イエス時代新たな発掘 2017.8.14

 2017-08-15
1)ベツサイダ

ガリラヤ湖北部沿岸のベツサイダではないかと見られる地域からは、鉄器時代(旧約時代)の遺跡が見つかってはいたものの、新約時代のベツサイダにつながるようなローマ時代の遺跡はまだ発見されていなかった。

今回、新しく見つかったのはそのローマ時代の遺跡で、ヘロデ大王の息子ピリポが、小さなユダヤの漁村を増改築してつくったポリス、ジュリアスの遺跡と考えられている。

みつかったのは、ローマ時代のバスハウス、同時代のモザイクのほか、5世紀のガラスモザイクで、1世紀のベツサイダのものではない。

しかし、ガラスモザイクは、ビザンチン時代、ここに、重要な教会があったということを示唆しており、新約時代のベツサイダがあった場所である可能性が高い。

まだごく一部しか発掘されていないため、将来ベツサイダのものが出てくる可能性はある。

http://news.nationalgeographic.com/2017/08/jesus-bible-apostles-bethsaida-israel-archaeology/

2)ガリラヤのカナ:2000年前の石器工場

イスラエル考古学局は、ナザレ近郊下ガリラヤ地方で、ローマ時代の石器工場を発見したと発表した。レイナと呼ばれる町で、地域のスポーツセンターを建設中に発見された遺跡である。レイナは、聖書時代、ガリラヤのカナであったと考えられている。

パレスチナ地方では、長く陶器が使われてきたが、1世紀、つまりイエス時代には、柔かい白い石灰石の食器が一般的に用いられた。陶器は、汚れたものに触れた場合、2度と使えなくなるので破壊されるが、石の器は、宗教的な汚れを受けないとされるため、長く使えたからである。

今回発見されたのは、いろいろな過程にある石の器であったことから、工場であると判断された。

新約聖書によると、イエスがガリラヤのカナで、6つの石がめの水をぶどう酒に変えたという奇跡が記されている(ヨハネ2:6)。この石がめは、この石器工場で作られた可能性が高い。

https://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5001775,00.html
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第16回エルサレム・ゲイパレード:2万人参加 2017.8.6

 2017-08-06
今年も8月3日、第16回目になるエルサレムのゲイ・プライド・パレードが行われた。地元メディアによると、同性愛者とそれに賛同する人々2万人以上がイベントに参加した。

エルサレムは世俗のテルアビブと違い、宗教の町である。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、どれも同性愛には反対の立場で、同性愛はタブー視されている。

日頃からエルサレムを、多様で民主的な町としてプロモートするバルカット市長だが、ゲイパレードの時は、許可は出すものの、今年も直接のコメントは出さず、距離を置いた立場を続けた。

注)パレードの参加者全員がエルサレム市民なのではなく、遠方からも来るし、ゲイでなくてもゲイを支持する人々も参加している。

<毎年増強されるセキュリティー>

2年前の2015年のゲイパレードでは、超正統派のイシャイ・シュリーセルが、パレードに参加していたシーラ・バンキさん(16)を刺し、シーラさんは後に死亡した。エルサレムのゲイパレードでは、パレスチナ人ではなく、熱心なユダヤ教徒によるテロが懸念される。

このため、セキュリティは年々強化されている。上記テロから2年目の今年、パレードはスタートになる公園と終点になる公園、その道中の道路まで完全に柵で閉鎖されており、公園の入り口にあるセキュリティを通った人だけが、パレードに参加できるようになっていた。

ゲイに反対するユダヤ教団体ハリーバ(キリスト教宣教にも反対)は、パレードがスタートする公園から100メートル以上離れた道路を挟んで反対側の公園の中に設置された特別なエリアから出られないようにされていた。

その柵のむこうからハリーバのメンバー50人ほどが、数十人の警察に囲まれながら、旗やプラカードを掲げ、「同性愛はプライドではなく、のろいだ!」と叫んでいた。しかし、まるで遠くからの犬の遠吠えのようで、ちょっとかわいそうな、しかし笑えるような光景であった。

ハリーバがいたエリアは、ゲイパレードの公園からは道を挟んで、道沿いに続く公園である。道路から10メートルほど奥に入ったところまでは無人地帯とされ、ハリーバの前には警察官が数十人、また20メートルおきに2人づつ警官が立っていた。

イスラエル・メディアが警察からの情報として伝えたところによると、このイベントでは、問題を起こしそうな12人が連行され、うち1人はナイフをもっていたという。

つい最近まで、神殿の丘でもめていたエルサレムが、その数日後には、ゲイパレードで、女装した男性が練り歩く。実に忙しい町である。

http://www.timesofisrael.com/thousands-march-in-jerusalem-pride-parade-under-heavy-security/
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神殿崩壊記念日:ユダヤ人1000人以上神殿の丘へ 2017.8.2

