トルコでまた爆破テロ:38人死亡 2016.12.12

 2016-12-12
10日夜、トルコのイスタンブールのサッカースタジアムのすぐ外で連続爆破テロ(一つは自爆)があり、38人が死亡した。警察車両が爆破されたため、犠牲者は警察官30人と一般市民7人だった。負傷者は155人。

スタジアムでは、人気チームが試合をしており、爆破は試合が終了して2時間後に発生。BBCによると300-400キロもの爆弾が使用され、相当大きな爆発であったもよう。

11日になり、独立を求めてトルコ政府に敵対するクルド人勢力PKK参加のTAKというテロ組織が犯行声明を出した。

トルコでは、今年いっぱい、PKK関連やISISによるテロが多発した。2月アンカラで爆弾28人死亡(TAK)、3月アンカラで爆弾37人死亡(TAK)、6月イスタンブール爆弾11人死亡(TAK)、7月イスタンブール空港で爆弾36人死亡(ISIS)・・・など。

<トルコ:イスラエルとの関係回復は前進>

こうした大荒れのトルコだが、イスラエルとの関係改善は前進した。両国は、2010年に発生したマビ・マルマラ号事件*以来、政府間の国交が途絶えていた。(ビジネスは続行)

しかし、2014年になり、ネタニヤフ首相がトルコに謝罪を申し入れ、多額の賠償金を払うなどしたため、トルコは事件に関係したイスラエル兵に対する訴えを取り下げた。

イスラエルの在トルコ大使はすでにトルコ入りしたが、11日、トルコの在イスラエル大使もイスラエル入りを果たした。これをもって両国の国交は回復したといえる。

*マビ・マルマラ号事件
イスラエル領海へ侵入しようとしたガザへの”支援船”をイスラエル軍が阻止しようとして衝突。トルコ人活動家9人が死亡)だった。

http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4891268,00.html
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日曜礼拝中の爆弾テロで25人死亡:エジプト・コプト教会 2016.12.12

 2016-12-12
最悪・・としかいいようがない。エジプトの首都カイロにあるコプト教会(キリスト教)聖堂で、11日日曜、朝10時、信者たちが、礼拝している最中の教会内で爆弾テロが発生した。死者は少なくとも25人。負傷者も多数いるもよう。

この教会では、男性セクションと女性セクションに分かれて礼拝していたが、爆弾は、女性セクションで炸裂した。教会の2階らしき上部の窓が全部吹き飛んでいる様子から、いかに大きな爆発であったかがうかがえる。

さっきまで共に礼拝していた人が、教会の中で死んでいる。中にいた人の証言では、首のなくなった女性の遺体や子供の遺体、ちぎれた肉片が壁や床に散乱していたという。当然、教会の長椅子もめちゃめちゃになっている。

BBCによると、犯人は、女性で、爆弾を置いて、外へ出たもよう。ムルシ前大統領を支援する比較的新しい過激派組織ハスムが犯行声明を出している。

現在のシーシ大統領は、ムルシ前大統領や、それに続くイスラム過激派組織、ムスリム同胞団などを厳しく弾圧している。これらの過激派組織は、弾圧される立場に追い込まれたのは、コプト教会の責任だと考えているという。

現場は、コプト教の本部ともいえる聖マルコ教会に隣接する礼拝堂で、テロリストがコプト教会をいかに敵視しているかがうかがえる。エジプトでは、コプト教徒が差別され、立場も厳しくなっている。

なお、エジプトでは、この事件に先立つ土曜、ピラミッドのあるギザでも爆破テロがあり、警察官6人が死亡している。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-38280627

*コプト教会

コプト教会は、エジプトを訪れた使徒マルコを記念して、紀元後50年(キリスト昇天から約20年後)に創設されたと考えられ、当時、エルサレムの外に立ち上げられたキリスト教会の中では世界最古の一つと考えられている。

使徒マルコはアレキサンドリアの教会の初代法王であったとも考えられている。その後、ローマ帝国やイスラム帝国の下で迫害を受け続け、今に至っている。神学や儀式は正教会(オーソドックス)に準じている。

エジプトでは、総人口の10-15%、8400万人がキリスト教徒で、そのほとんどがコプト正教(このほかにコプト・カトリックなどがいる)である。イスラエルを含むエジプト以外に国々にも100-200万人はいるとみられている。

*ナイジェリア:集会中に教会の屋根崩壊:60-100人死亡か

上記の事件とは関係ないが、ナイジェリアでは、土曜に新しいビショップの任命のために集まって集会をしていた教会(Reigners Bible Church)の屋根が崩壊し、下にいた信者60-100人(人数はメディアによって違う。最大はAP通信の160人)が死亡した。

