個人、それぞれが、自分には罪がある(律法を完全に守れていない)とみとめ、悔い改めをする。そうしてその罰を受ける身代わりとして、おのおのエルサレムの神殿で、毎年、犠牲の動物をささげることになっていた。これが旧約聖書である。

この後に来るキリスト(救い主)とよばれるイエスは、この教えを基盤に、エルサレムにおいて、自らがその犠牲となって、罪の罰を受け、十字架上で死なれたということである。しかし、イエスは、動物ではなく、神の子である。死んでから3日目によみがえった。

これにより、毎年ささげものになる動物と違って、一回で永遠に、人類すべての罪の身代わりの役割を果たすという新しい契約がもたらされたことになった。興味深いことに、イエスの十字架の後、約40年後には、神殿がローマ帝国によって破壊され、今にいたるまで、もはや動物を罪の身代わりにすることはできなくなっている。

イエスの十字架と復活が世にもたらされて以降、ユダヤ人でも異邦人でも、イエスの十字架が罪の贖いになったと信じて受け取る者は、神との関係を完全に回復することができる。罪の結果として死ぬこともなく、永遠のいのちを受けると聖書は説いている。これを「救い」と言う。

早い話が、罪の赦しと永遠の命の代価をイエスが払ってくれたので、私たちはただ受け取れば良いということである。個人の良い行いや働き、成果によるものではなく、ただ受け取ることだけであることから、良い知らせ、「福音(ゴスペル)」と呼ばれるのである。

ところが、これがなかなか、あまりにも話が良すぎて、人間基準のヘレニズム思考には理解不能で、受け入れがたいのである。福音が、ヘレニズムを超えるという意味では、ハヌカとクリスマスが同じ頃に来るというのも、ある意味興味深いかもしれない。。。
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

警察がネタニヤフ首相を汚職で起訴を勧告 2018.12.5

 2018-12-05
現在、首相、外務相に加えて、国防相も務めることになったネタニヤフ首相だが、3件の汚職疑惑がある。その中の一つで、ケース・4000と呼ばれる件について、2日、警察は、十分な証拠を入手したとして、ネタニヤフ首相夫妻を起訴すべきとの勧告を発表した。

ケース・4000とは、ネタニヤフ首相が、イスラエル最大の、ベゼック・コミュニケーション会社が運営するメディア、ワラに、自身に都合の良い記事を出してもらうため、ベゼックの主要株主サウル・エロビッチ氏に便宜を図っていたというものである。記事だけでなく、エロビッチ氏から賄賂をとっていたこともあると警察は言っている。

ネタニヤフ首相は、これについて、完全に否定。政治家がメディアと関わることはめずらしいことではないと一蹴し、自身に対する陰謀だと反論した。また、ちょうど警察庁長官が、交代する直前の摘発はタイミングよすぎると批判した。

<今後どうなっていくのか:最終決断は2019年末予定>

ネタニヤフ首相夫妻起訴への報告は、これから司法検事によって審査され、その後、マンデルビット司法長官が、起訴するかどうかの最終決断を下す。マンデルビット長官は、疑惑3件すべてを精査する予定で、最終的な決断の発表は、2019年末とみられる。

2019年末といえば、ネタニヤフ政権が任期満了となり総選挙が予定されている時期である。しかし、今回の警察の報告により、連立政権から離脱する党が出てくる可能性もあり、そうなるとまた早期総選挙という騒ぎになる。

一難さってまた一難というのが、今のネタニヤフ政権であるが、今の所、他にネタニヤフ首相ほどのリーダーシップをとれる人物もいないので、結局このまま・・ということになるのかもしれない。

https://www.timesofisrael.com/police-recommend-bribery-charges-for-netanyahu-in-case-4000/
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

ネタニヤフ首相:国防相・外務相を兼務へ 2018.11.24

 2018-11-24
ガザから500初近いロケット弾が撃ち込まれるという軍事衝突から1週間になる。この衝突で、イスラエルでは死者1人(パレスチナ人)、負傷者27人。ガザでは、アラブ系メディアによると6人が死亡。双方の建物に甚大な被害を残した。