 2017-08-02
神殿の丘での紛争が、とりあえず一段落かと思われてからわずか5日後、エルサレムでは神殿崩壊記念日を迎えた。ユダヤ歴でアブの月の9日、テシャベアヴと呼ばれる日である。

この日は、ソロモンが建てた第一神殿、ヘロデが増改築した第二神殿が、それぞれバビロン、ローマ帝国に破壊された日と言い伝えられている。さらに、この日は、神殿崩壊以外にもスペインからの追放やホロコースト関連など、様々な悲劇がユダヤ人を襲った日と言われている。

敬虔なユダヤ教徒は、断食しながらこれらを思い出し、バビロン捕囚の時にエレミヤが書いた哀歌を読みつつ、神の前に出る。

しかし、嘆いてばかりではない。神の前にへりくだるとともに、ユダヤ人としての使命にあらためて目覚め、立ち上がる日でもある。そういうわけで、この日、勢いがつくのが、2度も破壊された神殿をもう一度再建する、すなわち、第三神殿への夢である。

<神殿の丘へユダヤ教徒1000人以上入場>

毎年この日には、第三神殿を立てようとする右派たちが神殿の丘へ上がろうとする。

2年前には、この一派たちの動きが活発となり、パレスチナ人に間で、「ユダヤ人が神殿の丘を取りに来る。」という噂が流れ、パレスチナ人らが、神殿の丘のアルアクサモスクにたてこもり、治安部隊と大きな衝突となった。

今年は、この2週間の神殿の丘騒動で、パレスチナ人が神殿の丘へ入ることを拒否し、一時神殿の丘がからっぽになったが、これを見た右派のユダヤ教徒たちが、この時とばかりに丘へあがり、祈りをささげたりした。

結局、イスラエルはイスラム側の要求を全部飲む形で収まったが、右派たちの間では、「神殿の丘は本来、ユダヤ人の聖地のはずなのにイスラムに譲歩している。」との不満が一段と高まったようである。

また、イスラム教徒の入り口では、金属探知ゲートは撤去されたが、ユダヤ人の入り口には、相変わらず金属探知ゲートがあることからも、不満を訴えている。*ただしこのゲートは、ユダヤ人以外の不特定多数、観光客も通るため、必要は理解していると思われる。

ユダヤ教ではその足が踏むところが所有になるという考え方もあり、一部の右派ラビたちからは、より多くのユダヤ人は神殿の丘へあがるよう呼びかけもあった。

そういうわけで、今年、8月1日(火)のティシャベアブの朝、神殿の丘へ上がったユダヤ人は、小さな子供達も含めて1263人。1000人を超えたのは、1967年の六日戦争以来だという。

神殿の丘へは、通常、聖書、祈祷書などの持ち込み、また構内での祈りやおじぎも禁止されている。今日1日の入場で、このルールに違反したユダヤ人数人が神殿の丘から連れ出され、また、アラブ人と喧嘩しそうになったユダヤ人とそのアラブ人も外へ連れ出された。

ムグラビゲートでは、中に入れてもらえないいかにも入植者風のユダヤ人たち数百人が、外に押しかけていた。

神殿の外では、右派グループと治安部隊(双方ユダヤ人)がぶつかり、右派らが逮捕される1幕もあった。それ以外はおおむね平和に終わっている。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4997312,00.html

*政府公認の正統派ユダヤ教は、ユダヤ人の神殿の丘への入場を禁止

イスラエル政府直轄のユダヤ教正統派チーフラビは、神殿再建推進派を認めていない。神殿は、人が建てるのではなく、神ご自身が建てるのであり、その時には、大きな問題は発生しないはずだと考えている。

また、現段階において、ユダヤ人は、神殿の丘へ入るべきでないと指導する。至聖所がどこにあったのかがまだ正確に特定できないため、一般人が、大祭司しか入れない場所にうっかり足を踏み入れて、その場を汚す可能性があるからである。

右派は増えてきてはいるものの、イスラエル全体としては、神殿推進派は、まだ少数派である。。。が、行動が派手なのでメディアが注目することになっている。

●CGNTVJapan オリーブ山便り「神殿の丘と第三神殿」*2015年8月作成。今と様子はほぼ同じなのでご参照ください。
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=2751&category=1079 *#80をクリック 

<嘆きの壁は超満員>

神殿の丘での衝突があったばかりだが、それでもティシャベアブのはじまり、1日の日没後には、ユダヤ人たちの群衆が嘆きの壁を訪れた。イスラエルは、治安部隊を増強するとのことで、要所には必ず警察が立っていたが、目立つほどではなかった。

夜中12時ごろ、旧市街にいたが、小さい子連れも含めて、まだまだ入ってくる人が大勢いた。あまりの群衆で、西壁から出る道路は超渋滞。ほとんど動かない状態だったので歩いて街までいかざるをえなかった。テロなど誰一人恐れていない様子である。