こちらは、まだ工事中であったところ、イベントに合わせていい加減に工事を終わらせたことが原因とみられる事故だが、詳細は不明。この教会は、プロテスタント系。

http://www.churchomania.com/church/183870641795377/Reigners%20BIBLE%20Church%20INT'L
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モスル総攻撃:バグダディ登場!?徹底抗戦へよびかけ 2016.11.6

 2016-11-06
モスルでは、イラク軍がいよいよモスル近郊の解放をすすめながら、いよいよモスル市内に入り始めた。添付の地図のように、だいぶISISのエリアが小さくなっている。モスル総攻撃を行っているイラク軍などは、最初3万の軍勢と報じられていたが、今は5万と伝えられている。

BBC

当然、ISISの抵抗も激しくなっており、モスルを完全に奪回するまでにはかなりの時間や犠牲を要することが見え始めている。国連によると、イラクでの戦闘で、10月中に死亡した人は1792人。このうち1120人が市民であったとのこと。

木曜、ISISの自称カリフ、アル・バグダディらしい声の録音が出てきた。本物かどうかは確認されてないが、モスル住民に対し、徹底抗戦するよう、呼びかけている。最前線には、バリケードも見えている。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-37856274

<難民の状況>

土曜のBBCによると、モスル郊外の自宅から逃げようとしていた市民らが、ISISの爆撃を受け、17人が死亡した。

BBCによると、これまでにモスル市内や近郊の自宅から避難した市民は2万2000人。モスル南部、北部、東部に現在、5万5000人の難民を受け入れるキャンプが準備されているが、この他にも設置がすすめられており、45万人分が準備される予定だという。

しかし、国連は、モスル人口150万人のうち、最悪100万人が、難民となり、70万人が、シェルターを必要とするようになると予測している。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-37702442
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モスル総攻撃:その後 2016.10.30

 2016-10-30
イラク第二の都市モスル(ニネベ)がISに支配されるようになってから2年。

この都市をISから奪回するべく、10月17日、総勢3万のイラク政府軍とクルド勢力ペシャメルガ、シーア派勢力、スンニ派勢力が、アメリカ軍(約1000人)の支援を受け、モスルに向かって総攻撃を開始した。それから約二週間になる。

これまでにイラク政府軍はモスルの南から、ペシャメルガは東から攻め、ISISを撃退して、町を解放しながらモスルへ向かっている。イラク軍によると、これまでに50の町を奪回したという。

作戦が開始されるとまもなく、モスルから避難する途中、ISISに捕まりかかって、命からがら逃げてきた住民らが保護される様子や、さらなる戦闘に備えて、イラク軍の軍用車で避難キャンプへ移送される住民の様子などが伝えられた。

町が解放されはじめると、住民らが、イラク軍兵士やペシャメルガを笑顔で迎える様子や、一様にISの非道ぶりを訴える住民の様子が伝えられた。

これまでの2年間、ISISは、髭を伸ばすことや、女性にはブルカを強要し、携帯電話を使ったり、テレビを見ただけで、殺害の口実にしたという。解放されてすぐに髭をそる男性もいた。「酷い方法ですべてを奪われた・・。」と苦渋の表情で泣く男性の姿もあった。

これまでに解放された村の中には、イラク最古のクリスチャンの村バルテラ(モスルの東15キロ)も含まれ、神父がISによって破壊された教会に必要なものを取りに入る様子も伝えられている。まだ戻ることはできないが、神父は教会の再建を誓っている。

<どう出るISIS?>

モスルへ向かっている軍勢は、まもなくモスルに達するとみられる。ISISは、最前線にいるイラク軍などに対して、車両で突っ込む自爆テロを繰り返している。

また撤退しながら、モスル周辺の村を襲撃し、住民を殺害するか、誘拐してモスルへ同行させている。すでに数千人から1万人が拉致された模様で、モスル決戦の時には人間の盾として使うとみられる。

また攻撃が始まってまもなく、ISISは、モスル南部の別の町キルクークを攻撃し、イラク軍の兵力を割く作戦に出た。キルクークでは、市民21人を含む116人が死亡した。この町ではISISが化学工場に火をつけ、家事によって毒物を排出するという”化学攻撃”も行なっている。

この他、最前線でないバグダッドのイラク政府関係の建物を狙ったり、補給路を断つなども行なっている。

http://www.nytimes.com/2016/10/30/world/middleeast/isis-counterterrorism-kirkuk-iraq.html?_r=0

また、モスルに近づくにつれて、地下のトンネル網や武器庫などが発見されている。

モスルは、イラクのISISにとっては最も重要な都市である。地下に、膨大なトンネル網を張りめぐらし、様々な罠もしかけているとみられる。モスルは人口150万人の大都市。日本で言えば京都市か神戸市レベルである。