今回こそは、イスラエルが、大規模にガザを一掃するのではないかと緊張が高まったが、結局エジプトと国連の仲介で、今回も停戦ということになった。もし、イスラエル側の死者がパレスチナ人でなく、ユダヤ人であれば、話は違っていたかもしれない。

ともかくも、イスラエル南部は、家を失った人々は別として、平穏な1週間であった。しかし、イスラエル政府は、一時、解散総選挙になるとの騒ぎで、激震が走った1週間であった。

<リーバーマン国防相辞任で政府崩壊の危機>

ガザとの停戦直後、リーバーマン国防相が、今回もガザを一掃せず、ハマスとの停戦を決めた政府は、「短期的な平穏を得るために長期的な平穏を犠牲にした。テロ組織に屈服した。」と非難。もはや、この政権とともには歩めないとして、国防相を辞任し、連立政権からも離脱すると表明した。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5401885,00.html

リーバーマン氏が導くイスラエル我が家党が離脱すると、与党と野党の議席の差はわずか2席となり、政権はあまりにも不安定になる。与野党双方から、総選挙するべきとの声が高まった。

ネタニヤフ首相は、「今は、左派政権が台頭するかもしれない機会を与える時ではない。今の右派政権を維持すべきだ。」と訴え、総選挙は避けるべきだと訴えた。

すると、ナフタリ・ベネット教育相が、欠員となった国防相のポストを要求すると表明。もしそれが叶わない場合、ユダヤの家党(ベネット氏が党首)も政権から離脱すると表明した。ユダヤの家党が離脱すれば、必然的に総選挙になる。

しかし、ネタニヤフ首相とベネット氏は不仲で知られる上、世論は、ベネット氏が防衛相にふさわしいとは思っていない。ネタニヤフ首相は連立政権内の各政党党首と、政権を離れないよう交渉を始めた。ユダヤの家党は最後に交渉が予定されていた。

この間、これに追い打ちをかけるように、ユダヤの家党に所属するシャキード法務相が、ベネット氏が防衛相にならない場合は、自分も辞任すると発表した。これはいわば、ネタニヤフ首相への最後通告である。この時点で、ネタニヤフ首相には、ベネット氏を国防相にするか、自ら国防相を兼任するか、選択肢は2つしかなかった。

結果、ネタニヤフ首相は、自らが国防相を兼任すると発表。「今は戦争の最中である。政府を潰すべき時ではない。」と閣僚らに協力を求めた。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/254906

この時、元イスラエル軍参謀総長で、近い将来政治に参入するとみられているベニー・ガンツ氏が、ネタニヤフ首相を応援し、「防衛問題に政治が入り込むべきではない。」とのコメントを発表した。

https://www.timesofisrael.com/ex-idf-chief-backs-netanyahu-refusal-to-dissolve-government-over-security/

イスラエルのメディアは、すでに総選挙がいつになるかと予測する報道がはじまったが、予想外にも、ベネット教育相とシャキード法務相が、「ネタニヤフ首相がその覚悟なら、そうしてもらいたい。」と、政権に残留すると発表した。

結局のところ、ベネット氏は、ネタニヤフ首相に頭が上がらないのだと皮肉に報じるメディアもあったが、国のために、ベネット氏が、自らの力不足を認めたのかもしれない。ベネット氏が、降参したことで、ネタニヤフ首相は、総選挙の危機を一応乗り越えたのであった。

しかし、これで、ネタニヤフ首相が、国防相をも兼任することになった。ネタニヤフ首相は、すでに外務相、保健相も兼任しているので、首相とともに3閣僚を兼任することには無理がある。やはり国防相は、だれかを指名するべきだとの声は続いている。

チャンネル2の調べによると、イスラエルをとりまく治安状況は、これまでになく困難なものになりつつあることから、次期国防相には、元イスラエル軍参謀総長であるベニー・ガンツ氏を望む声が最も大きいとの結果になっている。

<デリ内務相汚職疑惑再び>

なかなかあやうい現ネタニヤフ政権だが、汚職問題も後を絶たない。ネタニヤフ首相自身とサラ夫人も、汚職問題で尋問を受けている身である。

さらに、正統派ユダヤ教政党シャスの党首で、内務相でもあるアリエ・デリ氏が、脱税で逮捕にすべきとの訴えが、イスラエル警察と税務局から出された。近く逮捕になる可能性がある。そうなると当然内務相の席も空席になる。これはネタニヤフ政権にとってもう一つの打撃になる。