嘆きの壁に面するエシュ・ハトーラーというユダヤ人組織の建物では、ディアスポラの若者たちが集会を行っていた。

ティシャベアブは、「ユダヤ人とは何か」をユダヤ人自身が考える時でもある。特にディアスポラの子供達は、自分がユダヤ人であるということをしっかり自覚することに問題がある。

集会では、どうみてもヒッピーの若い青年が、真ん中に立って、「自分はユダヤ人であるということが嫌で、無神論者になった。自分は自分が嫌だった。しかし、ある時に、不思議に神に触れられたと思うが、涙が止まらず、イスラエルに行かなければと思って今ここにいる。」と泣きながら体験を語っていた。

旧市街を眺望するプロムナード(遊歩道)でも、多くの市民たち(右派でない一般人たち)子供やユースグループ、高齢者たちなど老若男女が、地元シナゴーグのラビなどに導かれ、旧市街を眺めながら哀歌を朗読した。

そのプロムナードと旧市街の間には、谷があり、パレスチナ人の居住区が広がっている。ユダヤ人たちが、哀歌を静かに朗読していると、突然、「アラー・アクバル」と、イスラムの夜の祈りが、拡声器で、谷中に響き渡った。

怒りではなく穏やかなイスラムのしらべにのせた祈りである。例のごとく、イスラムの祈りは、5分もしないうちに終了し、なんの影響もなかった。結局のところ、暴力さえなければ、両者はけっこう共存しているのである。。。

この他、ティシャベアヴ開始の月曜夜には、”Women in Green”という右派グループが、今回23回目となるテスアベアヴのマーチ、つまりは、エルサレムはイスラエルのものであると主張するマーチを行った。さすがに今年は、ダマスカス門を通るルートは禁じられたが、終点は、ライオン門周辺だった。

参加した女性は、「今回の事件(神殿の丘問題)で、結局イスラエルには、まだエルサレムの主権は持っていないということが明らかになった。イスラエルの警察官2人、市民3人が虐殺され、神殿の丘にも入れない。まだまだやることはある。」と語った。

http://www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/233236
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ヘブロン・テロリスト銃殺アザリア軍曹:懲役18ヶ月 2017.8.2

 2017-08-02
2016年3月、ヘブロンですでに瀕死の重傷となって倒れているテロリストを銃で撃ち、死亡させたとして、軍法会議に掛けられていたエロール・アザリヤ軍曹の軍法会議での最終判決が出た。無実の可能性もある中、判決は、故殺罪で懲役18ヶ月である。

*故殺罪:殺人罪の一種だが、逆上などでの突発的な殺人で、計画性はないものをさす。若干、殺人罪より軽い。

イスラエル世論は、多くが息子たちを戦場に送り出していることもあり、戦場にいる自国の兵士を裁くのは、敵と味方を混同しているとして、無実と考える意見が多数派であった。

しかし、自爆の恐れがあったとするアザリア軍曹の主張は証明できず、「テロリストは、すでに瀕死であり、とどめをさす必要はなかった。これは”武器の聖さ”(必要時のみ武器を使用する)を重んじるイスラエル軍の軍規に反する。」という軍の主張が通った形である。

懲役18ヶ月ということはかなり減刑された求刑であり、エイセンコット参謀総長は、最高裁への控訴はするべきでないと言っている。しかし、アザリヤ軍曹の家族は、控訴する構えである。

アザリア軍曹の行為は、確かに軍法に違反するのであろうが、これで現場の兵士たちが、銃を使う時に一呼吸置いてしまい、危険にさらされるということも懸念されている。イスラエルが抱えるジレンマである。

http://www.timesofisrael.com/military-court-upholds-conviction-18-month-sentence-for-hebron-shooter/

● CGNTVJapan オリーブ山便り「イスラエルの治安部隊とジレンマ」2016年4月 #84をクリック
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=2751&category=1079
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初のイスラエル製観測衛星打ち上げ成功 2017.8.2

 2017-08-02
8月2日早朝、100%イスラエル製としては初めてになる観測衛星2基が、南アメリカのフランス領ギアナから打ち上げられた。

1基は、農業を主要目的にした世界最小の地球観測用の衛星で、技術も部品も100%イスラエルで作られた。フランスとの提携で作られたためか、ビーナスと名付けられている。もう一基は、イタリアの軍事衛星OPTSTAT-3000で、こちらも100%イスラエル製である。

今回注目されているビーナスは、重さ265キロと世界最小だが、地上720キロ上空から送ってくる写真データは高画質で、自然災害などの研究にも役にたつものとみられる。これから4年半、上空で働きをする予定。

ビーナスからのデータはいったんスェーデンの基地で受信され、そこからイスラエルに関連するデータはイスラエルに送られてくる。IAI(イスラエル航空産業)は、今後送られてくる写真の分析に500万シェケルを投資する。

http://www.timesofisrael.com/israel-launches-first-environmental-research-satellite-venμs/

ヨーロッパでは、BDSとよばれるイスラエル製品のボイコット運動がさかんだが、これいかに、衛星はしっかりイスラエルから調達しているようである。
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