戦闘になれば、かなりの犠牲者が出ると懸念されている。

ところで、ニュースに映し出されるISISのトンネルは、ハマスがガザからイスラエルに向かって造設しているものとそっくりである。また、イラク軍が、市民の犠牲を最小限にするとして、家屋一軒づつに突入していく姿は、まるでイスラエル軍である。

やはりイスラエルで起こっていることはやがて世界でも起こるという傾向をここでも見る感じがする。

<世界レベルの派閥争い>

今回のモスル攻めは、イスラムでも激しく敵対するシーア派とスンニ派がそれぞれ戦闘部隊を送り込んでおり、やがては、世界レベルのシーア派VSスンニ派の戦いになっていく可能性も出てきている。

①シーア派:イラク軍(イラン支援)、その他のシーア派勢力 *アメリカ軍(約1000人)がイラク軍支援

②スンニ派:モスル市民とその他のスンニ派勢力、クルド人勢力ペシャメルガ

モスル住民は、スンニ派であるため、シーア派が市内に入ることを拒否している。しかし、BBCによると、29日、モスル西側から、シーア派勢力がモスルに向かい始めているもよう。

ややこしいのはスンニ派のトルコ。トルコは、このどさくさに紛れて、20日、アレッポから北西へ40キロの町を空爆し、敵対するクルド人勢力(PKK)を数百人殺害している。

トルコのエルドアン大統領は、イラク軍にモスル攻撃への軍事支援を申し出たが、イラク政府はこれをきっぱりと断った。

トルコが参戦したいのは、エルドアン大統領に、過去に広大な中東を400年近く支配した大帝国オスマントルコの栄光を取り戻すという野望があり、ISISなきあとのモスル、ひいてはイラクに影響力を持ちたいと考えているからだと考えられている。

当然、これはイランやシーア派とは対立する立場である。シーア派がエルドアン大統領の写真を燃やす行為も目撃されている。

https://www.theguardian.com/world/2016/oct/24/fears-battle-for-mosul-open-new-front-wider-sunni-shia-conflict-iraq-turkey

<難民100万人の可能性も>

モスルから脱出する人々は、モスル南部へと向かっている。BBCによると、これまでに脱出したモスル住民は1万人あまり。国連等は、ここ数週間の間に20万人が難民になると予測している。

しかし、戦闘がはじまれば、一気に100万人が脱出してくる可能性もあり、支援できる範囲を大きく上回ると懸念されている。

戦闘が近づいている今、ISISは、通常と変わらない町の様子を伝えるプロパガンダのビデオを流しているが、実際には、モスル住民は家の中に潜んでいるようである。以下は、現在のモスル住民の声。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-37679923
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イスラム教巡礼・ハッジ始まる 2016.9.12

 2016-09-12
今日9月11日は、15年前にニューヨークで同時多発テロが発生した日にあたり、ニューヨークなどで記念式典が行われた。その前日の10日、イスラム教徒が、サウジアラビアのメッカへの巡礼(ハジ)が始まった。

ハッジでは、イスラム教徒が大群衆となって、メッカのカーバ神殿の回りを回るなど、独特の習慣があるが、巡礼者の数は、今年も150万人から200万人と予想されている。人類最大のイベントの一つである。

昨年は、将棋倒しで769人が死亡(サウジアラビア発表)。実際には、少なくとも2297人が死亡したとみられている。

昨年の事故で死亡した人のうち、460人が、サウジラビアとは敵対するイランからの巡礼者であったため、両国の間の緊張が高まる原因にもなった。イランは、今年、自国民がハッジでサウジアラビアへ行くことを禁止している。

昨年、犠牲者の身元の識別に苦慮したサウジアラビアは、今年、アイデンティティを記載した電子ブレスレットを巡礼者に装着させている。治安維持については、上空からヘリコプターが、監視する他、兵士10万人が警備にあたっているという。

http://www.aljazeera.com/news/2016/09/hajj-2016-millions-muslims-start-arriving-mecca-160909061605825.html
http://www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4852818,00.html

*ハッジと、エイド・アル・アドハ

ハッジ開始から3日目、今年は12日(月)は、エイド・アル・アドハと呼ばれる犠牲祭にあたる。

エイド・アル・アドハは、イスラム教の犠牲祭ではあるが、記念しているのは、アブラハムがその息子イサク・・ではなくイシュマエルを神に捧げようとしたところ、神によって、代わりに犠牲になる雄羊を与えられたという、聖書(創世記)の話である。

エルサレムでは、特に神殿の丘(アル・クッズ)が、アブラハムが息子を犠牲にしようとした現場であると、ユダヤ教徒、キリスト教とともに、イスラム教徒も信じているため、エイド・アル・アドハには、エルサレム旧市街イスラム地区から神殿の丘で、毎年、盛大な祝祭が行われる。
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