デリ氏の汚職問題は、これが初めてではない。2000年に、内務相を務めている時に15万5000ドル(約2000万円)もの賄賂を取ったことが明るみに出て逮捕された前科がある。

この時、デリ氏は、22ヶ月間実質服役し、2002年に出所。2011年に政界へ復帰して、2013年に議員に返り咲いた。その後、2015年からは、シャス党が連立入りしたことで、党首であったデリ氏が、よりにもよって経財相のポジションを獲得。2016年からは、逮捕される直前と同じ内務相に復帰したのであった。

そのデリ氏がまた汚職で逮捕さわぎなのである。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5409992,00.html 

今にも倒れそうなネタニヤフ政権だが、今、与野党に、ネタニヤフ首相に代わってイスラエルを導く強い指導者はみあたらない。日本でも安倍首相に変われる人材がないと指摘されているのと同様に、結局、ネタニヤフ首相が政権にとどまるとみられている。

<イスラエル軍参謀総長も交代>

国防相が辞任する騒ぎとなっているイスラエルだが、イスラエル軍でも、現在のガビ・エイセンコット参謀総長が、4年の任期満了を迎えるにあたり、2019年から新しい参謀総長に交代する。

次期参謀総長(第22代目)に内定しているのは、エイセンコット参謀総長の元で服参謀総長であったアビブ・コハビ陸将(54)。

レバノン連絡将校、空挺部隊司令官、第二インティファーダ時代の西岸地区対テロ部隊司令官、ガザ担当司令官など、非常に豊富な経験を持つ。高いモラルも評価されたとのこと。ネタニヤフ首相にもすでに会っているが、来週、正式に内閣での承認になる見通しである。

https://www.jpost.com/Israel-News/Goldberg-Committee-confirms-Maj-Gen-Kochavi-as-next-IDF-chief-of-staff-572363

<イスラエル警察庁長官も交代>

イスラエルでは、警察庁長官も交代になる。モシェ・エドリ氏(51)。交通担当の他、エルサレムを担当した経験もある。今後、テロを含む国内の治安維持担当する。

新しい国防、警察など治安人事を覚えてとりなしを!
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :

聖書考古学:エルサレムで「ベカ」(第一神殿時代)発見 2018.11.24

 2018-11-24
ダビデの町からまた貴重な聖書考古学の発見があった。みつかったのは、わずか1センチほどの第一神殿時代(3000年前)石の重りで、「ベカ」というヘブライ語が彫られている。1ベカは、5.7グラムで、金や銀の計量に使われていたとみられる。

「ベカ」が聖書に最初に出てくるのは、創世記24:22。アブラハムのしもべエリエゼルが、イサクの妻になるリブカに贈った金の飾り輪が1ベカと書かれている。

また1ベカは、聖所のシェケルの半シェケルを表すことが、出エジプト38:26に書かれている。20歳以上の者は、登録の際、1ベカ分の金を支払っていた。この1ベカ、すなわち半シェケルは、イエス時代にも、神殿の税金として、納められいたものである。

今回のベカ石は、エルサレムで、土をふるいにかけるプロジェクトに参加していたボランティアによって発見された。

その土は、嘆きの壁から南にあるロビンソンアーチ(神殿の丘に上がる入り口として使われていたアーチのあと)の下で、シロアムの池(ダビデの町)から神殿に上っていく階段の下にある下水道付近。いいかえれば、ソロモンの神殿に近い地点ということである。

考古学者のエリ・シュクロン氏によると、これまでにも同じ重りはいくつか発見されているが、「ベカ」という文字がこれほどはっきりとみえるものはこれが初めてだという。

ただし、その文字は鏡にうつったように逆方向になっており、いわば失敗作とみられている。しかし、この失敗から、重りをつくっていたのが、王などが用いた印鑑を作る細工人であったことがわかる。

https://www.timesofisrael.com/straight-from-the-bible-tiny-first-temple-stone-weight-unearthed-in-jerusalem/:写真
カテゴリ :イスラエル国内ニュース トラックバック(-) コメント(-)
タグ :
≪ 前ページへ ≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